出逢い 3
王宮の中を歩きながら、ララサララは知らず頬が緩むのを自覚した。さっきのマーリーの慌てぶりといったら――
中庭でルーリーの歌う〈麗しの王国〉を聴いたときは、本当に驚いた。その瞬間まで忘れていたが、あの替え歌を作ったのはララサララだった。だから、聴いた瞬間、槌で頭を殴られたような衝撃を受けた。替え歌は、兄上から教わったとしか考えられない――。なんとか親子を王宮に止めるべく、晩餐に招待すると言ってしまった――
今となって考えれば、歌について話を聞きたい、とでも言えばよかったかもしれない。でもまあ、たいした問題ではないだろう。
そして、さらに驚いたことに、ララサララの話を聞いたリルが、ルーリーはブリスター子爵からの伝令ではないか、と言い出した。兄上に会っているなら、デル・マタルの王侯貴族に近づいたことがあるわけで、ブリスター子爵と会っている可能性もあると。なにより、リルは、子爵に兄上のことを問い合わせていたのだ。そろそろ伝令が来ても良い頃合いだったのだ。晩餐までの時間を使って、リルはそれをルーリーに確認すると言っていた。
ララサララは、じっと報告を待っていることができず、ルーリーとマーリーが案内された辺りの廊下をふらふらしていた。そこで、マーリーの歌が聴こえてきたのだった。
久しぶりに詩と歌の話ができて楽しかった。それに、マーリーが作ってくれたララサララの歌はとても嬉しかった。だから、三番まで作れ、などと我が儘を言ってしまった。しかし、彼はきっと作ってくるだろう。今頃、必死になって詩を考えているはずのマーリーを想像して、ララサララは微笑んだ。
「ご機嫌がよろしいようで、陛下」
突然声をかけられて、ララサララは飛び上がった。目の前にいたのは、精霊大聖堂の大司教サン・パウバナだった。
「大司教……」
ララサララは、浮かれていた気持ちが急速に萎んでいくのを感じた。
「今晩の晩餐会には、歌い手の余興があるとか」
「余興ではない。余の客だ」
「そうですか。それでも、歌は歌ってくださるのでしょう?」
「……まあな」
「そうですか。楽しみですなあ」
鈍色の法衣をまとった背の低い大司教は、ララサララとほとんど同じ高さの視線で笑った。聖職者特有の微笑み。しかし、ララサララは背中に冷たいものが走るのを感じた。
精霊大聖堂は、王国各地にある精霊聖堂の大本山だ。精霊は魔力の源とされ、魔法産業が盛んなアプ・ファル・サル王国では、誰もが精霊を崇め奉る。それは、生活に直結した信仰だ。王でさえも、精霊大聖堂で精霊の秘儀を受けなければ正式な王とは認められない。つまりは、精霊大聖堂の大司教は、アプ・ファル・サル王国のもう一つの権力の頂だった。
かつては、精霊大聖堂と王宮とは切り離されていたらしいのだが、ある時期から、王国内の魔法産業を統括する司青署卿の職を大司教が兼任するようになった。サン・パウバナも例外ではなく、王国内の魔法産業のすべてを握っていた。
「そういえば、お付きの女官はいかがなされました?」
「リルか? 客人の世話をしている」
「そうですか……。それでは陛下、晩餐の席にて」
「?」
大司教は、なにやらひとりで頷くと、ゆったりとした足取りでその場を離れた。
ララサララは、精霊の秘儀を授けるときの、大司教の言葉を思い出した。
(姫様。あなたはバラオ王家の人間だから王になるのではありません。精霊の秘儀を受けたから王になるのです)
結局、大司教も三諸侯達と同じということだ。ララサララが王家の人間だから敬っているわけではなく、扱いやすそうな小娘だから王と認めた。今のことだって、わざわざ、勝手なことをするなと釘を刺しに来たのか――
ルーリーが伝令ならば、兄上の消息は今日にもわかるかもしれない。しかし、本来ならば、父王がしっかりと王権を握っていてくれさえすれば良かったのだ。突然王位を退いた理由が未だにわからない。リルの調べでは、マーテチス州の離宮は存在しているという。しかし、父王と母様が三諸侯に弑されたのではないかという疑念は、未だ消えることがない。
「陛下、こんな所にいらっしゃったのですか」
廊下に立ちつくすララサララに、女官が駆け寄ってきた。どうやら、ララサララを探していたようだ。
「なんだ?」
「晩餐の準備がございます。御髪を整えて着替えていただかなくては」
「……ああ、そうだな」
ララサララは、女官に付いてとぼとぼと歩き始めた。