出逢い 1
港町アプ・タリルから七日の行程で王都ファル・バラオに入ったルーリーとマーリーは、〈一番亭〉のマーサから紹介された宿屋に逗留していた。宿屋の向かいには小さな舞台のある酒場があり、ふたりはその舞台に立たせてもらって日銭を稼ぎつつ、王都の様子を見て回った。
滞在が四日目に入った日、王宮からの使者が現れた。
「女王陛下が、おふたりの歌をご所望です」使者はそう言うと、ふたりの予定など関せず、すぐに準備をするように申し渡した。
目を白黒させながら、それでもルーリーとマーリーは荷物を抱えると、使者に連れられてアプ・ファル・サル王宮に向かったのだった。
ルーリーとマーリーが王宮の中庭に連れてこられたのは、ちょうど午後のお茶の時間だった。
小さいが手入れの行き届いた中庭には、夏の花々が咲き乱れ、青々とした芝生が敷き詰められている。芝生の隅には小さな四阿があり、数人の女性がお茶を楽しんでいた。
「あら、来たみたいよ」四阿の中のひとりが、ふたりに気が付いて声を上げた。
四阿には、必要以上に着飾った十七〜八歳の娘が三人と、褐色の髪を高く結い上げ、若葉色のドレスを着た十四〜五歳の娘がひとり、卓を囲んでいた。
(あれが、ララサララ女王……)
片膝をつき、深く頭を垂れつつ、マーリーは、ひとりつまらなそうな顔をしている褐色の髪の娘をララサララと判じた。王冠はつけていなかったが、貴族の娘とおぼしき他の三人とは、身にまとう気品がどことなく違う。
「あなた達、今評判の歌い手でしょう。女王陛下が、是非聴いてみたいとおっしゃるのよ」先ほど、真っ先に声を上げた、真っ赤なドレスを着た娘が言った。
「〈麗しの王国〉が絶品と聞いたわ」何やらごてごてした扇子を持った娘が言う。
「〈うそつき面〉を使った芝居もやるのでしょう?」首が折れそうなほどたくさんの首飾りをつけた娘が続いた。
「お初にお目通りいたします、陛下。私はルーリー。こちらは息子のマーリーです」
三人娘の言葉を聞き流し、ルーリーはララサララにむけて深々と頭を下げた。
自分達の発言が無視されたことに娘達が一瞬鼻白んだが、ララサララが機先を制した。
「ララサララ・バラオだ。良く来てくれた。立ってくれ」
ふたりは顔を上げると、ゆっくり立ち上がった。そして、ルーリーは大きく息を吸い、歌い始めた。
――母なる海はいと深く 父なる山は遙かなり
愛しき風は清らかに 頼もしき日の輝ける
誇りは我ら胸に満ち 名は世界に響き行く
ああ、麗しの麗しの アプ・ファル・サル
姉なる川はいと速く 兄なる原は跳ね回り
優しき雨に包まれて 静かなる月に導かる
言葉は我ら胸に満ち 人は世界を渡り行く
ああ、麗しの麗しの アプ・ファル・サル
精霊の紡ぐ言の葉と 太古の龍のちから石
祖母の残せし綾模様 祖父の残せし金細工
魔力は我ら胸に満ち 法は世界を支え行く
ああ、麗しの麗しの アプ・ファル・サル
「素晴らしいわ!」
歌の余韻を楽しむ暇もなく、三人娘が手を叩いた。
「でも、歌詞を間違えていてよ」と赤ドレス。
「《兄なる原は豊かなり》が正しくてよ」と扇子。
「女王陛下、いかがですか?」と首飾り。
しかし、ララサララは真っ青な顔でルーリーを見つめていた。唇が微かに震えている。そして、「どこで、この歌を覚えた?」と絞り出すように訊いた。
「旅の途中で。歌詞を間違えていたようですが」
しれっと言うルーリーの後ろで、マーリーは首を傾げた。アプ・ファル・サル王国に来て以来、ルーリーは何度も〈麗しの王国〉を歌ってきた――歌詞を間違えずに歌ってきたのだ。
「晩餐に招待しよう」突然、ララサララがそう言った。
三人娘が呆気に取られている中、ララサララは立ち上がると四阿から足を踏み出した。ルーリーとマーリーは慌てて片膝をつく。
「余は、今気分が優れぬ。晩餐の席でもう一度聴かせて欲しい。そなたの歌も聴いてみたいしな」
マーリーは思わずララサララの顔を見上げた。
ララサララは、ふんわりと微笑むと踵を返した。それは、十五歳の少女にしては老成し過ぎた微笑みだった。




