ララサララ 5
「陛下、何をご覧になっていらっしゃいますの?」
中庭で本を広げていたララサララに声をかけたのはズーニー・サリュルだった。彼女は鉱山候ヴラン・サリュルの孫娘だ。ララサララの話し相手に、と鉱山候が王宮に連れてきていた。彼女は特に王宮内での役目もなく、日々遊んで過ごしている。歳はララサララより二つ上。目が痛くなるような、鮮やかな黄色の原色で染められたドレスを着ていた。
「君主論だ」
「まあ、さすがですわね」
実を言えば、本を開いていただけでちっとも読み進めていないのだが、あえてそれを言うつもりはない。ララサララは本を閉じて卓上に置くと、呼び鈴を振った。
「はい」
控えていたお付き女官のリルが現れた。リルは、ララサララとズーニーがいる四阿の手前まで来ると、片膝をついて頭を下げた。
「茶を頼む。いつものふたりもおっつけくるのだろう?」後半はズーニーに向けられた言葉だった。
「あら、噂をすれば。メリカとヒースが来たようですわ」
ズーニーは中庭の入り口に向かって手を振った。リルは心得た様子でその場を辞した。
メリカ・アプセンは港湾候ゴース・アプセン二世の姪。ヒース・マーテチスは平原候ジョシュ・マーテチスの六女だった。ふたりとも歳はズーニーと同じらしい。メリカはいつも豪奢な扇子を手にしている。ヒースは、首が折れるのではと心配になるほど、たくさんの首飾りを下げていた。
ララサララはというと、髪を高く結い上げ、蒲公英色の軽そうなドレスを身につけていた。
「お待たせいたしました」
リルが茶と菓子を持ってくると、三人娘達の小鳥がさえずるようなおしゃべりが始まった。話し相手と言うが、ララサララはこの三人の相手が苦手だった。話題といえば、服、宝飾品、髪型のこと。もしくは、舞踏会で踊った男の話や、誰と誰の仲が怪しいだのという噂話。別に政治の話をしたいわけではないが、書物や詩や歌の話がしたいと、ララサララはそう思っていた。
「評判の旅の歌い手が王都にいるそうですわね」そう言ったのはメリカだった。「なんでも、母と息子のふたり連れだそうですよ。母親の歌う〈麗しの王国〉は絶品だとか」
珍しく、ララサララは身を乗り出した。
「そなた、聴いたのか?」
「いいえ、陛下。場末の酒場で歌っているとのことですから、そんな場所にはさすがに……」
「良いことを思いつきました。陛下。王宮にお召しになってはいかがでしょうか?」とズーニー。
「私も噂は聞きました。〈うそつき面〉や〈風の弦〉を使って、劇もやるようですよ」とヒース。
ララサララは元来、歌を歌うのも聴くのも大好きだった。しかし、即位して以降、自分で歌うことはなくなった。歌えと言われても――おそらく歌えないだろう。ララサララは、自分の中のそういうところ――歌う心とでもいうもの――が、完全に挫けてしまっていることを感じていた。
それでも、ララサララの歌好きを知っている王宮の面々は、ことある毎に宮廷楽団に歌を披露させる。しかし、ララサララはそれには飽いていた。
旅の歌い手。きっと、ララサララの知らない歌を知っているだろう。絶品だという〈麗しの王国〉はどんなものだろうか。
「その親子連れの居場所はわかるのか?」
「お召しとあらば、すぐにでも見つかるでしょう」ズーニーが言う。
「わかった。明日にでも、この場に召してみよう」
三人の娘達が黄色い声を上げた。
ララサララは、本当に久しぶりに、自分もわくわくしていることに気が付いた。




