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ララサララ 3

 遡ること三ヶ月と少し。アプ・ファル・サル王国暦一二一年。弥生月十五日。

 その日も、ララサララは普段と同じく、朝から師の授業を受けていた。

 師が教室として使用している部屋は、まるで書庫のような有様だった。正式な王宮書庫は別の場所にあるのだが、師の部屋も、そこに負けず劣らず本が溢れていた。

「本日は君主論を進めましょう」白髪白髭の師が言った。

「詩歌の続きがやりたい」

「またですか? 姫様。それは昨日もやりましたでしょう」

「昨晩、新しい詩を考えたのだ。父王陛下の誕生日も近いことだしな」

「しかし姫様、誕生祝いの詩集ならば、もう出来上がってきましょう。今、リルが町の職人の所へ受け取りに行っているではないですか」

「あれとは別の歌を祝いの席で披露したい」

 師は小さくため息をついた。

「では、少しだけですよ。それが終わったら、君主論に入ります」

「もちろんだ」ララサララは嬉しそうに頷くと、昨晩寝所でしたためた紙の束を卓上に広げた。

 そして、案の定と言うべきか、君主論に入れないまま昼食をとり、午後になってしまった。

「姫様……そろそろ次に進みましょう」

「ん……、そうだな」

 さすがにララサララもまずいと思ったのか、君主論に入ることを不請不請承知した。師は、開いていた本〈詩歌の技術〉を卓上に置いた。

 そのときだった。

 ばんっ! と大きな音がして、乱暴に部屋の扉が開かれた。

 ララサララと師は、はっとして部屋の入り口を見た。入ってきたのは若い兵士だった。その服装は、王宮を警護する騎士団のものではなく、州軍のものだ。それがどこの州軍のものか判断するより先に、ララサララの視線は兵士の右手に吸い寄せられた。そこには、鈍く輝く抜き身の刀が握られていた。

「姫様! こちらへ」

 普段の様子からは想像できない素早さで、師がララサララの手を引いた。入り口から死角になる書架の陰へと滑り込む。そして師は、小さく呪文を呟くと、手近な柱に手をついた。部屋の四隅には大理石の大きな柱が立っている。師が手をついた柱の滑らかな表面に、青白い光が四角い扉を描いた。その扉がゆっくりと開き始める。師は、扉が開ききらないうちに、ララサララをそこへと押し込んだ。

「師……」

「お静かに、姫様」

 その言葉が終わらないうちに、師は扉を閉めた。静寂と暗闇がララサララを包む。微かに聞こえる音は、しかし、部屋の中の音なのかどうかはっきりしない。どこかに開けられているらしい換気孔から伝わってくる音のようだった。

 ――そして、ララサララは五日間そこに隠れ続けることになった。

 助け出されたときのことを、ララサララは覚えていない。聞いた話では、見つけたのはリルだったらしい。気が付いたときには、自分の寝台に横たわっていた。

 数日後、自分の即位を、ララサララは寝台の上で他人事のように聞いた。ララサララにそれを伝えたのは、勅令の公布に責任を持つ尚書令だった。尚書令と共に、なぜか三諸侯が顔を揃えていた。

「私が……王?」

「はい。パパマスカ王陛下におかれましては、過日、退位をご発表なさいました。加えて、次期王には殿下をご指名になられました」

 尚書令グラス・ホルシュは、片膝をつき、頭を下げたまま言った。ララサララは無感動に彼女を見つめた。言葉は聞こえている――でも、その意味が染み渡ってこない。

「父王はなぜ?」

「私には推察いたしかねます。ですが、勅命ですので」

「父王は今、居室におられるのか?」

「すでに、王妃殿下とお付きの者を従って、マーテチス州の離宮へとお発ちになりました」

「マーテチス……?」

「私めが陛下にご提供いたしました」

 そこまで黙っていた平原候ジョシュ・マーテチスが言った。

「……なぜだ?」

 なぜ父王は退位なされた? なぜ王宮を出て行かれた? なぜマーテチス州なのだ? なぜ? なぜ? なぜ――

「よしんば父王が退位なされたとして、次は兄上であろう」

「勅命です」と尚書令。

「なぜだ!」

 一瞬の沈黙の後、今度は港湾候ゴース・アプセン二世が口を開いた。

「カカパラス王子殿下におかれましては、留学先のデル・マタル王国にて、鷹狩りの最中にはぐれ、行方知れずとの連絡がありましてございます」

「行方知れず?」

「はい」

「探したのか? 我が国からも人を……」ララサララは身を乗り出した。

「デル・マタル王宮が国をあげて探しております。それよりも今は国内のことです。すでにパパマスカ王陛下は王宮にいらっしゃいません。王子殿下につきましては、まだ亡くなられたと決まったわけではありませんが、見通しが立ちません。何より、勅令はすでに、国民の知るところとなっております」

 これは何の夢だろう、とララサララは思った。これならば、大理石の虚の中で、闇に包まれたままの方が良かったのではないか――

「殿下。戴冠式の日程もすでに決まっております」

 今度は鉱山候が言った。すべて用意はできているから言うことを聞けと、そう言っているのがひしひしと伝わってくる。

 ララサララは――考えることをやめた。

「わかった」

 尚書令と三諸侯は、深く一礼すると部屋を出て行った。

 あの暗闇の中で、王国の将来について話し合ってみたいと思った父王も母様も兄上もいない。皆、生きているのかどうか――、師も同じだ。自分ひとりでは、もうどうしようもない。三諸侯が好きにやりたいのならそれもいいだろう。

 部屋の窓からは、春の光が柔らかく入ってくる。その暖かさを感じながら、しかしララサララは、いっそこれが常闇だったなら、とそればかり考えていた。

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