ララサララ 1
アプ・ファル・サル王宮の〈奥の宮〉。女王ララサララ・バラオの居室は、その最奥に位置していた。
「姫様、お目覚めでいらっしゃいますか?」
部屋の入り口に立てられた豪奢な屏風の前で、女王付き女官のリルが声を上げた。
微かな衣擦れの音が聞こえ、やがて、「ああ」という気怠い声が返ってくる。
「おはようございます。姫様」
リルは、つまずかないように慎重に室内に足を踏み入れた。部屋の中には灯り一つなく、窓は完璧に目張りされていて、朝だというのに自らの手も見えないほど真っ暗だ。「望みは常闇である」と言ったララサララの言葉を、部屋の明るさのことと解した官の仕事だった。
「いつまで姫と呼ぶ気だ」
たいして咎める風でもなくそう言われて、しかしリルは答えず、手探りで窓を探し当てると、その一つを開け放った。
「……!」
強烈な夏の朝日が室内に飛び込み、一瞬にして闇を追い払う。豪奢な寝台の上に座ったララサララは、光の奔流に両手で目を覆い、声にならない声を上げた。寝乱れた腰まである褐色の髪が、光をうけてきらきらと輝く。その姿は、髪に埋もれているという表現が相応しい有様だった。
「姫様、今日も良いお天気ですよ」
三つある窓をすべて開け放つと、リルは窓際で微笑んだ。ほつれ毛一本なく綺麗に束ねられた黒髪が、朝日に艶めく。わずかにそばかすの浮いた人懐っこいその笑顔に、ララサララもふっと笑みが漏れた。リルは十八歳。もう六年もララサララ付きの女官をやっている。
「まだ答えを聞いていないぞ」
せかせかとララサララに近づいたリルは、手際よくララサララの寝間着と下着を脱がし、新しい昼用の下着をつけさせた。そして、顔を拭い、軽く髪を梳ると、寝台脇の卓から呼び鈴を手に取った。
「よろしいですか? 姫様」
少し悪戯っぽい表情で言うリルに、ララサララは苦虫をかみ潰したような顔をした。結局、「姫と呼ぶことをやめよ」とララサララが言わないことを、リルは知っているのだ。しかも、他人の目があるところでは決して姫とは呼ばない。
「……良い」
呼び鈴が振られ、着付け、髪結い、化粧それぞれの専門女官が入ってきた。
「それでは陛下、失礼いたします」入れ替わりにリルが辞する。
朝のひととき、姫に帰れるララサララの時間は、瞬く間に終わりを告げた。