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変質

-フィリップ視点-


俺は王になる存在だ

そう思ったのは3歳の頃だ

自分は何もかも優秀だった

世に舞い降りた天使のように美しい容姿

勉強だって大人より出来た

初めて剣を握ったのも、この年齢


通常の赤子と違う俺はやれ鬼才だの天の申し子だのともてはやされた

そして俺自身もみるみる天狗になった


そうだ、天才なのである

5歳にして全ての人を見下していたが彼はおくびにもそれを出さなかった

いい子でいることの価値を知っていたからだ

ニコニコと笑いながら心で相手を嘲笑うことがいつしか習慣になっていた


その日も俺は側近の侍女の言うことをバカにしながら聞いていた


「いけません、本日は護衛が少ない為また後日になさってください」

「少しだけ街に出て本を買いたいだけです。」

「ですから本日は、、、」


わがままではない

明日必要なものが届いていないのだ

それを買いたいと言っただけ

そもそも俺を叱っているこの侍女の手違いなのだ

俺は毎日何かしらかの勉学に励んでいる

明日の家庭教師が用意しろと言っていた教科書がない

事前に予習しなくては飲み込みの早い“天才”になることは出来ない


「そもそも、あなたの手違いです。

私はこの家を背負わなくてはならないのです

1日たりとも無駄にできない

明日の授業に必要なものがないのは僕にとっては死活問題です」


そう言って目を細めると侍女は俯いた

俺はそれを見るとさっさと街に足を向けた

一応腰には剣を刺した。

まだ5歳だが剣の先生のお墨付きだ

腕には自信がある


何度か来ていた書店にはすぐにたどり着いた

必要な書物の他に気になっていた本を数冊取り代金は週に一度父に書物を受け渡す時にまとめて請求するよう頼んだ


「ふぅ、、こんなもんだな

さっさと帰るか」


すんなりと済んだ買い物にやはりあの侍女は間抜けだと思った


ここで俺の意識は途切れる


怪しい人に囲まれただとか

急に後から首を打たれ気絶したとか

一切そういったものではなかった


ただ周囲が暗くなった

瞬きをした そんな感覚だ


気がついた時俺はカビ臭くジメジメとした場所に横たわっていた

体はぐるぐるとロープで縛られ指先がピクリと動く程度

口はハンカチのようなもので塞がれていた


薄暗いそこは倉庫のような場所で俺は床の端っこに転がされた状態

買った書物は少し動かした指先にかすかに触れた

そして目の前には話し合う3人の大人

女1人に男2人

見るからに頭の悪い連中だ

明らかに盗賊と言った見た目のそいつらは俺が目覚めたことにも気が付かづに身代金について相談していた。


「どうやらガキが起きたみたいだな」


ゴツゴツとした屈強そうな男が俺に気づく

それぞれ外していた顔を覆う布のようなものをまく

女は口元を隠すように巻き

男はヤッター〇ンのような目の周りのみを覆う布を顔に巻いた

ひょろひょろとした出っ歯の男が薄ら笑いを浮かべながら俺の前にしゃがむ


「訳が分からないって顔だなぁ」


ニヤニヤという卑下た笑いの気味の悪さに思わず眉間にシワを寄せるとお腹に鈍い痛みが走った


「んぐぅ」


漏れる声は布越しでくぐもっていた

蹴られたのだろう少し後ろにずるりと体がずれる

ズキズキという痛み

アバラが折れたのかもしれない


「おい」


静止の声を上げたのは女だった


「悪い悪い、貴族の坊ちゃんだかなんだかしらねーが偉そうな態度にいらいらしちまった」

「身代金か人身売買かって話だっただろ

傷物になったら困る」


人身売買

その言葉に背筋が凍った

俺の見た目なら高値がつくとか


「伯爵家の坊ちゃんだ、身代金の方がいいだろう

売るとなると足がつく可能性も上がる」


そうガタイのいい屈強そうな男が言うと女と出っ歯の男が顔を見合わせる

人身売買は間逃れたということに安堵したのもつかの間、見合わせた二人の顔が歪んだ笑顔に変わる

その笑顔に得体のしれない恐怖が全身に走った


「殺すなよ」


そう一言残して去っていった男の背中

近づく二人の顔

人身売買から逃れるということはつまり見た目の配慮がいらないということだ

不気味な笑顔が加虐趣味者のものであると本能が警鐘を鳴らした


そこから先の記憶はほとんどない

ただ絶え間ない痛みの中でも声を出さなかった

こんな下賤な奴らの手に落ちるものかと静かに耐えた

身代金がかかっているからか拷問じみたことはされず、ただ殴る蹴るといった単調な痛みだったからこそ耐えられた


家に帰ったらこいつらを絶対捕らえてやろうという思いから目に焼き付けるように己をいたぶるそいつらの顔を見つめていた


「はぁ、つまんねぇガキだな」


ふと男が手を止めた。

女はとっくの昔に飽きて椅子に腰かけて肘をつきながら俺を傍観していた。


「このガキ、殺そう」

「は?」


思い立ったように女がつぶやく

意味が分からないといったように男は振り返った


「こいつ私たちの顔ばかり見てる。

生かしといたらろくになことにならない」


目を細めて俺を見下す女に俺は言い知れぬ恐怖を感じていた

途中で顔を覆う布のようなものはかけていたが俺はこいつらに事をはっきりと覚えていた

二人は二三やり取りをすると男が呆れたように部屋を出た


それで分かった

俺は殺されるのだと

女が言い合いに勝ったのだと


すぐに男は出て行ったガタイのいい男を連れてきた

納得していないようだったが地面に転がされた俺を見るとそうだなと納得していた

俺は血と泥で汚れていたがたったの一滴も涙を流していなかった

そんな5歳児に違和感を覚えるのは当然のことだ


「剥いだ服でも送れば生きてなくとも身代金は取れる」


そういって女は俺に近づいた

殺される

女の目は恍惚とした喜びのようなものを感じさせた

人を殺めるという快楽を楽しむように彼女は艶めかしく俺の体をなでる

それはまるで生を味わう様に、そして自分が訪れさせる死を想像して身をよじる

その一連の動作は完全に俺を恐怖と絶望で埋め尽くした


死にたくない 死にたくない 死にたくない 死にたくない 死にたくない


怯えて身をよじるように後退すると手に何かが触れた

瞬間


ゴォォォォォォ


目も開けられないような強風が自分の体を包んだ

強い風は光のように白く全てを飲み込んだ


しばらくして薄く目を開けると森の中に俺はいた

身を縛る縄は細切れになり、木々が生い茂っていたであろう周囲は1km四方で何もなくなっていた

小屋の残骸のような板が遠くにばらばらと落ちている


指に触れたのは書店で買った本だった

重厚そうな表紙に透明の石の付いた貴族向けの魔導書だ

ただ透明だったはずの表紙の石は全て緑色に変わっていた

石を媒介に自分が魔術を発動させたとすぐに分かった


ほどなくして父の持つ騎士団が迎えに来た

俺の爆風を見たらしい

盗賊たちは捕らえられた。手引きをしていたのは行くのを止めたあの侍女だった。

俺が言うことを聞かずに出ることは見通されていた

恥ずかしさと自分の未熟さを痛感した


問題はここからだった

俺は毎日あの日の悪夢を見た。捉えられていたぶられる夢。

悪夢でうなされる日々だったがどこかで薄々気が付き始めていた

俺はこの夢が嫌いではないという事に

そしてある朝

悪夢なはずなのに下半身がぐっしょり濡れていた

それが汗でもお漏らしでもないことはすぐに分かった


俺は目覚めた(生粋のドⅯ)


いたぶられる夢はもちろんあの目つきの悪い盗賊の女ばかりが出た


自分の性に気が付くと

俺はひどく自分の置かれている立場が退屈になった

俺を満たしてくれるような存在は周囲にはいない

この綺麗な容姿の前では這いつくばる娼婦のような存在ばかりだった


しかし転機は訪れた

フィリップ10歳の誕生日だ

来客たちを窓からぼんやりと眺めている時だった

カイリを殴るアイリスの姿がそこにはあった

気の強そうなつり目が印象的なその少女に言い知れぬ興奮を覚えた

加虐を楽しむ瞳 暴力の理不尽さ

自分の求めていたものを体現するような存在だ

すぐにでも駆け寄り這いつくばって犬のように彼女の足を舐めたいと思った

しかし大衆の前である気丈に振舞いながらもチラチラとアイリスを確認するしかなかった


遠巻きでも分かる傲慢で粗雑な態度があの時の盗賊を彷彿とさせた

眺めていると強気な瞳がこちらに向きバチリと目が合った

その瞬間ゾクゾクッと背筋に電流が走る

あぁ、この子だ この子なら俺を満たしてくれる

すぐに逸らされた瞳に言い知れぬもどかしさと興奮を覚えた


アイリスの誕生日は俺にとって待ち遠しい日だった

ダンスを申し込み断られ大衆の面前で恥をかく

はたまたあの獣のような瞳に睨まれながら無礼者と罵られるだろうか

本来なら耐え難い空気だろうが俺にとっては甘美な妄想だ


当日、アイリスは散々な仕打ちを受けていた


しかし孤高な彼女は気丈に振舞い続けていた

目を顰めるとゴミを見るような目でキーシャを見つめていた

自分には向けられてすらいないのにその鋭さに息をのんだ

温度の感じない声色で俺の名前を呼び事実の確認を命令したその姿

あの冷たさは俺が生まれてこの方、向けられた事の無いものだ

すぐにでも会いに行きたい衝動に駆られたが薄々息子の異常を察知したのだろう

父上が悉く阻んできた

父の監視の目を潜り抜けようやく会いに馳せ参じることが叶った


それなのに


顔を寄せた時に返ってきたのは罵りでも拒絶でも卑下する視線でもなかった

俺の見慣れた醜い恋慕の表情

がっかりすると同時に触れている手が恐ろしく汚いもののように思えた


あぁ、がっかりだ

手を懸命に拭きながら唖然とする彼女を見下ろす


ここ数日の期待からそれた彼女に言い知れぬ怒りが俺を満たしていた

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