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青空に歌えば  作者: 瞬々
8/34

8番

 恵美はまるで、幽霊かゾンビにでもばったり出くわしたかのように、血相を変え、店の中へと逃げ込んだ。海人の腕をがしっ!! と掴んで。


 突然、ぶち壊すような勢いで飛びこまれて、驚いたのは中にいる人だ。具体的には空とお爺さん店員。空なんかは、手に持ったフルート(売り物)を放り出してしまう程に驚いた。空中でキャッチしたのはお爺さん店員。


「困りますなぁ、お客さん」


――余裕の笑みで答えるお爺さんスゲー……じゃなくて


「え、恵美さん! なんで逃げるのさ」


「何よ、人の話聞いてなかったの?」


 散々人の話は聞かなかった癖にと、思わないでもないが、言い出せる雰囲気ではない。空は小首を傾げた。


「え、何から逃げてるの?」


「説明は後です! 助けてください!」


「ふむ、よくわかんないけど、合点!」


 と空は手近にあったクラリネットを掴んだ……が、お爺さん店員がひったくった。


「何をするつもりか知りませんが、全力で阻止させてもらう」


「仲間のピンチなのよ!」


「だからって、クラリネットを聖剣代わりに使われた日には、ドとレとミとファとソとラとシの音が出なぁい♪ となりかねません!」


 だから、何故歌うし。単純に壊れるって言えないのかね。ギャグだとしても寒い、滑っている。色々な意味でパニック状態な事態を収拾しようと、海人はどうにか諌める。


「いや、待ってください。暴力と破壊で女の子を守れるのはファンタジーの世界だけですから。やめてください」


 なんて馬鹿騒ぎをしていると、店のドアが開いた。現れたのは、やはり父と母。もしかして今の全部見られ、聞かれ、したのだろうかと海人は心配になる。


 真っ黒なストレートの髪、ナイフのように細く切れ長の目のどこか冷たい感じを持った女性――恵美の母は他には目もくれずに、娘に向かって言い放つ。


「恵美、早く帰るわよ。こんな所にいちゃ駄目よ」


 さっきの騒ぎ見てたら、そうも言いたくなるわなと海人は納得しかけるが、空は違った。堂々と歩いて行って、恵美の前に立ち塞がる。しかし、その表情は実に、にこやかだった。


「どうも、初めまして。私、蒼野空です」


 その名前に両親二人が、肩を震わせた。その理由には大方想像がつく。動揺から立ち直ったのは父の方だった。


 少々痩せすぎの、白髪混じりの中年男といった感じで、こちらも恵美母に負けず劣らずプライドが高い。


「あぁ、どうも。娘がいつも聞いてるよ。ファンだとも言っている。歌手になるなんて言いださないかと、私は心配でね。あんなもの博打と変わらんだろうに、おっと失礼」


 いかにも取ってつけたように、付け加える。空本人でなくても、反発心を感じる。が、当の本人は、澄ました顔だ。意外だ、ぶち切れてクラリネットでぼこぼこにするかと思ったのに(ならなくて良かったが)


「そうですか? 私からすれば、皆同じですよ。歌手になろうとオーディション受けようとするのも、いい学校に入ろうと受験勉強するのも、ね」


 その言葉には流石に動揺はしないまでも、黙り込む恵美父。海人は驚いて、空の横顔を見た。恵美が喋ったわけではないだろう。恐らくは単なる勘なのだろうが、核心を突いている。恵美の両親の驕った態度の根底にある物を。


「恵美から聞いたのかな? 私達が娘の受験に……少々熱心過ぎるということを」


「あ、図星だったんですね。適当に想像してみただけなのですけど」


 ぐぎぎと歯ぎしりする恵美父。その後ろから更に手ごわそうな恵美母が口を出した。


「あなたには関係ない事です。歌うしか能がない小娘が賢しげに分かったような口を聞かないでくださいな。恵美は返して頂きましょうか」


「そうはいきません。彼女はバンドメンバーの1人ですから」


 全く臆する事のない空には感心するばかりだが、やはりというか、理屈では適わない気がする。何しろ、相手は恵美の両親で大人だし。恵美は散々悪口を言っていたし、海人としてもあまり好感をもてるような大人とは思わないが。


「ほら、海人も何か言いなさい」


 おい、勝手に振るな、毒舌の照準がこちらを向くだろうが! 心で叫ぶよりも先に、睨まれて海人は委縮する。蛇になんやかんやされた蛙とは正にこの事。恵美母はぎろりと一睨みして一言。


「何?」


「え、えっと、恵美さんも入りたいって言ってます。その空さんが結成したバンド? に」


 おい、もっといい事言えないのかよと、空が視線だけで無茶振りしてくる。無理な物は無理。予測可能回避不可能と言うべきか、恵美母はふんと小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「そんな一時の感情で入っても、後で後悔するのは目に見えています。それで成功する人なんてごく少数。空さんみたいに大成功する人なんて、それこそ稀でしょう?」


 妙に皮肉が利いているのは、恐らく最近、空がテレビに出ていないからなのだろう。しかし、恐らく空は何を言われても、動揺はしない。ただ黙って不敵に微笑むだけ。恵美母は、てこだろうと、クレーン車だろうと動きそうにない彼女から海人へと再び標的を変える。


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