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青空に歌えば  作者: 瞬々
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7番

見上げると灰色の雲が蒼の空を覆い尽くしている所だった。雨でも降るかもしれない。


「受験はどうだった?」


 恵美は突然、そんな事を聞いてきた。別の話題を振る為かと思ったが、それにしてはやたらと真剣で、声も妙に落ち着いているような気が海人はした。


 どうだったかと聞かれても、海人にはそれ程語る事も無い。一応、第一志望の高校には受かったし、それは嬉しい。模試では、受かる確率は五分五分だったし。だけど、どうしてそこの高校を受けたかと改めて聞かれても、面接官に答えたような模範的なものしかない。つまり、何か特別な魅力が……そこでなくてはいけないのだという気持ちがあったかと言えば、無いだろう。


「まぁ、第一志望受かりましたーってそのくらいかな」


「私は落ちた」


 一瞬、時が止まったのかのように、思考が停止する。それが聞き違いではない事を確認するように、海人は彼女の顔を見た。


「あ、そうなんだ……じゃあ、第二志望」


「落ちた」


 何かの冗談だろうかと海人は思った。彼女が落ちたという事はかなり高い偏差値の高校であることは、想像に難くない。だが、2つとも落とすとは?


「一応、聞いておくけど第三志望なんかは?」


「両親には第二志望までにしとけって言われてた。滑り止めを幾つも作っておくなんて、みっともないからって。まぁ、でも第三志望まで受けたのだけどね」


「えっと、それは大丈夫だった、の?」


 聞くのが恐ろしい。やけに声に感情がついてきてないし。


「落ち……そうになったけど、補欠合格」


「あ、それは……良かったね?」


 思わず疑問形。安易におめでとうと言えない。そもそも補欠合格なんてものが本当にあったのかと、海人はそこに驚く。あんなのただの迷信(迷信ではありません)だと思っていたのに。


「フフフ、笑っちゃうでしょう? でも、本当よ。これが私の実力。親や先生が期待するような学力なんて無かったのよ」


 その言葉に海人は、栗原恵美が学校でどんな様子だったかを思い出してみる。テストではいつも先生に褒められて、授業中はいつも手を挙げて指されて……「皆も見習いなさい」と言う言葉が先生の口から飛び出した事も何度か。


 そんな彼女を疎む連中がいたのも、また事実。成績の低いチンピラ男子共ではない。むしろ彼らは、雲の上のような存在に対しては手を出さないような所があったし。怖かったのは、成績でも中の上だとか、上の下辺りにいる女子達だ。正確に彼女らが何をしたのかは、海人は知らないが、陰湿なイジメがあったらしい事を噂に聞いていた。


「信じられないよ……恵美さんは一体どうして?」


 どうして落ちたのかと聞かれて、正確に答えられるような人がいれば、余程自己分析が出来ている者だろう。自分を自分でないかのように分析できる者。そして、今の恵美はまるで自分の事でないかのように、自分自身の事を話す。


「単純な話よ。緊張。極限状態の緊張と試験前日の夜3時まで勉強してたから。普通、前日は寝るものよね。緊張で眠れなかったとしても。私はそれをしなかったの。馬鹿だわ。大馬鹿者よ」


 乾いた笑みが漏れる。馬鹿と頭が良いとは違うのだと聞いた事があったが、頭が良くても馬鹿をして、試験に落ちる話は初めて聞いた。


「私のお母さんとお父さんはね、とってもプライドが高いの。他の子に自分の娘が負けるのが嫌い。昔からそうだったの。ヴァイオリンを習わせたのもそう。その方が見栄えがいいから」


「え、あ……そうなんだ」


 こんな時、どんな言葉を投げかければ適当なのかは、試験勉強では習わなかった。しかし、恵美は構わなかった。くすりと笑って、続ける。


「第三志望だって、第一、第二と殆ど変らない偏差値の所を指定してきたしね。これじゃあ、滑り止めなんかじゃない。そう思ったけど言い出せなかった」


 多分、そこは海人がどんなに頑張っても受からないような高校なのだろう。それこそ、第一志望にして受かりませんでしたと言っても、誰も責めたりはしないような位に。


「で、結果はあの通り。お父さんもお母さんも一応は、納得してる。品のいい高校に入れたってね。でも、だからなんだって言うの? 偏差値高けりゃ、品も高い? なにそれ、ギャグだとしたら失笑物ね」


 段々とヒートアップしていくのが、見て取れ海人はあわわと口を震わせる一方で、ある意味共感もしていた。


――それは、嫌だろうな


 何故だか、自分が通ってきた境遇と通じるようなものを感じる。あくまでも通じるであって、全く同じではないのだが。


「だからね、ささやかな反抗として、自分の好きな事をやり通してやろうと決めてたの。空さんとあなたを追っかけたのは、偶々の思いつきだけど。空さんの歌は前から好きだったし。そしたら、もっと面白い事になったわ。私、今とても愉快な気分よ」


 本当に楽しそうに、だがどこか虚無的に笑う。絵画の中の天使みたいだと海人は思う。とても美しいのに、心がないような印象を与える。


 3年前の自分のようだと、海人は思い出す。吹奏楽部は絶対に駄目だと、言われた後の自分。あの時の自分はどんな表情をしていただろうか。


「じゃあ、恵美さんは空さんが作るバンドに参加するつもりなんですね」


「海人君もそうすべきよ。ご両親が反対するなら、それを振り切ってでも」


 あぁ、そうかと海人は納得した。この話を出して、自分を曝け出したのはそういう事か。


「両親は反対しないと思う。あんまり、良い顔はしないだろうけど」


 絶対の保証はないものの、多分反対はしないだろうなと思う。高校合格後はなるべく、海人のする事には口出しはしないと父と母は宣言していた。その言葉はあまりあてにはならないと、海人は思っているが、同時に認められた事は素直にうれしかった。


 だけど、その先の一歩が踏めない。どうしても。


「じゃあ、フルートしたくないってのは、自分の意志?」


「どうだろう。自分の意志のようなそうでないような」


「はぁ、優柔不断?」


 はい、すみません。いやでも、そういう事とも違うんだよなと海人は、心内で葛藤する。誰か、この気持ちを説明できるお医者様(精神科)はいらっしゃいませんか! と叫びたい。別に命に別状無いから、叫んだら確実に迷惑だろうけど。


「ともかく、一旦戻ろうよ。雨も降りそう……」


 恵美の言葉が唐突に途切れた。その視線がある一点に注がれている。海人は訝しんで、その先を見ると、そこには男性と女性の一組が突っ立っていた。まるで夫婦みたいな……いや、そうか。


「探したよ、恵美。さぁ、帰ろう」


 降り出した雨の中、恵美の父が呟くように言った。

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