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青空に歌えば  作者: 瞬々
33/34

34番

 少年は首を振る。


「自業自得さ。俺達は何の為にこんな事してたんだろうな。野口の言う通りだ。こんなの馬鹿げてるだけで、面白くもなんともない」


 少年達は黙り込み、痛々しい静寂が場に流れた。海人は少年達に同情した。


 彼らがどういった経緯で仲間となり、どんな事をしていたのかは分からない。聞けば、呆れるかもしれない。或いは眉を潜めるかもしれない。


 だが、彼らにとってみれば、それでも楽しかったのだ。


 野口が彼らに向かって叫んでいた事を、海人は思い出す。


――俺達は大人を信じない……大人を信じられないっていう考えで集った筈だ


 野口は怒っていたが、多分、彼らが大人を信じられないという思いはその時もあったのだと思う。彼らが信じたのは芹沢ではなく、渡された金だ。


 芹沢がどんな人間かなんてのは、一切考えなかった……。


「あいつは、芹沢は恐ろしい奴だ。だから――」言いかけて、海人はふと振り返った。



 ぬっと現れた人影。


 空と尾田が息を呑んだ。


 大きな拳が、風を切り唸りを上げて、すぐ手前まで迫る。それでも、海人は身を屈めてそれを躱した。長身痩躯の男が繰り出した力任せのパンチを。


 芹沢はよろめき、壁にぶつかった。危うく、不良少年が落ちた隙間に落ちそうになるが、壁で体を全力で支えて、踏みとどまる。


 壁についた手を発条にして、再び海人に殴り掛かる。しかし、今度は難なくその腕を躱し、横に受け流し、その頬桁に掌を叩きつける。


「うぶわ!!」


 芹沢は無様に尻餅をついて、転げた。海人から距離を離そうと必死に床を這い後ろへと下がる。


「それ以上下がらない方がいいですよ」


「わっわっ来るなー!」


 怯えるおっさん。これでは、どちらが加害者なのか分からない。


「いや、本当止めた方が」


「ば、ば、やめろ、この餓鬼が――おわあああ!!」


 後ろに壁は無く、芹沢の体が下のアスファルトで固められた地面へと落っこちていく。ここでもし、落っこちて貰うと、寝覚めも悪いのでと、海人はその服を掴んだ。が。


「え、重――」

視界が一気に揺れて、傾き、海人は芹沢と共に下に向かって落っこちていく。何が起きたのかを理解しても咄嗟には動けなかった。


「海人君!!」


「おい、馬鹿!!」

 空と尾田が同時に叫んだ。ぐいっと襟首を掴まれ、体を引き戻され海人は我に返る。芹沢の上半身どころか、脚の半分が空中に投げ出されていた。


「た、助けて!!」


 空が後ろの3人に向かって叫ぶ。3人は立ち上がっていたが、皆顔を見合わせるばかりだ。空はそんな、3人に向かってが鳴り立てて、一喝。


「何よ!! 人を助けるのにいちいち、動機だの、自分との利害関係だの考えなきゃならないわけ!? サイテーよ、あんたたち!!」


 その言葉に、弾かれたように少年達は走り寄り、芹沢の体を掴んだ。6人は力を合わせて芹沢を引っ張り起こし、床に降ろした。


 助け終わったと同時に、海人は両腕を空は尻を床について、息を吐き出した。


――死ぬかと思った!! というか、おっさんと心中するところだった―!!


 恐ろしすぎるその光景を振り払い、海人は空達に目を向けた。


「ありがとう、死ぬところだった」


「フフフ、このくらい、どうって、ことは、ない、わ」


 空が息も絶え絶えに言った。もう無理ですと体が悲鳴を上げている。


「えぇい……馬鹿な、こんな、筈では……」


 芹沢が悪態を吐きながら立ち上がった。もともと血色の悪そうな白い顔が、更に白くなっている。海人は立ち上がらなかった。あまりにも馬鹿馬鹿しくて。


「もうやめませんか、どんだけ馬鹿げた事してたかってのを、ちょっとは振り返ってください」


「なんだと!!」芹沢は額に青筋立てて、怒鳴る。だが、それも駄々を捏ねる子どものようにすら見えて、滑稽だった。


「私だけだ……私だけが、蒼野空の魅力に気が付いていた!! 3年前から! そして、このまま行けば、トップスターに昇り詰めることだって夢ではない!! なのに、お前はそれをみすみす捨てるつもりなのかああ!!」


 指差したその先では、空が脱力していた。「あーつかれたー」とか言っている。


「温度差激しいな」少年がぽつりと呟く。


「あぁ、ばっかみてぇ」2人目がそう言い、3人目が頷いた。


「帰りたかったらどうぞ」と尾田もまた、申し訳なさそうに言った。しかし、少年達は動かなかった。


「聞いてるのか!!」芹沢は更に温度を上げて、叫んだ。


「聞いてるわよ。でも、私は降りる」


 空はようやく立ち上がり、そう言い放った。その顔には打って変わって、決意に満ちた厳しい表情が宿っている。


「私は、もう決めたの。海人君や皆とやっていくって。誰にも止められないわ。止めさせない」


「ふざけるんじゃないよ、子どもが!! 年端もいかない小娘が!! お前達は、我々の元でやってこそ、売れるんだよ!! そうでなければ、お前は今も他大勢の中の小娘の1人だった!!」


 しかし、空はそんな言葉に惑われる筈もなかった。冷厳な声で「売れる売れるって、私は商品じゃない。人よ。1人の歌い手よ」


 栗色の髪を風になびかせながら、彼女は勝気な瞳で、拳を握る。


「他大勢の1人? 結構じゃない。その中でとびっきち目立ってみせるわよ。皆の力で」


 ちらっと空は海人を見た。海人は頷いた。


そう、その調子だと。相手が誰であろうと、気にするな。


空と俺達だったら、なんでもできる。最高の音楽を作ろう。


これから――空高くどこまでも。


「ふざけるな、この私が目を掛けてやったんだ、そんな事が、許されるとお……」


 ドン!! というやたらといい音が鳴ると同時、芹沢の声が途切れ、前のめりに倒れた。彼の鳩尾をたった今突いた海人は、それを支え、体に異常がないか確かめる。


「すみません、五月蠅かったので黙らせました」


 周りがポカンと口を開けるなか、空が神妙な面持ちで言う。


「うーん、海人君が強いって冗談じゃなかったんだ」


 下の階へと降りると、既に騒動は終わっていた。不良少年達は皆、頬や目を腫らしていて、中には血を流している者までいる。特に、野口の怪我が酷い。本人は「いつもの事だから、気にすんな」と言ってはいたが。


しかし、あの3人組と、恵美だけは全くの無傷だった。実際に戦っていたのは、野口1人であったらしく、彼が多数からボコボコにされているのを、恵美が止めたのだという。


「どうやって止めたの」と、海人が聞いたが、彼女は答えてくれなかった。


 3人組曰く「お母さんのような説教」を聞かせて止めたという事だが。


「芹沢はどうしたんだよ」と腫れた口で芹沢が聞いた。


「え、あぁ、彼は」と海人は運んできた芹沢を見て口ごもった。彼はまだ気を失っている。いびきが聞こえるので、眠ってると解釈してもいいのだろうか。


「海人君が倒したのよ! こう、鳩尾にシュッと」と空が猫のパンチのように、シュッと拳を突き出している。


「ほう、それは面白そうだな」と、何故か野口は好戦的な笑みを浮かべて海人を見た。海人は冷や汗をかいた。


「え、いや、そう、偶々上手くいったんだ」


 嘘じゃないのに、この状況だと謙遜しているかのように聞こえる。


――まさか、気を失うとは思わなかったしなぁ


 全く無責任で危険な思考である。


「それよりも、空っちゃん。時間は大丈夫かよ?」尾田が訊ねた。


「え、時間?」


「いや、取材の時間っていつだっけ? 俺そこまで知らないからさぁ」


 ばっと空は腕を見た。時計が無い。


 ばっと携帯を開いた。バッテリーが無い。


「恵美ちゃん!! 今何時?」


 ばっと空は、恵美を見て訊ねた。突然、振られて恵美は慌てた。


「2時30分……」


 恵美は呟いてから青ざめた。3時が取材の時間だ。

 空の腕が凄まじい勢いで、海人と恵美を掴んだ。その鋭さ、鷹もびっくりである。


「走ればぎりぎりね!」


「え、え、私走るの苦手なんですけど……」と恵美が気圧されたように答える。


 野口が本当に仕方ないなというように、ポケットに手を突っ込み、海人に向かって何かを放った。反射的に海人はそれを受け取る。それは自転車の鍵だった。


「1台止めてある。2人ならぎりぎり乗れるだろ」


「2人ねぇ」と空は、海人と尾田の2人に意味ありげに視線を向けた。その瞳が曇りのない青空のように輝いているのを見て、海人は思わず息を呑んだ。


 空は2人にだけ聞こえるように、そっと囁いた。


「2人が、私の事どう思っているかで、同乗者を決めるわ」


「ハ、ハ、ハイ!?」


「何よ、人前だから言えない? でも、時間がないのよ?」


 呆然としている2人に、空は人差し指を突き付け、もっともらしく聞こえるような事を言う。ようなであり、実際は全くもって理不尽なわけだが。


「まぁ、人前なら一度経験あるので……」と、海人は溜息をつき、二週間前の事を思い出す。あれはあれで恥ずかしかったんだなと、他人事のように回想する。


「いや、え?」尾田は、おたおたとするばかり。この隙に、言ってしまおうか。しかし、それは余りに卑怯な気がした。それに、2人が同時に言って、空がどっちを選ぶのか悩むのを見るのも、面白い。


「一緒に言おうぜ」だから海人は、そう提案した。尾田は、それを聞いてようやく落ち着いた。

「じゃあ、3,2,1」


 そして2人は囁いた。


 海人は空の右耳に。


 尾田は空の左耳に。



――空の事が好きです



 囁いてから、どれだけの時間が経っただろう。海人の心臓の鼓動は突然、加速し始める。人生初の告白がこんな――いや、自分から告白するなんて思ってもみなかった。だけど、自分からでなくては意味が無いのだ。


――空に会ってから今日まで。俺達は、自分達の好きな事の為に、自分から動いてきたじゃないか


 そっと耳から、顔を放す。空は目を閉じていた。口元は小さく微笑んでいる。


「えっと、私は邪魔かなぁ?」


「俺らは行くぞ」


 恵美と野口がそれぞれ、そう言い踵を返そうとする。その襟首を空が掴んだ。


「うげ!」2人が叫ぶ。


「ちょっと、待って2人とも。2人ともここにいてよ」


 空の強烈な握力と笑顔に、2人はコクコクと頷いた。恐るべし、空。


「あ、そうだ。海人くん、元ちゃん、目を閉じて。今から私が2人にお返しします」


「目を閉じるのってなんかの儀式ですか」海人は言いつつも、目を閉じた。


 自分と尾田のどちらが、選ばれるのだろうか。海人の脳裏にそんな事がよぎった。どちらが選ばれても、海人は動じない。


――それが空の選択ならば。


 空が背後にまわる気配がした。


 空の右手が右肩に。


 空の左手が左肩に。


 躊躇いも無くまわされる。


――そして



「私は海人君が好き!!」


 空は叫んだ。


――え?


 海人は驚いた。自分が選ばれた事に対して――……ではない。



「元ちゃんも好き!!」



――えぇ!?


 海人と尾田は目を見開いて、振り返った。そこには悪戯を成功させてご満悦な空の笑顔があった。その両腕は海人と尾田をがっちりホールドしている。


「2人とも大好き!! ……てことで、どうかな?」


 海人と尾田の2人は我に返った。


「どうかな、と申されましても……」思わず敬語。


「どういう事だよ!! ばか!!」思わず暴言。


 空はフフフっと笑って、あんぐり口を開けている恵美と野口に顔を向けた。


「あ、心配しないでね、2人とも。2人の事も好きだから」


「え、えっと、えー……!?」


「やれやれ……」


 空は未だ、納得いかない海人と尾田の2人をぎゅっと抱きしめた。


「私達は1つのチームよ。仲間外れなんて出来ないじゃない」


「いや、そういう問題、なのかなぁ。あれ、空さんはどういうつもりで、俺達の気持ちを聞いたんですか?」


 空は視線を泳がせた。笑顔が火照ったように赤い。


「私の事が好きなんだろうなーと思ってたから聞いたの!」


「この自惚れ屋め……」尾田が吐くと、空はその顔を頭突き、


「当たってたから、自惚れじゃありませんー」


 ……反論のしようもありません。


「私は2人とも好きなの。2人と一緒に、音楽を奏でられたらとても素敵だと思う。それじゃ駄目?」


海人と尾田の2人は顔を見合わせた。2人して、苦笑した。全くこの人は……と。


「空さんらしくて、いいと思います」


「俺をいつの間にか、バンドメンバーに入れる辺りとか」


 空は満面の笑みを広げ、そして、2人の背中を思いっきり叩いた。


「よーし! じゃあ、行こう!! 恵美ちゃん、自転車の後ろの座席乗って!」


「え、ええ? 2人のどっちかを乗せるんじゃないの?!」


 空に突然、振られて恵美は動揺している。海人と尾田はふらつきながら、空に訊ねた。


「え、あの? なんで?」


「俺らはどうしろって?」


 空はもう既に自転車に跨っていた。


「走れば追いつける!」


 地獄のレースの第二幕開始。空は恵美が後ろの座席に乗るのを確認するや否や、ペダルを思いっきり漕ぎ、砂塵を舞わせながら、入り口へと爆走して行った。これがバイクだとかラリーカーだったら、爆音を轟かせていた事だろう。


「なぁ、芹沢のやつはどうすんだ」と野口が厄介だという顔で顎をしゃくる。


「彼の携帯にメッセージを入れといた。電源入れたら出てくるようにな。ま、それ見たら、もうちょっかい出そうとか思わなくなるって」と尾田が説明した。


 因みにそのメッセージとは『先程のやり取りは全て録音してある。これ以上こちらに何か関わろうとするならば、裁判沙汰にするぞ』と、ざっくりと言えばそんな感じの事を書いてある。


「悪いけど、こいつをどこか適当な場所まで運んでおいてくれないか?」


「まぁ、いいけどよ。今度、俺らの前でも歌ってくれないかな。蒼野空」と野口が入口の方に眼差しを向ける。


――俺も、こんな目をしてたんだろうな。


 海人は思う。初めて会ったあの喫茶店で、彼女は海人を選んだ。だけど、もしかしたら別の誰かが選ばれていたかもしれない。


――どうして俺だったんだろう。


 いつか疑問に思った事を改めて考える。



「ほら、2人とも遅れるー!!」


 空の声を聞いて、海人は我に返った。


「ありがとうな」


野口に別れと感謝の言葉を告げ、海人と尾田は建設途中のビルを後にした。


 外では、空と恵美がなんとも律儀な事に待ってくれていた。空は海人達を指差して言う。


「ね、競争しようよ」


「あの、空さん。自転車バーサス足ってものすごい理不尽な物を感じるのですが」


 自転車と競走した海人は経験者として語ったのだが、勿論、空がそれを聞いてくれるとは思わなかった。


「二人乗りよ? ハンデは十分あるわ」


「いや、せめてもうひとつハンデを」


「そう、じゃあね――」と空はしばし考え、それからこう言った。


「歌うわ。それでいいでしょ。じゃあ、よーいどん!」


 唐突な合図。そして、皆は走り出した。 アスファルトを蹴り、車輪が回り、そして歌が響いた。




 ――青空広がる、思わず見上げる、なにかが降って来やしないかと


 ――ずっと見上げてたら、黒雲広がる、降って来たのは雨でした


 ――いつのまにか、青空なくなる、雷と風の彼方に


 ――青空、仰げば何か、降ってくることなんてないかもしれない


 ――青空、眺めていても、悪い事は消えてくれないかもしれない


 ――それでも、


 ――青空に歌えば、誰かが君の事、見てくれる



次回、最終回です。

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