31番
「どういうつもりなんだ」活動開始、3秒も待たずに尾田は、そう海人に詰め寄った。
「さて、なんのことやら」と海人は惚ける。チッと尾田は舌打ち。
今、尾田と海人と空、恵美の4人は一緒に行動していた。弥生と他三名(そりゃないっすとの抗議あり)はその後ろで芹沢の動きをGPSで追い、前の4人組に伝える等、援護に徹している。直接の追尾役である尾田達がGPSを使いながら尾行をすると、怪しまれる上に捕まった時のリスクも大きいからという事だが。
「これじゃ、目立ってしょうがない。いつも通りの尾行なんて出来るわけないだろ!」
「それが狙いさ」と海人は言った。
「空さんが芹沢の周りをうろつけば、相手の動揺を誘えるだろ? 慌てて尻尾を出すかもしれないじゃないか」
ハッと、尾田はそれを笑って捨てた。
「お前はあいつがどんだけ恐ろしいか、知らないからそんな事が言えるんだ」
その恐ろしさを具体的に教えてもらいたいねと、海人は言いかけて止めた。言い争ってはそれこそ、怪しまれるだろう。
「空さんが怪しい動きをしたら、すぐにもあいつは空さんを潰そうとするぞ。低俗なマスコミ社に売り込むなり、脅すなりして、ありもしない事を書き立てるだろう」
「だけど、それはもうクリアしただろう。今日の3時からもっとちゃんとした所から取材が来るんだから――空さん、自分で言っておいて忘れてないだろうな」
世の中には、大きな新聞社よりも週刊誌の方を信じている人もいるのかも分からないが、大部分の人に伝わるのだから、ひとまずは安心だろう。一部の人間が週刊誌を見て囃したてたとしても、単なる珍説として処理され、いずれは忘れ去られる。
――俺が余程、楽観的な読みをしてなければ、だけど。
「あぁ、その先はどうするか分からない。空ちゃんの脱退に難癖つけてくるか、或いはもっと直接的な手段に訴えてくるかもしれない」
「過去にそういう事が?」もしやと思って聞いた。違うと答えてくれれば、いいものを尾田は頷いた。
「何件かある。親父からも聞いたし、AC社の人にそれとなく、聞いた。そしたら、聞いてもいない事を皆、ほいほい答えてくれたよ」
随分とストレス溜まっているんだなぁと海人は呆れた。それでも辞めさせられないのは、古株だからか、もしくは起こす問題以上に、実績があるのか。
「警察沙汰になりかけた事も何度か。裁判沙汰もだな。ぎりぎりの所で回避されている」
「呆れるな……」海人が首を振ると、尾田は同意した。
「あぁ。それでも、こいつに気に入られたアイドルや歌手はいいステージや番組貰えるからってんで、媚売る人も多いんだ」
呆れを追い越して、脱力するような話である。しかし、この場合芹沢を批判すべきなのか、そんなやつに媚を売る若者を批判すべきなのか。
「空さんとは根本的に対立しそうな人だなぁ……」
「ホント、今まで上手く行ってたのが、不思議というか、奇跡だよなぁ」
と、尾田は急に静かになった。後ろの三人組から通信を受け取ったのだろう。左耳に挿したイヤホンに手をやっている。
「目標に動きがあったらしいです。会社を出たと」
「ふふん、ようやくちょっとは面白くなりそうね」と空。彼女は長いふわふわの髪を帽子の中に隠し、サングラスまで掛けているが、見る人が見れば、すぐにばれてしまいそうな感じがする。
何しろ、彼女はサングラスが邪魔だと、何度も帽子の上に押し上げ顔を晒している。これで五回目。
尾田は呆れの溜息1つ。しかし、何を言っても、梃どころかカタパルトを使っても微動にしない事を、知っている彼はそれ以上指摘はしなかった。
「ま、お昼時ですからね。またドーナッツでも買いに行ったんでしょうよ」
指示された場所にまで行くと果たしてそうだ。行列の出来ているドーナッツ店。その中に芹沢がいた。どんな悪人面かと思ったが、彼は長身痩躯で、堀の深い顔、顎や顔の周りに生やした髭といい、アメリカ映画に出ても違和感の無さそうなダンディな姿である。
アクション映画で言うと、直接的な戦闘は担当しない軍師役というか裏で糸を引いてそうな役柄が合いそうだ。とはいえ、この長閑な場所であっては、その役も映えない。
周りには草原が広がり、噴水が呑気に空高く水を撒き散らしていて、散歩中の犬だの、幼児だのが、戯れている。もしも、この場があの男によって、もう間も無く地獄と化すのであれば別だが、緊張に欠けすぎている。
「可愛い!! これ、なんて犬ですか?」
ほら、もう空や恵美は芹沢そっちのけで、散歩中の犬に話しかけてなんかいるしで、海人は溜息。俺もあそこに加わって遊びたいです。が、隣にいる尾田はそれを許してくれそうも無かった。全くもって、なんでこんな事をしているんだろうかと、海人は自分の記憶を思わず、振り返らなくてはいけなかった。
「何か不審な動きでもあったか?」海人が訊ねると、尾田は頷いた。
「あぁ。あいつ、前に並んでる高校生位の奴となんかこそこそ話してる」
ん? と、海人は芹沢に目を戻した。言われてみるまで気付かなかったが、芹沢は前に並ぶ高校生の耳に何か囁きかけていた。
もしも、前にいるのが女子高生とかで、話しかけている内容が口説き文句とかだったら、問答無用で警察を呼ぶ所だが、生憎と前にいるのは男子で、芹沢の表情から察するに口説き文句でも無さそうだった。
前にいる男子高校生らしき人物は頭を金色に染め、耳にはピアス、だぶだぶで切り刻まれたジーパンを穿いていたりと、生徒指導の教師が思い描く「品行の無い学生」を絵に描いたかのような男子だった。尤も、ここは学校ではないし、見た目で人を判断してはいけないだろうが……。その男子は目つきが悪く、面倒そうにだが、決して拒絶せずに芹沢の言葉を聞き、時々相槌を打つ。
傍目には、品行の悪い少年を大人がやんわりと注意している図にも見えるわけだが。
「あいつ、前に何度も芹沢と話していた」
「知り合いとか親戚とかそんなんじゃないのか」
「俺も話しかけられた」と尾田は目尻を吊り上げ今にも、キレ出しそうな顔。
「なんて話しかけられた?」海人が気になって聞くと、尾田は一言。
「お前ら潰すぞって。他にもなんか言ってた気がするけど、ボソボソしてる上に、わけわかんなかった」
わけがわからなかった割には、ひどくご立腹である。恐らく、怒りで頭が真っ白になる程の言葉を掛けられたのだろう。
「それで、お前はなんて言った?」
「何も。言えなかった。怖かったからな」と尾田は悔しそうに、今にも泣き出しそうな顔で言った。しかし、それでも涙1つ出さないのは流石と褒めるべきところか。流石に可哀想になって、海人は表情を少し和らげた。
「仕方ないさ。それは。喧嘩売られて、即返せるような奴は漫画の中の住人だ」
それを聞いて、尾田は少しだけ落ち着いたか、フッと笑んだ。
「だけど、次会う時は二度目だ。殴り合いをする気はないが、ちゃんと言い返せるくらいにはなりたい」
海人は、段々とこの空の幼馴染が気に入り始めた。それはどことなく、少し前の自分を思わせるからか、本当に空の事を好きだという事が分かったからか、或いはその両方か。
「心配するなよ。どうせ、その手合いはだな、動物が敵に威嚇しているのと同じだ。自分を出来るだけ強く見せようとしているだけだ。それに怯みさえしなければ、勝てる」
「成程な。で、だ。先輩さんよ。もう1つ聞きたいが、芹沢みたいなやつにはどう対応すればいい?」
冗談が出るくらいには仲良くなれたかと、海人は苦笑し、芹沢に視線を戻した。さて、問題はやはり彼だろうか。ただのチンピラにわざわざ話しかけるのは、どうしてだろうか。まさか、空にちょっかいは出すなと叱ってるわけではないだろう。それにしては、少し――なんというか、仲が良さそうに見える(芹沢が一方的に親しみを押し付けてる気もするが)
「で、これからどうするんだ?」
「芹沢に近づくのは危険だな。だから、あのチンピラに近づく。と言っても話しかけるわけじゃない。あいつが俺達を見てどんな反応を示すか見てみたい」
本当にスパイか、探偵のようだと、海人は思った。別段、それでわくわくはしない。というか、出来ればこんな事はしたくもない。中学生の馬鹿な勘違いでしたとなったら、どうなるだろう。それこそ、笑いもので、マスコミのいい餌だろう。実は、それこそが芹沢の企みなのではないかとすら思える。その事を聞くと、尾田は神妙に頷いた。
「あぁ。確かにな。だから、なるべく慎重に動くようにしてるんだよ。それにもしもの時は、俺が全部責任を負う」
決死覚悟と言わんばかりの、生真面目な尾田の表情に、海人は空が言っていた言葉に同意したくなった。彼は真面目過ぎる。そして、不安感も強すぎる。たとえ、彼の読みが当たっていたとしても、しなかったとしても、だ。何もかも自分で背負い込み過ぎだろう。
「だから、そう気張るなって……」
海人は思わず呟いた。が、尾田にそれは聞こえなかったらしい。ドーナッツ屋の行列を指差して言う。
「あ、あいつら離れる。今だ、行くぞ」
成程、芹沢は、少年に対して愛想良く手まで振っている。わざとらしいにも程があるだろう。少年に鎌を掛ける位はしてみる価値がある。
「空さん行きます……よ」
振り返ってみると、空の周りには犬の輪が出来ていた。あなたは偉大な魔法使いか僧侶か何かか。
「あれ、この人……空?」と犬の飼い主の1人。
あ、しまった。海人が慌てて彼女を引き離したが、それが反って不味かった。急いでその場を脱したものの、周りはすっかり盛り上がってしまっている。
「本物だー!」だの「きゃーきゃー!」だの声が上がっている。二週間前に、あの喫茶店で突然歌い出した時とは、反応がまるで違う。勿論、あの時とは規模が違う。それに、あの時にはいなかった年齢層が加わっている。
「ねー、うたってよー」
具体的には幼児である。
話しかけてきたのは、5才かそこらの女の子である。その愛らしい瞳に空は硬直した。「ズキューン!!」心を撃ち抜かれる音が聞こえたのは、何故かと言えば、空がそう叫んだからである。
「よっしゃー!! 空も晴れて青いことだし、歌う!!」
どんな理由ですかというツッコミは、観衆の黄色い声(主に幼児)によってかき消されてしまった。教育番組でも始まるのか、噴水の周りで遊んでいた子ども達が一気に集まって来た。
「ここにいる皆とも仲良くなったことだしね!」
この歌手、対人関係能力がありすぎである。
冷や冷やと、海人が視線を向けたのはあの少年。あの不良少年も、この騒動に気が付いたらしく(気付くなと言う方が無理があったが)、空に注視している。
――不味いかな
そう思って尾田を見たが、彼はむしろこれこそ、チャンスだと思っているようだった。
「これで、あいつがどんな反応するか、だな」
けれども、少年は空を見たまま、一向に動かなかった。表情は硬く、まるで睨みつけるかのように目を細めている。
空はというと、海人達の行動にも、少年の視線にも気づかないようで、一心に歌っていた。
マイクが無いにも関わらず、よく通る芯のある歌声で。しかし、初めて喫茶店で歌った時とは違う、どちらかと言えば明るい元気のある曲だった。歌詞はいつもの事ながら、単純だが、浮つきもせず、堅苦しくもない。周りの子ども達や恵美が合いの手を入れている。
「何も動きはないみたいだが……」
海人は言った。あの少年、このまま、ずっと聞いていくつもりではないだろうか。そんな予感がした。
業を煮やした尾田が携帯に向かって怒鳴る。
「おい、目標はどうした?!」
『イェーイ!! …………、あ、はいはい。すんません今GPS起動するので』
「伊藤! カメラを今すぐ切れ、馬鹿野郎。この前はそのせいでとんでもない事になったんだからな」
ブログに載せた写真をそのまま、マスコミのネタにされてしまった事がある伊藤は、うぅっと今にも泣き出しそうな声で唸る。
『あれ? あいつ、会社に戻ってませんよ。なんか、別の場所に行くっす!』
「ただの寄り道とかじゃないだろうな?」
『待ってください……、うーん、それにしては妙ですね。奴が向かってるのは、駅からも商店街からも離れた場所で――あー、ここは』
伊藤が声を上げ、尾田と海人の2人はじっと耳を傾ける。
『前に不良少年がたむろしているとかで、問題になってた地域っすね。前にここらをうろついていた俺と加藤と佐藤も、その一味なんじゃねーかって疑われた事があるんで知ってるんっす』
「だから、お前らはそういうとこは、うろつくの止めておけって言ってるだろうが……しかし、あいつ、そんな所に何の用だ?」
尾田は顎に手をやり、考え込み、電話向こうの伊藤は戸惑うような声で、
『も、もしかして、そこらの不良を金で釣って、空さんを襲わせる気じゃ……』
「まぁ、あり得る話だな。さて、この場でぼーっと突っ立っているあの不良を尋問するのが先か、それとも芹沢を追うのが先か。どっちだ?」
自分に聞いているのだという事に気づくのに、海人は数秒掛かった。そして考えるのにも数秒。
「あいつは、伊藤や弥生達に任せよう。俺達2人で芹沢を追うべきだ」
「あぁ、俺もそれが最適だと思う……が、空ちゃんは?」
「ここで歌って、あいつの気を引いておいてもらおう」
本当は、海人もこの場に留まって、いつまでも空の歌を聞いていたいのだが、そうも行かない。もしも、尾田の読みが全て正しければ、下手をすれば、二度と空の歌が聴けなくなるかもしれないのだから。
『おい、いいか。空ちゃんにばかり気を取られるんじゃねーぞ。歌なら、後でいくらでも聞かせてやるからな』
そう携帯に怒鳴る尾田の声を聞きつつ、海人はあの少年を注意深く観察した。
――さて、奴はどっちだ?




