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青空に歌えば  作者: 瞬々
29/34

29番

 そして、結局迷った。前に恵美を追っかけて行った時とまるで同じ状況である。海人は普段、尾田がどんな所にいるのか分からなかった。闇雲に探して、見つかる程、世の中上手くは出来ていない。


 後ろから追ってきた空と恵美が、海人の横でハァハァと息を整えている。


「というか、なんで走り出すわけ?」


「すみません……」


「元ちゃんがどこにいるかも知らないでしょ」


「本当、すみません」


 2人は呆れた。まぁ、当然だ。自分でも呆れる。だが、放っておけないと海人は思う。今の彼は、2週間前までの自分とよく似ている。周りの理不尽な圧迫に押され、しかし、それを仕方ないものとして受け入れようとしている姿が。


 そのせいで、自分は本当は何がしたいのかも分からない。本当に自分が好きな物を見失ってしまっている。海人にはそう見えたが、果たして。


「はぁ、あちこち探すよりもいい手があるわ。ほら、携帯で呼び出せばいいのよ。……で、それでやるの? さっき言ってた事。はっきり言って茶番だよ?」


――その通り。茶番だ


 それは海人も重々分かっている。これからする事はつまりは、茶番なのだ。


 AM9:00 空さんからのメールによって、呼び出した先はあの喫茶店だった。最初に海人が空と出会った場所。そして、海人と尾田が出会った場所でもある……と言う程、印象に残る出会いではないが。


 海人の立てた計画とは至ってシンプル。尾田を呼び出して、空に対する気持ちを吐かせる。その為に、海人はまず空から携帯を借りた。彼は、何故海人が空の携帯を持っているのかと訊ねるだろう。そうしたら、彼はこう答える。


「空さんが貸してくれたんだ。俺は彼女に信頼されているからね」


 そして、自分は彼女にとっては無くてはならない存在なのだという事をアピールする。もしも尾田が本当に空の事を思っているなら反論するだろう。自分の方が信頼されているぞ、と。


 ……ここらへんまでは想像出来るが、これ以上は無理。要は挑発。尾田を焚き付けて、本音をポロリと言わせてしまえば良いのだ。


 等と海人は楽観的に考えていた。


 空も恵美もこの作戦には乗り気ではなく、むしろ心配しているようだった。海人が座る席よりもかなり離れた店の隅で、じっとしている。そこは階段からも死角となっていて、壁もあり、隠れるにはもってこいの場所だ。


 因みに2人とも、サングラスをつけている。スパイ大作戦か何かのつもりなのだろうが、店の中でサングラスとか逆に目立つので止めてほしい。


 海人はとりあえず、コーヒーだけを注文しその席に座り、待ち続けた。メールを送ってから30分後、尾田はやっと来た。待ち合わせの席に海人1人しかいないのを見てとり、彼は怒った。


「一体、なんでお前がここにいるんだ?」


 尾田の言葉に、海人はすかさず携帯を見せた。


「それどうしたんだよ?」


「空さんに貸してもらったんだ。俺は信頼されているからね」


 よし、第1の関門突破ーと勢い込む海人だったが


「で、なんで? なんて言って借りた」


「え? あぁ、うん。お前と直接話がしたくてな……そう言ったら快く貸してくださいました……」


 ……思い描いていた悪者ヒールな海人のイメージが崩れる。「大根役者」と耳に聞こえたのは果たして気のせいだろうか。


「ふーん、で? 話って?」


「お、お前、さ、さっきさ。今の空さんがあるのは、自分のおかげだみたいな事言ってたけど、俺だって空さんの為にだなぁ……色々やってるんだぞ」


 声が尻すぼみ。なんだか、喋っているうちに自分の人間としての器がどんどん小さくなっていく気がする。こ、こんな筈じゃなかったのに(どんな筈だったんだ)と海人の笑顔の裏には焦燥が張り付いていた。


「喧嘩売りにきたわけ?」


「怒ってる?」


「いや、全然」


 何故か、憐れんでいるような顔で見られた。これは失敗だったかなと、海人は頭を抱えたくなる。ついでに、空と恵美が陰で頭を抱えている様子が目に浮かんだ。


「茶番に付き合ってる程、俺は暇じゃないんだよ。それに試されるのは好きじゃない」


「わかったよ……小細工過ぎたな」


 海人は手を軽く挙げて、降参の意を示した。やはりというか、芝居は苦手だと自覚する。慣れない事はするもんじゃない。


「お前は心の底から、空さんを支えたいと思っているのか?」


「耳が悪いのか? 俺は試されるのが嫌いだって言った筈だ」


 正に一触即発の状態。尾田が、突然掴み掛かってきたとしても、海人はそれを躱す、あるいは受け止める自信があった。しかし、騒動になるのはごめんだ。仕方なく、海人は引く事にした。一応、聞きたかったことは聞けたことだし。


「成程な。分かったよ」


 そんな海人に尾田はチッと舌打ちする。苛々と自分の腕時計を見、それから携帯を開いた。メールを確認しているようだった。それを眺めつつ、尾田が訊ねた。


「お前、さっき、空ちゃんの為になる事をしているとかなんとか、言ってたよな」


「あぁ……言ったけど」


 その瞬間、尾田の目がきらりと輝いた。口元には意地悪な笑みが浮かんでいる。海人はあんまり良い予感がしなかった。尾田の背後、壁から頭だけ出して、空が何やら心配そうな顔をしている。声はあまり聞こえてないだろうが、海人が浮かべる表情で状況を判断しているようだ。


「なら、付いてこいよ。今から、俺の本気を見せてやるからさ」


「ハ……イ?」


 思わず、上擦った変な声が出てしまう。本気ってなんだろうか。バトル漫画の見すぎじゃないかしらこの子とばかりに、海人は訝しげな表情になるが、尾田はそんな間抜けに見える海人こそを鼻で笑う。立ち上がり、文字通り見下しながら彼は告げる。


「何、ボッとしてんだよ。さっさと行くぞ」


「あ、うん、わかったけど」


――なんか、雲行がおかしいぞ


 思いつつも、尾田に従って立ち上がった。尾田がかなりの早足で階段を下っていく。空が遠くで席を立ち、近づいてきた。が、海人は両手でバッテンを描いて、止めた。声で伝えれば、尾田にバレる。あの茶番の後だし、別に大した事もないだろうが、海人はジェスチャーで――


『来ないでください。2人だけで、解決しますから』


――と伝えた。空は表情を硬直させて…………首を傾げている。伝わってない!! まぁ、いいやと海人は、尾田を追った。


 店の外で、腕を組みながら尾田は待っていた。わざわざ待ってくれるなんて、なんというツンデレ……とか言ったら殴られそうなので止めた。それに、彼の横にあるものを見て、海人は言葉を失った。


「えっと、それは自転車?」


「あ? なんだ、お前にはこれがフェラーリにでも見えるの?」


 そうですよねー……。だが、海人が本当に聞きたいのはそこじゃなかったりする。見た所、その自転車はいわゆるママチャリだとか、そこらへんの近所を走る為の籠付のチャリではないのだ。明らかに、スポーツ用だろうと思われるスピーディーで、無駄の無いデザインの、青くて格好いい自転車なのだ。後ろに座席とかも無い。


「俺は徒歩なんだけど、お前が今から行く場所って近くなの?」


「めちゃ遠い」


 即答! そして、尾田は自転車に飛び乗ると、あっという間に、道路へとこぎ出して行ってしまった。


「……泣けるぜ」


 無理難題を押し付けられた、アクション映画の中の主人公か何かみたいな台詞を吐き捨て、海人は走り出した。勿論、海人はスーパーマンなどではないから、この後超人的な走りを見せて、自転車に追いつくなんて事は無かった。無理です。


 尾田を乗せた自転車を追いかけて、必死に走るものの、あっという間に引き離されてしまう。1分経つ頃には、尾田の自転車はもう豆粒程の小ささでしか見えなくなってしまっていた。しかし、決して見失う事はない。海人は粘り強く走り続けた。


 この2週間は、やたらと走らされた。主に空によって。「バンド活動が始まったらハードになるからね! 今の内に体力つけないとね!」とのことで。しかし、走る事とバンド活動と何の関係があるのかは聞かなかった。どうせ、本人も分かってないだろうし。ともかく、おかげで体力はついた。


 しかし、休みなく走り続けて、10分もすると流石に息が上がってきた。もしかしたら、尾田は何の目的も無く海人を走らせているのではないかと思った。頭に浮かんだのは、馬に引きずられ市中を回る重罪人の図。あの時は怒ってないって言ったが、やっぱり怒っているのではなかろうか。


――もしくは、試されているとか?


 空への想いを試した事に対する意趣返し……どっちにしろ怒っている事に変わりはないではないか。


 しかし、「待ってくれ」とは決して言わなかった――叫ぶ余裕が無かったので。


 ともかく、後を追い続ける内に、2人は商店街を抜け、住宅街に出た。沖浦家近所と違って、アパートが多く、一軒家の多くは古くて外観からして汚れていたり痛んでいたりするのが分かる。何の考えも無しに尾田はここを選んだのだろうか。


 そんな事を考えているうちに、前を走る尾田の自転車は坂道を下り始めた。減速なし。


――おいおい、勘弁しやがれください。


 溜息を吐くだけの息も使い果たしてしまい、心中で毒づいた。自転車はスーっと一気に坂を下って行ったが、坂の終わりの所で、突然急停車し、隣の建物の中へと消えていった。それは、まだ建設途中の建物

――正確には建設途中で放り出された建物だった。


――こんな建物があるなんてな……、て


 ようやく追いつき、息を整える海人の前には立ち入り禁止の看板がある。工事現場のおっさんが頭の上でバッテンしているイラストが、描かれていた。因みにこのイラスト、落書きされている。おっさんの目が上を向いていて、口はあっかんべーしてるし、鼻の下と顎の髭がアートを描いているし、横には「おめぇ、頭だいじょぶかー?」とか書いてあるしで、色々とカオスだった。


 内部は所々完成しているものの、殆どが骨組と土台が出来上がっているのみだ。何日も放置されたせいか埃が溜まっており、工事用の塗料だろうか、妙に鼻を突く臭いが立ち込めている。


しかし、その中でも目に付く物がある。明らかに工事現場の人間の物ではない私物が幾つか、床に置かれていた。具体的には鞄や炭酸飲料の空き缶、菓子、少年雑誌、ゲーム用のカードの類。そして、小声で誰かが話し合っているのが聞こえた。


「声を立てるなよ。大人が入ってきたら、困るからな」


「おわ!?」


 ドアの裏からいきなり現れて、さっそく声を上げる海人。その声に反応してか、奥の方にいた少年達が出てきた。彼らは海人を見るなり、驚きの声を上げた。


「アー!! お前は!!」


 3人共、三つ子かと思う程、全く同じタイミング。そう、彼らは2週間前に空を追い回していた少年3人組だった。名前は未だに聞いていない。


「やっぱりか」と、しかし海人は驚かなかった。尾田もまた、海人の反応に驚いた様子はない。


「ということは、やっぱりそうか。こいつらが追ってたのは、お前だったわけだ」


「ど、どういうわけですか、キャプテン!」と3人組の中で一番小柄のスポーツ刈りの髪型の少年が聞いた。


「キャプテン?」


「こいつらが勝手に言ってるだけだ。せめてリーダーにしろって言ってんだけどな……」


 海人の問いに、尾田は頭を抱えて言った。しかし、そんなことは、まるで意に介さない3人組。


「我らは!」


「空さんを悪漢より守る為に結成された特殊部隊!」


「その名も、スカイ・ブラザーズ!」


 夜通し練習したんですね、分かります――と言いたくなる程にぴったりとした息だった。直訳すると空兄弟。宇宙兄弟よりも需要は薄そうだ。このどうしようもないネーミングセンスは、勿論3人組の物だろう。それにしてもセンスが無い。海人の無言の視線に、尾田は答える。


「俺が付けた」


「マジかよ……」思わず口が滑る。


「こいつらが付けてくれとせがむんでさ……センスあるだろ?」


 自覚はないらしい。とても気まずい。そしてよりややこしいのは『スカイブラザーズ』の面々だ。


「センス超ありますって!」


「そうっすよー!」


「俺達、超感謝してます!!」


 その心掛けは素晴らしいが、居たたまれなくなって海人はストップを掛けた。



「その辺にしておけって……で、これがお前の本気ってやつかい? 自分で仲間を集めて、空さんを守ろうと」


「お前の、その反応だと、前から気が付いていたようだな」


「2週間前にこいつらと話した時だ。もしかしたら、お前が彼らを使って、空さんを守ろうとしていたんじゃないかって予想した」


 スカイブラザーズの3人は自らを親衛隊と称していた。が、単なるファンがそんな物を結成するだろうか。仮に結成したとして、親衛隊として機能できるだろうか。口にしては言えないが、そんな器用な事がこの3人組に出来るとは思えなかった。必ず上に誰かがいる。では、その誰かとは誰か。真っ先に頭に浮かんだのが、尾田だった。


「最初は、いきなり追いかけてくるし、ACの回し者かとも思ったんだけどな」


「なわけねーだろ!!」


「そうだ!! 俺達の方こそ、お前が何か企んでいるんじゃないかってなー。思ったぞ!」


「空さんにいきなり話しかけられやがって、この野郎ー!」


 最後のはただの僻みじゃねーか。海人はやれやれと首を振る。2週間前に追いかけてきた時も、空を守るというより、空に近づく海人が気に喰わないかのような口ぶりだったし。


「成程な、そりゃすまなかったな。こいつら阿呆だからさ」と尾田は3人を見回す。途端、3人組は蛇に睨まれたかのように、委縮した。どうも、彼らは見た目よりも臆病な性格らしい。


「いや、もういいんだ。過ぎた事だしな。あ、俺は長倉海人って言うんだ。お前らは?」


 3人は感激したかのように、顔を上げた。全く、コロコロ表情が変わる。海人は家で飼っているミニチュアダックスフンド犬の、ゆずを思い浮かべた。


「俺は、伊藤大輔!」と中でも大柄な少年。


「俺は、佐藤光!」と中でものっぽの少年。


「俺は、加藤大輝!」と中でも小柄な少年。


「俺は三藤って呼んでる。覚えやすいだろ?」と尾田は三人を顎でしゃくって軽く笑った。が、三人が傷ついた子犬みたいな表情になるのを見て、咳払い。


「さっきは、あぁ言ったけどな。こいつらは色々と情報持ってきてくれるんだ。マスコミの動きとか、最近は芹沢を尾行してる」


「おいおい、まるで探偵かスパイだな……」


 海人が驚くのを見て、尾田は自慢げな表情で、傍の作りかけの階段に置いてあった鞄を取った。中にはファイルケースが1つ。そこには様々な写真、そして小型の録音機が入っていた。


「お前だって最初はこいつらの存在には気が付かなかっただろ? 単なる野次馬と思ってただろ? 誰もこいつらが--俺達みたいな子どもが、監視しているなんて思いも寄らない」


 確かにそうだと海人は思う。しかし、尾田にはこんな回りくどい事をせずとも、父がACに勤めていて、しかも彼は空の味方なのではなかったのか。


――いや、そうか。


 訊ねようとして、海人は思いとどまる。想像するのは容易かった。


「ところで副キャプテン」


 佐藤が訊ねた。一瞬、誰の事だと海人は佐藤の顔をまじまじと見た。自分の事でした。


「誰が副だ、誰が」


「今日からあなたも、スカイブラザーズ!」


「なるか!」即答。


「俺はそろそろ抜けたい……」とこれは尾田。引退はまだまだ遠いなと、海人は先程の自転車で散々引きずり回された仕返しとして、言ってやった。


「この前言っていた事は、本当なんですか? 蒼野空ちゃんが歌うって!」


「え、あ、あぁ。そうだ」と海人はどこまで話していいのか、分からずとりあえず肯定しておく。ファイルを確認していた尾田が、そのやり取りをちらっと見る。


「あぁ。そうだ。今後は、白鳥新聞をよく確認することだ。そのうち、それ関連の記事が出るから」


 それを聞いて三人はおおおおおぉお!! と雄叫びを上げて盛り上がっている。やはり、根っからのファンなんだなと、海人は思う。いや、それ以上だ。なぜ、これ程までに、彼女の力になろうとするのか。それが知りたくて海人は訊ねた。三人はその質問、待ってましたと言わんばかりに、嬉々として喋り始める。


「空ちゃんはな、そこらの売名ぶりっこアイドルとは全然違うんだぞ! カメラもマスコミもいないような所でだって、歌ってくれるんだ」と伊藤。


「ある時なんか、塾の先生に頼まれて、受験に疲れた生徒達の前で歌ってくれた事もあるんだぜ! 俺達もそこにいたけど、とても励まされたんだ!!」と興奮したように佐藤が言う。


「……ちなみにこいつらは塾の生徒じゃなかったけどな。割り込んだんだ」と尾田が何か苦い思い出があるかのように、付け足す。


「他にもなー、空ちゃんには色々な武勇伝があるのだ! 時に頼まれ、時に頼まれもせずに強引に……。誰かを助ける為に歌う歌手! これが応援せずにいられようか!?」いや、いられない(反語)と伊藤が締めくくる。


「成程な、それは分かるよ」と海人は共感して頷いて見せた。あの歌を聞いて、心の中の琴線に触れる物を感じたのは、海人だけでは無かった。そして、空があの時、海人に目を向けてくれたのも決して偶然では無かったのではないか。そんな考えが頭をよぎる。


――あの歌のおかげで、自分の中の素直な気持ちが、封印されていた気持ちが解き放たれた


 それだけじゃない。彼女はいつだって、親身になって助けてくれる。人を素直な気持ちにさせる不思議な力を持っている。


「おぉ、これが分かるとは流石、副キャプテン!」


 それは勘弁願いたい。


「はいはい、お前らここに集まったのはファン会をする為じゃないぞ」パンパンと手を叩いて、尾田が興奮する三人組を止めた。その手にはノートパソコンが抱えられていた。何やら手元で操作し、それから皆にも見えるように画面を向けながら床に座る。


「これが奴、芹沢氏の本日の居所」


 画面一杯に映し出されたのは、海人達が暮らす街の一帯の地図だった。その中で光点を示す物がある。


「これはAC本社っすねー。珍しい。今日は真面目に勤務なすっているようで」と伊藤が腕を組みながら眺めている。


「いつもは街中をうろついてんっすよー。もしくはどこかの酒屋にいたり」


「空さんの後を尾けてた事もあったりですね、もうなんとも執念深い」


「いやいや、ちょっと待ってくれ。これなんだよ?」


 勝手に話がどんどん進んでいく中で、海人は訊ねた。これでは本当にスパイ映画か何かのようだ。犯罪まがいの事をして、スリルを味わう程、海人は肝の据わった根性はしていない。


「奴の携帯だよ。GPSがついてる。それを上手く使って位置を特定している。勿論ばれないようにするため、ハッキングじみた事もした」


「はぁ……すげえなお前……って、いや、それっていいのか?」


「そう言いたくなる気持ちは分かるけどな。あいつはもっと、ずっと犯罪紛いな事してんだ。この前なんか、伊藤が尾行してた時だけど――、ヤクザみたいな奴に仕事頼もうとしてたらしい。結局断られたようだけどな」


「仕事?」と海人は眉を潜めた。


「人を雇って、空ちゃんを襲わせようとしてんだ。あいつ」


 流石に海人も黙り込んでしまった。尾田の言う事はあまりにも現実離れしている。芹沢という男は、確かに横暴であるらしい。それは空からも聞いている。だが、人を雇って襲わせるなど、一体彼にどんなメリットがあると言うのだろうか。


「ほらな、聞いただけじゃ信じられないよなぁ。同じ子ども同士でさえ、これだ。大人が信じてくれる筈もない」


 尾田の失望の声に、海人は我に返る。尾田の口振りも、スカイなんとかズの表情も、真剣その物で、どうにか海人に信じて貰おうという感じがした。


 なので、ひとまず考え過ぎ、思い違いという路線を外し、芹沢が空を傷つけたがっているという考えだと仮定し、画面上の地図を再び見た。


「芹沢が空さんを襲う理由ってのは、やっぱり空さんが反抗して、ACを辞めた事なのかな?」


「あぁ、そうなんじゃないかな。俺の父さんの話だと」


と、尾田は自分の父親の事を出すのが嫌だと言うように、顔をしかめた。


「あいつは、優秀なんだが、融通が利かない所があるんだとか。芸術家のような感性の持ち主だって父さんは言っていた」


――そんな理由で襲うだろうか


 海人は半信半疑だった。現実味の湧かない極端な予想だからだろうか。だが、それが本当だとしたら極端だなんだとも言ってはいられない。


「別に信じて貰おうなんて思ってないからな。俺は俺であいつの動向を探るつもりだ」


「信じるさ」と海人は答えた。尾田は答えない。その言葉を信じて貰えたのか貰えなかったのかも分からないが、それ以上は聞かなかった。


 気まずい雰囲気を破ったのは突然の物音だった。海人達はびくっと肩を震わせた。


「まずいっす」と伊藤達。


「声を立てるな。こっちだ」と尾田は手早くパソコンを閉じて、傍にあった鞄を拾い、海人を手招きした。指で示したのは床に設置された扉。どうやら地下があるらしい。伊藤が扉を手で支えつつ、囁くように言い、手招く。


「ほら、こっちです」


 しかし、海人は硬直した。壁にゆらりと影が映ったのだ。ゆらりと陽炎のように揺らめくそれは、まるで幽霊のよう。


 その幽霊の口が開き、地獄の底から絞り出すような声が建物に響き渡った。



「見ィつけたー……」

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