25番
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海人は、叔父叔母の宅で夕食を取った事は何度かあるが、毎回凝っている物が出てくる。全部手作りだというのだから驚く。
「これは?」
「オニオングラタン。そっちはスープ」
空が訊ね、陽子が答える。空はさっきから料理に興味津々のようで、キッチンに入り浸っている。野菜を切ったりとか簡単な作業を手伝ったりもしていた。
「とても、積極的でいいわね空さんは。うちの弥生にも見習ってほしいなぁ。チラチラ」
「はいはい、手伝うよ……でも、キッチンに3人もいたら逆に捗らないと思うけど」
一方、海人はお爺さん店員改めお爺さん教官から、フルートの基本を教わっていた。
「一度やろうと思ったなら、分かっていると思うけど、まずは吹くのにコツがいるんだ。」
「息を吹き込むだけじゃ駄目なんですよね」
そうしているうちに、鐘が鳴った。玄関のベルだ。そう言われないと分からないというのが特徴的なベル。
「あー、佳織さんと彰浩君かな?」
ソファに体を埋めていた直人が立ち上がり、インターフォンに向かい通話ボタンを押す。外から聞こえてくるのは、果たしてそうだ。
『あらー、全く。毎回思うけど成金主義やしないかしら……』
『あの、母さん。聞こえてると思う』
そんな実にのんびりとしたやり取りが、聞こえてくる。それと鳴き声が。
「あー、悪かったね。成金で。実際、成金だけど」
『ほわ!?』
『だから、言ってんのにぃー』
「おかあさんと、おとうとさん?」
空が聞いた。なんか意味深。
「まぁ、自然とここに皆集まってきてしまったからね。向こうで改めて誕生会開くってのも、ゴタゴタしそうだし」
陽子が一言。手際よくグラタンをオーブンに入れていく。その横では鍋が火にかかっている。湯気と共にいい香りが部屋に流れる。
一旦、練習を切上げ、海人は空、直人、幸人と共に玄関へと向かった。すごく賑やかな出迎えである。そして、何故かその賑やかな中の先頭に立たされて、海人は少し恥ずかしかった。
玄関のドアを開くと、そこには海人の母こと佳織と弟こと彰浩がいた。そして、佳織の手にはケーキの入った大きな箱が、彰浩の手には色紙。
2人はまずスーツ姿の海人を見て息を呑み、ドレス姿の空を見て目を瞠った。そして、自分達の服装を目だけで再確認。私服ではあるが、買ったばかりのものであり、海人はそんなに変だとは思わなかったが、スーツにドレスにとこちらの恰好と比べると、色褪せて見えてしまうのも致し方ない。
「あ、母さん。これ、誕生日プレゼントで貰ったんだ。その……ありがとう」
「え? あぁ、そっかそっか。うんうん、どう? サイズ合ってるといいけど。海人ったら、背測るのを何かと嫌がるし」
ホント、すみません。海人は苦笑しながら頭を下げた。まさか、こんなに良い物を貰えるとは思ってなかったもの。
「そして、そちらが蒼野空さん? うちの海人がお世話になりまして……」
「いえいえ、こちらこそ。うち(バンド)の海人君が迷惑かけてませんか?」
――だから、なんだよ、このノリ。
そして、その茶番を演じる2人の合間に割って入るように彰浩が、色紙を1枚空に差し出した。彰浩は緊張で肩をガチゴチに固め、手をプルプルと震えさせて、聞いた。
「あの、サインいいですか?」
「えっと、私の?」
空が自分を指差して聞いた。他に誰がいるっていうんだ。彰浩は赤べこのように、高速で首を振り、肯定した。用意のいいことにマジックペンまで用意してある。空は一瞬迷ったように、渡されたペンを握り、それからサイン紙にすらすらすらっと、自分の名前を書き込んだ。芸能人(元)に名前を書いて貰えたのだから、弟としては、天にも昇る気分……と思いきや。
「えー、これだけ? なんか決め台詞みたいなの書かないの?」
抜かしやがるこの餓鬼。海人はひやっとしたが、空は困ったような顔でアハハと呑気に笑っている。
「ないの。考えた事もなくって。だから、サインは大体いつも断ってるの。何かいいのない? 海人君?」
唐突に話題を振られて海人は、返答に窮した。空の決め台詞……なんというか、強引なものしか思いつかない。「あなた今日からうちのバンドメンバーね」とか。これだと、バンドメンバーが雪だるま式に増えるよ、やったね――よくない。
「あ、それなら歌のタイトル入れるとかどうですか?」
「あー、成程……なんか、ベタな気もするけど、どれがいいかな?」
「なんかボソッと酷い事言いましたよね……、そこは空さんが決めるべき……えっと、じゃあ」
悪戯っぽい笑みで睨まれたので、海人は慌てて考える。と言っても、彼女の歌は殆ど知らない。彼女の歌が何よりも好きな癖に。
だが、彼女の他の曲を聞いていたとしても、海人は1つの曲を選んでいただろう。あの時、初めて聞いた曲を。
――たしか、あの曲の名は。
「青空に歌えば」




