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青空に歌えば  作者: 瞬々
24/34

24番

「あぁー!! やっぱり、あのお店のっ!!」


「ど、どうして?」


 大人3人は子ども2人の反応にすっかり満足し、お互いに視線を交わした。まるで、悪戯を成功させた悪餓鬼みたいなそんな表情。お爺さん店員こと志澤さんは、矍鑠と笑った。


「あっははは。やっぱ、若い方は反応が面白い。これだからドッキリは止められないんじゃ。お二人さん、元気そうで何より」


「お爺さんもね……で、そりゃ、ドッキリはしたけど、お爺さんは何者なの?」


 空が胸の前で腕を組みながら、当然とも言うべき質問をした。進み出たのは幸人だった。


「私と彼、志澤英吉郎さんが話をしたのは、1か月程前の事だ。話をしてみると中々気が合う人でね。今日の……本当は明日だが、海人の誕生日にも来てもらった」


 まだ、話が見えてこない海人は首を傾げた。この人が立ち会うのはいい。だが、それが海人の誕生日にとって特別な事となるのだろうか。


「さて、海人君ハッピーバースデートゥユゥー♪ だ」


 志澤はそういうと自分の身体で隠してきた細長い包みを差し出した。海人は何気なくそれを受け取った。これがなんなのかは、このお爺さん店員が立ち会うという時点である程度の予想はついていた。海人は興奮した面持ちで、周りを見た。


「開けてみるんじゃ」


 志澤に促され、海人は包装を開けていく。真っ白な箱を開けると中にはさらに包装用のビニールがあり、その中に黒く細長いケースが入っていた。それを取り出し、海人は手に持った。重みを確かめるように。


「それが楽器の重みというやつじゃ。だが、気を付けろぃ。楽器は扱いが肝心だ。振り回すとか投げるなんざ論外だが、自転車の籠に乗っけるとか、ケースにしまわないでそこらへんに放っておくなんてこともないようにな」


「し、志澤さん」


 幸人が慌てて、志澤を制すものの、彼はそんな幸人にあきれ顔を見せた。


「海人君が気が付いてないとでも? わしがいるって時点もしくは、ここに連れてくるまでに、何がプレゼントとして貰えるのか、この子は大体の予想がついていたんじゃないでしょうかね?」


 志澤は海人に訊ねるように視線を向ける。まさにそのとおりだったが、幸人がとても残念そうな顔をしているので、なんとも言えなかった。


「ハハハ、やはり優しいな君は。空さんが惚れるのも無理ない」


「ナ!?」


 空が素っ頓狂な声を出して、志澤を睨んだ。しかし、海人はじっとケースに目を落とすばかりだ。どうしても、感慨深いものを感じずにはいられなかった。


 この3年間ずっと、避けよう、割り切ろうと、この楽器に対する憧れを封じてきた。封じすぎて、本当に興味がなくなったのかと思った。周りに誘われても海人は決して、やろうとはしなかった。あれは本心ではなかったと言えば、嘘とも本当とも言える。


 空に会わなければ、一生吹きたいと思わなかっただろうという確信が持てる。


――そしたら、これを貰う事も無かった


 両親が勧めてきたのは、これを買ってしまったからか、それともやりたくなるように買ってきたのか。それはいずれ分かる事だ。


「開けないのか?」


 幸人が心配そうに訊ねてくる。もう少し浸っていたかったが、海人はフッと笑い、ケースを開けた。


 幾つも並ぶボタンのようなスイッチ、銀色に輝く細長い姿、本来は50センチ位の横笛なのだろうが、各部を外されてケースに収まっていた。


――フルート


「受け取って貰えないんじゃないかと、ここ1か月は冷や冷やしたぞ。返品は出来ないなんて言うしな。買ったら買ったで、どこに隠すかで迷い……ここにしたわけだ」


「それはお店の決まりでしてな……」


 恨めしそうな顔を向ける幸人に志澤は弁明した。1か月前から用意していたのかと思うと、余計に海人は申し訳ないような気持になる。


 だが、仕方が無かったのだ。それに結果オーライというやつだ。何の目的も無くフルートを吹くよりも、空さんの歌と共に吹くという夢がある方がいい。そんな言い訳めいた事を海人は思った。


「ありがとう、父さん」


「私からもありがとうございます、えっと……おとーさん」


 海人だけでなく空もお礼を言った……最後の「お父さん」は名前を知らなかったからだろうか、だったら言わなければいいのにと、海人は訝しむ。


「ハハハ、だが、まだ渡してないものがあるぞ」


志澤は楽しそうに笑い、指を振った。


――まだ、渡していない。なんだろう?


 ここから先があるとは、どんなドッキリだろうか。志澤は自分を指差した。


「それは、わ・た・し!!」


「ヘアっ!? …………あの、殴っちゃってもいいですか?」


 防衛本能から、反射的にパンチが飛び出すところだった。危ない危ない。横では空が目を点にして固まっている。漫画の中だったら、書き手によって真っ白に塗られて魂が抜ける描写を加えられていただろうそんな反応。


「落ち着きなさい海人」


 一番落ち着いている幸人からそんな言葉。だが、海人は見逃さない。父の拳が固く握りしめられていることに。


「突然、切れださないようにね……」


「わかってる」


 ――なんだ、この展開。そして、この爺さんは何を言い出すんだ。

 しかしながら、このお爺さんはそんな周りの反応を特に気にしなかった。しろ。


「いやぁ、おもろいツッコミが貰えるとは、儂お笑い芸人に向いてるのかね?」


「滑ったのを自覚出来てない姿は笑いを誘うでしょうね」


 直人がさり気なく毒舌を吐いた。志澤は聞かなかった振りをした。


「だが、海人君。真面目な話、儂いらない?」


「えっと、それはどういう意味でしょうか」


予想1:彼女として。却下だ。


予想2:ペットとして。柚がいるので十分です。


予想3:わからない。どんなに考えてもわからない。


 こんな思考が海人の頭の中で渦巻き、必死に考えるのだが、どうもこのお爺さんの考えが読めない。


「君はフルート吹けないって言っていたよね?」


「えぇ、まあ」


 そう。だから、誰に習うかが問題の種だった。普通に考えれば両親だろうか。しかし吹けると教える事が出来るとは、また別の問題だ。特に2人は趣味程度にやるだけなので、ある程度の事は教えられても、それ以上は教えられないだろうから。


 となると、後は高校で吹奏楽部に入り先生に教えてもらう位。習いに行くとなるとまたかなりのお金が掛かる事が予想出来るし。


「儂が教えてあげようかと言っているのだよ」


「出来るんですか?」


 海人が驚いて聞くと、志澤は胸を張り、拳で叩いた。咽た。


「ゲホホホ……、大船に乗ったつもりで、ゲホホ」


 タイタニックとかじゃないだろうなと、思ったが、これはあんまりなので口には出さないでおく。しかしフルートのレッスン。高くない筈がないと海人は思った。


「でも、お高いんでしょう?」


「なんとタダです」


 ――なんだ、このやり取り……え、タダ?


「え、え、どういうことです?」


海人は思わず、志澤に詰め寄ると、お爺さんは何故か恥じらうように、視線を逸らした。おいやめろ。


「べ、別にアンタの為じゃないんだからの。空さんのファンじゃからのぅ」


「無理に現代文化に合わせなくていいですよ」


 なんだかどっと疲れを感じて、海人は肩を落とした。読めない。空が選んでくれた時もそうだが、相手がどんな意図を持っているのかが、まるで読めないのだ。


「なんで、そんなに俺に、入れ込むんです」


 海人の真剣な表情に、志澤はふざけた表情を消し、向き直った。


「それはの……お前のお父上殿が店に来た1か月前の話から始まる」


 志澤の話によれば、父は1か月前、海人の高校の合格通知が来た日に、あの楽器店へと来たらしい。そこでフルートを買おうと、志澤に話しかけた。息子に買う為に来た事を知り、志澤はもしやその息子は3年前にも来た少年の事ではないかと考えたらしい。


 その事を伝えると、幸人は自分の息子の事を色々と話し始めた。志澤がその相談に乗っていくうちに、2人は仲良くなったのだという。


「での、儂は楽器が色々とできる。フルートだけでなく、クラリネットとかトランペットとか、その他諸々。昔にジャズバンドをやった経験もある」


 意外とすごい爺さんなんだなと、海人は認識を改めた。


 感心されていることを意識してか「まさにクラシック爺!」とポーズ。


 ――変な爺さんであることに変わりはないな。



「それを聞いたお前さんのお父上殿は、息子にレッスンを受けさせてくれと言ったのだ。まぁ、最初は断った。趣味程度であれば、ご両親に習えばある程度吹けるだろうと思ったからの。昨日のアレ今日のそれがあるまでは」


 昨日の「アレ」今日の「ソレ」。そう。このお爺さんは、海人が店に入った時からその名前も顔も知っていた。だから、やたらと話しかけてきたり、相談にも乗ってくれたのかと海人は思う。


「君が空さんとバンドだかを組む事を聞いてな。君も一見、乗り気ではないように見えたが、内心ではやりたくて仕方がないのだろうと儂は思ってな。空さんと共にあの女の子を追って出て、それから戻ってきた時の君の顔を見て確信。それから空さんが出て行った後を追いかけて行って、これまた色々確信」


「色々」を強調するのが意味深だったが、志澤の動機は分かった。しかし、まだどうも完全には納得が行かない。


「でも、無料って事はどうしてです? いいんですか?」


「おや、有料の方がいいとは珍しいお客さんだ」


「只より高い物はないって言うじゃないですか」


 まさしく、この状況。父が叔父の宝くじの山分けを断った理由も現実味を持って分かるというもの。


「ううむ、そうだの。儂実はお金には困っておらん。だから、そんな大した事を教えるわけでもないのに、お金貰ってものぉと」


「さり気なく、レッスン教室を敵に回すような発言ですよね、それ」


「だがまぁ、そうだの。只でレッスンした事を恩に着せようと絶対にしないという保証はどこにもないからの。何か条件が必要か?」


 条件。何だろうと海人は思うが、この人の事だから大した事は要求して来ないだろうという直感があった。



「そうさな、まずはバンド結成。これは是が非でも成功させることだ。それともう1つ。2週間みっちり教える。その間に少なくとも、空さんの曲を1曲は出来るようにすること」


「はい、頑張ります」


「え、ちょっとちょと! 2週間? たったそれだけなの?」


 空が心配そうに訊ねるが、海人は期間の引き伸ばしは頼まなかった。


「大丈夫ですよ、空さん。俺、多少は音楽できますから。春休みだし」


「い、いや、そうかもしれないけど! それにバンドだって、一体いつ出来るやらって感じだし……」


「出来ないわけじゃないですよ」


 海人は、はっきりとそう答えた。どちらの課題もはっきり言えば難しい。が、出来ないと難しいは大分違う。3年前の海人は前者だった。どう足掻いても出来なかった。しかし、今は違う。必死に足掻けば届く距離に夢がある。


「空さんはどんな音楽を奏でたいと思っているんですか? 俺はその要望に応えられるよう頑張ります」


 空はハッと驚き、まじまじと海人を見た。海人は揺るがない。3年前の時以上に、夢を思い描けるようになっている。空も夢自体は思い描けている筈だが、今日の出来事によって、それを忘れかけているのかもしれない。3年前の海人のように。


「私は……皆に聞いて感動して貰えるそんな歌が歌いたい」


「はい」


「だけど、人の好みなんて、皆違うでしょう?」


「えぇ」


「わかってる?」


「勿論」


 海人が答えると、空はそうっと目を閉じ、それから開いた。挑戦的ないつもの笑みを浮かべ、海人を指差す。


「じゃあ、どんなジャンルの曲でも吹けるようになって貰うわよ! 私がどんな歌を歌ってもついて来られるようになって貰う!」


「はい。でも、まずは僕がやりたい曲でいいですか?」


「え?」


 空は不意を突かれたように、ぽかんと口を開けた。それから、にっと笑って問う。


「何がいいの?」


「はい、初めて会った時に聞いたきょゴハ?」


 突然肩を叩かれて、海人の口から変な声が漏れた。犯人は空。その空は頬を赤らめて笑っている。


「やだなぁ、あれは私が作詞した曲だよ? 辞める直前で書いた曲! テレビでは一度しか歌ってないような曲だよー!?」


「その、でもというかそれならば、ますますというか、それがいいんです。そうか……空さんが作詞したからこそ、あんなに……おっと」


 また叩きにきた空を海人はどうにか躱す。そのやり取りを見ていた幸人は戸惑い、直人に聞いた。


「彼女は何をしているんだ? どうして叩こうとするんだ。気に喰わないからか?」


「その逆だよ。というか、我々がお邪魔なようだ。2人きりにしたら、もっと素直な反応が見れる筈」


「えー、えー、そうですよ! 私、今とても嬉しいんです!!」


――嬉しいから叩くってどういうことー?


 海人もまた、幸人同様わけがわからなかった。だけど、空が楽しそうなので良しとしようと思う。黙って叩かれて喜ぶ程Mではないけども。


「それと空さん。マスコミが書き立てたあの一件ですけどね」


「あ、うん。もう気にしないから」


 空は顔を逸らした。思い出して今にも泣き出しそうになるのを堪えている。それは単に心無いバッシングに心を痛めているというわけではないだろう。それは一部に過ぎない。


「そうじゃないんです。叔父さんも新聞社に勤めているんだ。週刊紙みたいなのとは違う、もっと大手の会社の」


 直人がここぞとばかりに、進み出てくる。


「最大の解決策が海人君から提案された。僕としては、それを断る理由はないな。君さえ良ければだけど」


「え? どういうこと?」


 空はぱっと顔を上げ海人に訊ねる。海人は少し照れたが、これは我ながらいい案だと思っている。


「叔父さんの新聞社にインタビューしてもらうんですよ。『AC社を辞めて新たにバンドを結成する蒼野空の決意』中々、カッコイイタイトルでしょ?」


「え、え、それって?」


 すっかり混乱して周りを見回す空に皆が微笑む。直人が分かりやすく説明する。


「つまり、そこらの週刊誌よりも少しは信用のおける会社に報道して貰えば、君としてもこれから活動しやすいのではないかなとね」


 空は言葉にならない声を口の中で繰り返し、その瞳には涙が溜まった。今にもそれが頬を伝りそうになり、海人へと抱き着いた。


「ありがとー、海人君!!」


 海人は黙ってそれを受け入れた。別に何も言うなよとか、もう大丈夫だよとかそんな気障な台詞は出さない。何故って、空が抱き着いたのは首だったから。


「ウウウゲゲゲ!!!!」


 傍からみると、ネックツイストを喰らっているようにも見えるそんな光景。だが、それでも海人はしっかりと聞いていた。


 空の心の底から湧き出る笑い声を。幸せを奏でるキラキラしたその声を。いつまでも聞いていた。

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