20番
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風呂から上がると、外で待ち構えていた叔母に捕まった。その後ろでは、空と弥生がくすくすと笑っている。
「さささ、誕生日プレゼント着せてあげるわね」
「いいです、自分で着れます」
叔母の勧めを全力で断る。青少年の健全(笑)の為に。
「どんなのか、楽しみね」
「空さんのドレスと並んでも見劣りしない位、立派なもんよー、ま、海人くんがどれ程着こなせるかにもよるけど」
「なるほどー、そこが問題か」
うむうむと分かってもいないのに、頷かないで欲しい。しかし、空と弥生はなぜ、こんなに早くも打ち解けあっているのだろうと、海人は謎に思う。
――やはり、空さんの順応力の高さか、弥生の世話好きさのおかげか。
恐らくはその両方が、上手くマッチしたのだろう。もう何年も付き合っている親友同士のように見える。
叔母に案内されたのは、彼女の部屋だった。そこには未完成、完成、試作品、オーダー品問わず様々な服が置いてあった。その中にプレゼント用のリボンと包装用紙で飾られた箱が1つ置いてあるのが目についた。
――PRESENT FOR KAITO
そう書かれたメモがリボンの間に挟まれている。
「じゃあ、着替えたら呼んでね」
叔母はそう言い残して去って行った。海人は箱の中身を空ける。出て来たのは上下共に揃いの黒いスーツと白いシャツ。それに青色のネクタイだった。何かどっきりする事でも仕掛けてありはしないかと、訝しみ(若干の期待も込め)調べるが、何も無かった。冗談の境界線はきちんと決めている所が、やはり大人というところか。
さっそく着替え、傍にある鏡を見てみるとスーツはぴったりと海人の体に合っていた。普段、あまり自分の姿を鏡で見直す事のない海人だが、よく似合っているなと、我ながらに思った。
――空は笑うだろうか、それとも見直すだろうか。
真っ先にそんな事が思い浮かび、海人は恥ずかしくなった。自分の恰好を意識し始めるときりがない。ネクタイが曲がってやしないか、襟は正しくしているか、シャツはだらしくなくなっていないか。いつも親に言われて面倒だと思っていた事を自然と考えるようになる。
もう、十分だろうと思った頃、ドアがノックされた。待ちくたびれた陽子だろうと思って、開けるとそこにはドレス姿の空が仁王立ちしていた。
「遅いー!」
「すみません、折角のプレゼントなんであんまりだらしない着こなしはよくないだろうと……」
だけど、せいぜい10分かそこらしか経っていない。何を空は急いでいるのか。彼女は海人のスーツ姿をまじまじと観察し感想を述べた。
「ふーん、思っていた以上に似合っているじゃない。様になってる」
「空さんのそのドレスには負けますよ」
さらっとそんな言葉が口から出、空は口を開けたまま硬直してしまった。
――あー、何を言っているんだ俺!
先程から思っていた事だが、自分の頭はどうかしてしまったんだろうか。他にも気障な台詞が幾つか浮かんだ。言わなかった。
「ふ、ふふふ、何を言ってるのよ、ふふふ。当たり前じゃない」
空は腹を抑えながら壁にもたれ掛っている。今にも吹き出しそう。吹き出したいならそうすりゃいいのにと、海人は顔を赤らめる。我慢されると余計に恥ずかしい。
「……それで、なんでそんなに急いでいたんですか?」
「ふふっ、あ、そうそう。2階の広い部屋でカラオケやるって。早く行こうよ」
「カラオケかー……」
実は海人、カラオケ等まだ行った事がない。家族で行く事が無かったし、まだ友達同士で行けるような場所でも無かったからだ。因みに沖浦家でも一度もやったことが無い。というよりも、そんな設備があるとは知らなかった。最近買ったのだろうか。
「点数で勝負しよ、負けたらアイス奢りね!」
「それ、どんな無理ゲーですか」
それで仮に彼女が負けたら、歌手としてやっていけなくなるのではなかろうか。それにても、カラオケである。空の話によればどうも、点数だとか、原曲の音程にどれだけ近いかも出るらしい。
――空さんに勝つのは論外だし、そもそも自分がどれだけ歌上手いか分からないからなぁ
中学の時の音楽の成績は五段階評価で4だったが、当てにはならない。あんなのは教師にどれだけ気に入られるか、傍から見て真面目そうに出来るかどうかで決まるものだと海人は思う。
「ほらほら行こ」
空に手を引かれるまま、海人は歩いた。あまり気乗りはしないが、彼女が元気を取り戻すならそれでいいかなと思った。
――まだ、悩んでいるよな。
笑顔の合間に時折見える考え込むような空の表情に、海人はさっきから気が付いていた。
――どうせ、1人で何かしようと思ったのがいけなかったんだ。きっと皆それで怒ってるんでしょ? 私が何かするのが気に喰わないんだ。
あの時の言葉が海人の脳裏から離れない。それは海人自身がかつて感じた事でもある。やりたい事は決して出来ないと、やってはいけないと言われて……。
――あぁ、そうか。
突然海人は自分が何故、フルートがやりたくなかったのかが分かった。いや、実はやりたくなかったわけじゃないのかもしれない。
やってはいけないと言われたその時から自分は諦めを付ける為に、意識的にも無意識的にもやりたい事を封じてきた。そんなものには最初から興味が無かったようにふるまった。そしていつの間にか、本当にやりたくなくなっていた。他にやりたい事も見つけられないまま無為な3年間が過ぎていった。
「空さん」
「ん?」
空は振り向いて、首を傾げた。
「こんなこと、また突然言ったら笑われるかもしれないですが」
「何、言いたい事があるならささっと言っちゃいなさいよ」
あぁ、そうか。なら言おう。
「あなたに会えて良かったです」
二度目のぽかん顔。しかし、今度は笑わなかった。困ったようなくすぐったがっているように、口をもごもごと動かす。
「たぶん、俺あなたに会っていなかったら、無気力なまま、大人になってた気がする。どんな事もすぐに諦めるような、そんなつまらない人生を送ってたと思うんです。だけど、あなたに会えたから」
感謝の気持ちを精一杯込めたつもりの海人だったが、空は何故かがくりと肩を落とした。
「えっと、そんなこと?」
「そ、そんなことって? どんなことです? あれ、俺なんか変な事言った?」
空は、ハアっと大袈裟に溜息をついて手を放した。腰の後ろで手を結んで、くるっと振り返る。
「別に。でも、それなら私の方こそありがとう、よ。海人君があの時、励ましてくれなかったら……1人だったら今頃、自分のしたい事を諦めてた」
なんだか、若干投槍な言い方だったが、空は晴れやかな笑顔を浮かべていた。ぐいっと顔を近づけて、空が訊ねてくる。
「ね、私の歌って海人君には、どんな風に聞こえているの?」
「え……そうだな」
海人は考えた。今度は失敗しないぞと思いつつ、「初めて聞いた時に感じたことなんですけどね」と前置きをし、海人はあの時の気持ちを告げた。
「空さんの歌で頭が一杯になったんです。まるで心に直接呼びかけ、囁きかけてくるような優しさを感じました」
今まで抑圧してきた感情を解き放つ程の魅力があった。海人の人生を大きく変えてしまう程の奇跡が彼女の歌にはあった。それは単なる歌だけの力ではない。彼女自身の心の強さが歌に乗り移り、相手の心へと呼びかけたのだと海人は思っている。
「ふふふ、やっぱり気障ねー」
「え、そうですか?」
手で口を押えて含むように笑う空に、海人はおどけてみせる。本人になんと言われようとも、今言った事に嘘偽りはない。
――いつか、その歌と重なり合うような音楽を奏でてみたい
どれ程時間が掛かろうとも、いつか辿りついてみせよう。そんな決意が海人の中にある。だが、まずは――。
「カラオケ。海人君は歌うのは得意なわけ?」
「得意かどうかは、これから自己判断しますよ」
――歌ってみることから始めよう。




