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青空に歌えば  作者: 瞬々
17/34

17番

 沖浦家。それは海人にとっては叔母に当たる人の家族だ。叔母の陽子は服のデザイナー関係の仕事をしていて、その娘――海人にとっては従姉――の弥生は、は今年高校2年になり、美術部に所属している。因みに陽子の夫――海人にとっての叔父――は新聞社に勤めていて、小説を出した事もある。家族全員が、なんらかの芸術に秀でているというのが沖浦家の一種の特徴と言える。


 これだけ聞けば、いかにも凄い家族のようだが、家族は揃いも揃って変人ばかりであることを海人は知っている。


 空をタクシーに乗せた時は、これが一番の手だと思ったし、空の度胸であれば何とかなるだろうみたいな感覚があったのだが、今は少し不安だった。


 自然、何度も何度も携帯電話へと手が伸びる。空からのメールなり通話なりが入っていないかと、確かめてしまう。しかし一件も入っていなかった。


――便りがないのは、なんやかんやとは言うけどもさ


 道路は思っていた以上に混んでおり、かなり時間が掛かってしまった。ようやく沖浦家の近くのバス停に辿りつき、バスを降りる頃には雨もすっかり止んでいた。


 降りた場所の近くの住宅街にある家やマンションはどれもこれも、小奇麗で、壁や屋根は色彩に富んでいて洒落ている。マンションは雨を受けて銀色に輝いており、時折鳴る雷が窓を照らす。


 ここらへんは高級で、金持ちが多く、一軒一軒がとんでもなく高い値段だという事を、母が口にしていたのを海人は思い出す。

 人というのはお金が余分にあると、変な事に使ってしまいがちなものだ。周りにある家も注意して見てみると、庭に小さなプールがあったり、池があったり、庭にブランコや滑り台等の遊具が置いてあったりするのを発見できる。正直なところ、金を出してまで設置が必要かどうかは、疑問だと海人は思う。


――まぁ、沖浦家は“それ以上”だけどさ


 そうして、海人は沖浦家の前で足を止めた。一度見たら忘れられそうにない、他と明らかに違う家等と言うのもそうそうないだろう。


 奇妙としか形容できない。家というよりも別荘だとか宿舎だとか、或いは何かの施設ですと言った方がしっくりくる。


 まず目に付くのは広い一階部分。実はこの一階部分だけでも、3人家族で住むには十分過ぎる程のスペースだという。だが、それよりも注目すべき点は、1階の建物の3分の1程のスペース、海人から見て右手の奥の方にある、そこの屋根から半円のドームが飛び出していた。


 それとは別に2階、3階と長方形の階があるのだが、2階の部分とそのドームは、空港とかで見かける飛行機に乗り込む時に使う昇降口に、ついているような通路で繋がっていた。


 たとえ空がここについたとして、これを家と識別できただろうか。何かの娯楽施設についたと勘違いして、入らなかったりした可能性も十分にありうる。せめて、外見の奇妙さだけでも伝えておけば良かったか。


 先に携帯に連絡を入れるべきか、家に入るかで迷った挙句、家に入ることにした。これだけ奇妙な家でも表札だけはちゃんと門についている。


 チャイムを押すと、やたらと壮大な鐘の音が響き渡った。この演出が単に「お客さんが驚く顔みたいから」という悪戯心からだというのだから、呆れるというか驚きというか。


『はいはーい、どなたさん? 取材ならお断りですよ』


「とうとう、俺の顔を忘れたのか、弥生」


 インターフォンにはカメラがついているので、向こう側に見えている筈だ。恐らくは超呆れ顔になっている海人が。


『あ、海人でしたか。突然、どうしたの、海人』


「いや、ちょっとな」


 酷い虚脱感を覚えながら、答える。空は来なかったのだろうか。やはり迷ったか間違えたか……いや、もしかしたら、途中で進路を変更した可能性もある。


 ――まぁ、俺じゃ頼りないよなぁ。


 勢いのままにここへ来るようにと言ってしまったが、別に連中から逃げるのにここじゃなくてはいけなかったわけではない。空の家に帰す手もあった。ただ、空の家だと、マスコミ連中が待ち構えているのではないかと、余計な事を考えてしまったのだ。


――自惚れだよなぁ。結局あの3人組はマスコミの手の者なんかじゃなかったし


『うーん、なんかワケありですか? 入る?』


「弥生にしては、勘が鋭いな。うん、まぁ、入るよ」


 空がいなければ、入る意味等殆どないのだが、海人は疲れていた。それに頭を少し冷やさないといけない。入って休んで、それから空と連絡を取ろうと海人は門を開け、玄関へと入る。


 そこに沖浦弥生がいた。ツインテールの髪、小さな顔に眦の上がったどこか猫を思わせるような瞳、背は低いのに、足がやたらとすらっとしている少女だ。


 可愛いと言っていい容貌なのだが、海人にとっては年の近い姉のような存在で、恋慕のような心情を抱いたことはない。


「や、いらっしゃい。久しぶりだよね」


「あぁ、そうだな。でも、特に用はないんだ。すぐ出ていくから」


 玄関がこれまた広く、靴入れは、1人1人個別に入れるようになっている。空の靴もここのどこかに入っていたりしないかと、一瞬海人は考える。


「どうしたの? 靴入れがそんなに気になる? 誰か来る予定だったとか」


「本当に今日は勘が働くな」


「えっへん、女の勘だぞ」


 世の男が見たら、さぞ悶えるのだろうが、海人は単に恥ずかしくなっただけだ。心情としては、自分の母が可愛い子ぶるのと同じ位、恥ずかしい。


「もう、帰ろうかな」


「あぁ、待ってよ! 今日は見せたいものがあるの」


 またかと、海人は腕を引っ張ってくる従姉を見る。いつもこう言っては、自分の描いた絵やデザインした小物を見せてくるのだ。


 それが中々上手い事もあって、最初は感心しながら見ていたものだが、最近はちょっと、いや結構嫌だ。彼女だけならまだしも、叔母の陽子や挙句には叔父までもが、同じように自分の作品を見せ、講評を求めてくることもある。


「今度のは本当にすごいんだから」


 毎回そう言うので、狼少年よろしく真実味が無くなるというか、新鮮さに欠ける。ここらで、ちゃんと言い聞かせる必要があるなと、自分よりも年上の従姉に海人は言った。


「あのね、海人さんは忙しいんだ。味気ない美術鑑賞してる暇は――」


 言いかけて、海人は声を詰まらせた。右手の廊下の方から現れた“彼女”に視線が釘付けになる。


 彼女が着ているのは、青と白の色を基調としたドレスなのだが、淑女の為に仕立てられたというより、男性用の貴族服を女性用に仕立て直した印象がある。


 胸元は開き、ドレスと同じ青色の飾りベルトがその上を締めており、肌と衣それぞれの色合いが組み合わさった美しさ。下はスカート、しかし、ふわりとした可憐さではなく、マントのように広がった、凛とした気品さがある。真っ白なドレスグローブは翼のようにふわりと宙に舞い、その美しさを確固たるものにしていた。


 だが、勿論それを着こなしている、彼女もまた素晴らしい。栗色のふわっとした髪は、2房、くるっとカール掛かって、顔の左右両側、横に垂らされ、残りの髪は乱れないよう銀色の鳥の形をした髪留めが頭に留められている。


 彼女はゆっくりと微笑んでその魅力を振り撒いた。



「空さん」


「あら、間違わないのね」


 空は手を軽く握って、口を押えクスクスと笑った。それから意地悪そうに顔を歪めて問う。


「誰が味気ないって?」


「いやぁ、それはこいつの事であって……」


 と、弥生を指差す。大変失礼である。


「その味気ない彼女が着つけしてくれたんだけど、私は味気ない?」


いやぁ、そういう事じゃなくて、と海人は誰か助け舟出してくれないかと見回す。全員敵に回してしまったので、そんな事をしてくれる人もいない。


 ぐぐっと海人は拳を握った後、弥生の前で頭を下げた。


「スミマセンデシタ」


「ふん、謝れば済むって問題じゃぁないのよ。それは心からの謝罪か、それとも私達を黙らせる為の謝罪か?」


 すると、面倒くせぇ……と思った時点で駄目なんだろうなと海人はだらだらと冷や汗を出す。しかし、視線はしっかりとドレス姿の空に釘付けにされていた。


「ハハハ、災難だなぁ、海人君」


 エコーの掛かった声がどこからともなく響き渡り、海人はびくりと肩を震わせた。


「えっと……叔父さん?」


 海人は呼びかけるが、声の主はどこにもいなかった。スピーカーが天井に取り付けられており、声はそこから聞こえる。


 ――まぁた、変な装置を家に取りつけたのかよ、この人は。


 呆れを通り越して、感心すら覚える。


「あなたの親戚ってとても面白いのね」


「面白いのは叔母さん叔父さんそれに従姉だけですよ」


 ――面白いというか、変人というか。


「……大丈夫だった?」


 藪から棒にそんな事を聞かれ、海人は何の事かと一瞬考え、あの3人組の事に思い至る。


「大丈夫ですよ。お互い話し合いで済ましました」


「拳の?」


「いえ、言葉の」


 言い方が悪かったのか、あの状況が悪かったのかは分からないが、空はあまり海人の言葉を信じていないようだった。畏怖の念でも抱かれていたら嫌だなと、海人は困った顔をした。助け舟を出したのは弥生だ。


「海人は強いけど、むやみやたらと暴力を振るうような輩じゃないよー」


「え、強いの?」


 前言撤回。ちっとも助けになっていない。「強い」という単語をそもそも出しちゃいけないのに。


「強いよー、空手とか素手の武道を小学校の頃色々やってたもんね」


「それは黒歴史だから言わないでくれ」


 強くなりたくてやった武道。結局、それが役立つ機会が日常には訪れなかった。あるとすれば、父親との喧嘩くらいか。それも一度か二度あるかないか。


「だけど、わ、わたしも強いよ!」


 何故か、空が対抗するように言った。うーん、強いって声量とか? 音波兵器みたいに敵を倒すのだろうか。


「チャンバラやってたからね!」


「あー、そうですか」


 適当に受け流しておくと、廊下の方から叔父と叔母が現れて、出迎えてくれた。叔父――直人は真っ黒なシャツに真っ黒なサングラス、そして真っ黒な髭を生やしたダンディな男で、叔母――陽子の方は清楚な黒髪ロングの女性で、青と白の春物ワンピースを着ていた。

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