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青空に歌えば  作者: 瞬々
15/34

15番

 2人が向かったのは、あの楽器店だった。空がメールを送り、そこに来るようにと尾田に指示してある。彼が来るまでの間、2人はあのお爺さん店員に、先程の出来事の経過を報告しようと店に入る。


「おや、今日はよく会うねー」


 お爺さん店員はにこにことしてそんな事を言った。空はフルートを一瞥して聞く。


「ねー、ねー? フルートが値下がりしてたりする?」


「ないね。後、数年はないんじゃないかな」


 それを聞いてがっくりと肩を落とす空。まだ諦めてなかったらしい。


「あぁ、それで? さっきの娘はどうなったかな? やはり失敗?」


「いいえ、上手くいったわ。向こうの親御さんともなんとか、ね。お昼ごちそうになちゃった!」


 そう燥ぐ空の後ろで、海人はなんとも微妙な顔で佇む。それを目聡く見つけたのが、お爺さん店員だ。


「どうした? 恋で悩むなんて」


「あの、断定しないでくださいよ」


 しかも、当たらずとも遠からずといった具合なのが、怖い。実はどこからか監視しているんじゃないか、この人と、海人は訝しむ。


「ふふん、彼は迷っているのよ」


「何にですか……」


 空のまたしても意味深な言葉に、海人は脱力する。迷っているとすれば、恵美が自分を好きだということだが、もしかして海人はそれに対する返事に迷っているのだろうかと自問する。


「まぁ、男ってのは基本的に鈍感だからね。はっきり言ってくれないと分からん事もあるんじゃよ。ほら、空さんから聞いてやればいいのさ」


 おい、こら、何もかもわかった口を利くな、どうせ出鱈目言っているのだろうと、海人はツッコミを入れようと、ふと空を見る。


「そ、それは……うーん、納得いかん」


――え、あれ? お爺さんの言ってたことは何だか分からんけど図星? 聞くって、恵美さんの事をどう思っているか? 


 恵美に対してお節介だったのは、さっきもそうだが、ならば本人に言わせるよう仕向けるべきではないの、か? それともあれとこれとは別問題?……等と海人の頭は混乱の余り、処理能力を超える。


――いや、それはそれで俺の心の準備が整わないし……大体、俺は


 と、突然、その思考が切れた。


 爆発するような音と共に開いたドアと、店に飛び込んで来たのはあの少年だった。


「空ちゃん!!」


「え、尾田君? どうしたの!?」


 まさか、マスコミ!? だとすれば非常にまずい。この狭い店の中では逃げ場もないのだから。とにかく、空だけでもと海人は素早く頭を動かして、どこか隠れる場所はないかと考える。Staff onlyとかかれた扉が目につく。


「いや、逃げる必要はないよ、お前……えーと?」


 尾田が海人の視線に気が付いてか、そう聞いた。つまり、追われてきたわけじゃないのかと、海人はひとまず安堵する。


「俺は長倉海人だよ……あぁ、よかった」


 心からそう言って空を見ると、空は頬を膨らまして視線を逸らした。あら、まだ怒っていらっしゃる。


「俺は尾田元、ヨロシク……て、よかぁねえよ! これ、見ろ!!」


 渡されたのは週刊誌だった。そこに大々的に映し出された写真を見て、海人は息を呑んだ。


「あ……これって?!」


 それは見覚えのある光景……というよりも、傍から見たらこんな光景だったのかという感想が出る場面だった。そこには空が映っていて、誰かの腕を掴んで引っ張り上げている所だった。その誰かさんは体が半分しか映っておらず、顔も見えない。そこが唯一の救いかと、海人は思ったが、それはいくらなんでも無責任すぎるだろう。その上に大きな文字で書かれているのはこうだ。


『ファンを裏切った?! 彼女の空模様はファン時々男』


 その下に書かれている記事は、空が歌手を辞めた事の経緯、喫茶店で歌った事、そしてどこの誰ともわからない男を誘惑したという事が書かれていた。


『ファンを裏切った?! 彼女の空模様はファン時々男』


『蒼野空(15)が歌手としてデビューしたのは、彼女が12才の頃、中学に入って間もない時のことであった。大手の芸能プロダクション“アイドルコレクション”にスカウトされデビュー。歌番組でその優しげな美声でもって観客を虜にし、ドラマの主題歌を任されたり、大活躍だった。


 ところが、その栄光も僅か3年しか続かなかった。彼女は今年3月、突如として“アイドルコレクション”を辞めると宣言。その理由を彼女ははっきりと告げてはいないが、我々が得た確かな情報筋によれば、彼女は“アイドルコレクション”のアイドル歌手精鋭で今年結成されるグループ“AアイドルCコレクションSスターズ”メンバーの1人として白羽の矢が立てられていたとのこと。しかし、彼女はA・C・Sには入らず、「1人で歌いたい」と駄々をこねプロデューサーと争い、最終的に癇癪を起して、勢いのままに辞めたとのこと。


 しかし、真相はどうか。その手掛かりとなるのが上記の写真であろう。この写真は昨日の朝、白鳥市にある喫茶店で撮られた物である。この店の人にインタビューしたところ、彼女はこの店の客寄せ歌手として、働いていたという。だが、実際はどうだろう?


 この写真を見れば一目瞭然。


 実際にこの場面を目撃した人の話によれば、蒼野空は、そこらへんに座っていた少年を捕まえて無理やり立たせ、何やら耳元に囁きかけたという。少年は突然の事に驚いて、「ないです」と答えたそうだ。何が「ないです」なのだろう? 実に興味深いが、明らかな事は1つ。蒼野空が、男たらしの裏切り者であるということだ。アイドル歌手は1人の男に執着してはならない。多くのファンに尽くしてこそであると、彼女の多くのファンが感じたに違いない。だが、彼女は1人或いは自分の欲情のままに男に言い寄っているのだ。


 我々週刊びっくうぇーぶは、今後も彼女に注目していきたいと考えている』


 性質の悪いゴシップ記事。そう言う他にない。元々、歌手だのアイドルだのに興味が無かった海人はこうしたバッシング記事やらテレビの番組等にも縁が無かったのだが、こうして見ると酷い言われようだと思う。それに単なる批判とも違う。――執着してはならない。まるで法律か、何かでそう決められているかのような書きぶり、そしてそれを常識として読者へと共有させようとする書き方。読み返せば読み返す程に腹が立ってくる記事だ。


 しかし、同時に不安感もある。果たして、彼女のファンの何人がこの記事に同調するのだろう? と。何人のファンが離れていくだろう。それは間違いなんですと1人1人の考えを正す事など不可能だ。この記事は小さな波紋となって、徐々に広がっていくに違いない。


「まったくもって品の無いというか、所々文章がおかしいし、他に追う記事が無いところ見ると、相当の能無しで暇なのね、こいつら。しかも記事には事実が殆どないじゃない。癇癪を起したのは向こうよ。まるで私が起こしたみたいに書かないでよね。何が確かな情報筋よ。そこらへんのネット掲示板の匿名さんとか、かしらね?」


マシンガンのように矢継早に言葉を写真にぶつけ、空はその雑誌を床に叩きつけた。その上から靴で思いっきり踏みつけ、潰す。


「あぁ、そこさっき掃除機掛けたとこな……なんでもないです」


 愚痴を溢そうとしたお爺さん店員だが、空に睨まれて静かになってしまう。哀れ、とばっちりだ。だが、お爺さんには悪いが、今は空を慰めたい。息も荒げな空に、海人は言った。


「こんなこと、書かれる謂れはないですよ。空さんはもう辞めたんだ。そこから何をするかなんて、勝手な筈なのに」


 しかし、代わりに答えたのは尾田だった。


「でも、もう書かれてしまったんだぞ? いくら訴えようが、あいつらが止まる筈はない」


「だからって、このままにしていいのかよ? 空さんが何したって言うんだよ!」


「そんな理屈が、通ると――」


 机を平手で叩く鋭い音が、2人の言い争いを呑み込んだ。海人と尾田の2人はびくっと肩を震わせて、空を見た。彼女は無表情に2人を交互に見つめる。それが酷く恐ろしいものに思えて顔から血の気が引いてしまう。まるで人形のよう、否人形の方がまだ何かしらの表情を持っているだろうにと思える程だ。


「2人して何を騒いでるの? 私は、何書き立てられようが平気よ」


「……えっと、雑誌床に叩きつけてなかったかの?」


 爺さん、静かにしてくれ。空気読めと、海人と尾田は無言で突っ込む。しかし、空はまるでその言葉が無かったかのように続ける。


「弁明してくれとか、同情してくれとか、私頼んだ覚えないからね。いい?」


 海人と尾田は返事が出来なかった。空はそんな2人の反応を直視出来なくなって、目を逸らしてしまう。無の表情は10秒も保てなかった。あらゆる感情が押し寄せて空の顔はくしゃくしゃに歪む。


「悪いけど、今は放っておいて」


 そう言い残して、空は早足に店を飛び出して行った。


 朝見かけた光景と思わず重なる。だが、あの時出て行ったのは恵美であり、空と海人はそれを追いかける側だった。今は……。


「おい、やめておけよ」


 後を追って出ようとした海人に、尾田は棘のある口調で言った。彼は後を追う気がないらしい。それが正しいのだと、彼は信じている。彼女が言う通り、1人にさせるのが。だが、海人は違った。


「1人になれば、解決するのか? 1人になれば、気持ちが落ち着くのか? 違うだろ」


 そして、彼は店を出た。「お節介野郎」という言葉と「あ、さっきの衝撃で、クラリネットがぁあ!!」という叫びを背中に受けつつ、海人は空の後を追う。

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