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青空に歌えば  作者: 瞬々
14/34

14番

 海人と空は、栗原家のゲストとして、一緒に食卓を囲んだ。出て来たのはパスタだ。ソースを1から作り上げたという、かなり気合の入ったもので、食べてみるとこれが、とても美味しい。単に、レストランのように“典型的な”美味しさがあるのとも違う。ソースの中にある野菜は、食べる者の健康を考えた母の味、ソースの絶妙な味わいは、何気ない心遣いを含めた父の味。


 この味はレストランでは無理だろうと、海人は思う。あの、喫茶店の食事もかなり美味しかったが……。


「もう、音を立てないで食べてよね」


 隣で空がそんな文句。海人はうぐっと絶え間なく動かしていた手を止める。


 あの楽器店では、散々その粗暴ぶりを見せていた空だというのに、今はどうしたわけか器用にフォークとスプーンでパスタの麺を一口サイズに絡め、口の中に持っていっている。


「いや、すみません」


 ラーメンやうどんと違って、パスタは音立てちゃいけないんだよなぁと海人は、周りを見やる。誰も音を立てない。そりゃ、当然だ。


「で、結局3人でやることにするわけですか?」


「うーん、そこらへんはもっと、ちゃんと考えないとね。後、1人2人メンバーが欲しいところ。ピアノかアコーディオンギター、後ドラムとか。まぁ、そこらへんは問題ないわ。尾田君が知り合いを紹介してくれるようだし、尾田君自身が入るかもしれないからね。あの子、最近ピアノ始めたとか言ってたし」


 あの眼鏡の少年かと、海人はあの店での出来事を思い出す。見た所、空に振り回される苦労人という感じがした。


 今日彼女がやったような事に、毎日付き合わされているのだろうかと思うと、まだ話した事のない少年に対して同情が湧くようなそうでないような。


 ――実際、一緒に行動していると、疲れるのさえ忘れてしまうんだよな。


 あの少年がどのようにして、空と知り合うようになったのかは、興味がある。一緒にいるとどんな気持ちになるのか、語り合ってみたい気も。


「ちょっと聞いてる?」


「あ、あぁ、はい。聞いてます」


 そんなやり取りを見て、ふと恵美母が聞いた。


「そういえば、ずっと気になっていたのだけど、3人ともどうして楽器店に集まっていたのかしら?」


「あぁ、それはですね……どこから話しましょうか?」


 初めて空と会った時の話から始まり、海人自身の苦い思い出をなんやかんやと話し、今日までの事を説明した。あぁ、成程と恵美母と恵美父はそれを長々と聞いて納得する。説明し終える頃には皿はすっかり空になっていた。


「で、結局フルートはどうするの? お金足りなかったんでしょう?」


「そこが問題なんです……諭吉と英世……」


 恨めしそうに言っても2人とも故人だ。それに、彼女に送ってもらうわけにはいかない。グループ結成祝いだとしても、高すぎると思う。


「そんなに欲しいなら、私達が……」


「い、いえ。大丈夫です。空さんも、そんな事する必要はないですから」


 見かねて出資を申し出る恵美母を、海人はどうにか止める。空と恵美母は2人とも不服そうな顔をしている。空はともかく、恵美母がここまで乗り気になってしまったのはどういうことだろうと、海人は思う。横で恵美父は困った顔をしている。


 彼を気遣ってというわけではないが、これは海人自身が解決しなくてはいけない事なのだ。


「父と母に相談します。幸い、今は2人とも俺がフルートをすることには賛成のようですし」


 2人はポカンと口を開けている。あれ、変な事を言ったかなと海人が思っていると、その顔がみるみる内に不機嫌に歪んでいく。


「ちょっと、それ聞いてないわよ!」


「全く、親御さんが反対しているだろうと思ったから、手を貸してやろうとしたのに」


 あー、そういうことなのかと、海人は体を引きながら苦笑する。マイナスの部分を強調しすぎたせいで、2人には、海人の両親が未だ反対していると思われたのだろう。海人が始めたいと思わない理由が両親にあるのだと。


 だが、実際には海人自身の問題なのだ。


「今更、またやりたいって言ったら喧嘩になるかもしれませんけどね……、でも粘ってみますよ」


「そういうこと、ならいいけど……」


 空は未だ、ちゃんと納得できていないように、口のなかで、なんやかんやごにょごにょ言っている。彼女の事だ。親を説得する為にフルートはもう買ってしまったぞとか言うつもりだったのだろう。お金が足りなくて助かったと、思う気持ちと申し訳ないなという気持ちの両方がある。


 ――そこまで気を遣わせてたなんてな。


 だけど、それを言い出した所で彼女は「私のためよ」とか嘯くことだろう。それを想像して海人は1人で笑う。


 空と恵美が不審そうな顔で見てきたが、この妄想は自分の頭の中だけにしまっておくことにした。


 空と海人の2人は皿を片づけるのと洗うのを手伝った後、栗原家をお暇することにした。恵美とその両親は玄関まで見送って来てくれた。


「じゃあね、空さん、海人君」


「今後の予定はメールで送るわ。メンバーになりそうな人に心当たりがあったら、知らせて」


「うん、わかりました。待ってるね」


 それから恵美は海人を見て、何故か顔を赤らめて言った。


「今日はありがとうね、海人君」


「え? あぁ、それなら空さんだって、痛ぇええ!」


 言った瞬間、空に思いっきり足を踏まれた。女の子に踏まれて喜ぶ性癖等持ち合わせてはいないので、思いっきり叫ぶ。踵は痛いよ。


「そういうお礼の言葉は素直に受け取るべきよ。鈍ね」


「口で言ってくださいよ……鈍?」


 ドン(首領)ではないだろう。そんなものになった覚えはないし。つまり、鈍感ということ。


――確かに人の気持ちには敏感な方ではないけどさ、足を踏まれるほどの事だったのか?


 ひりひりする足を労りつつ、海人は疑問に思う。疑問に思っている時点でやはりわかってはいないのだが。


「鈍感ってことですか? 俺が?」


「ふん、なに? もしかして、本気で言ってる? 照れ隠しとかですらなく?」


 しかし、当の本人は慌てた様子で、手を振っている。気にしてませんよというように。


「べべべ別に、そんな気にする事じゃないよ! やだなぁ、空さん」


 ふんと空は何故か不満そう。何がなんだか分からず、どっちに謝ればいいのか分からず海人はあたふたとなってしまう。恵美母と父はそんなやり取りを苦笑しながら眺めている。しかし、決して助け舟は出さない。


「青春ねー」


「そうだねー」


 ――くそう、皆して。


「じゃ、じゃあね2人とも! あ、ほら、お母さん、お父さん!! 家に入って!」


わけのわからないままに恵美親子は家へと引っ込んでいった。海人はぽかんとしたまま、今起きた事について考えていると、隣で恵美が咳払いした。思わず肩が震える。


「な、なんだったんでしょうね……」


「あらぁ、わかんないですかー?」


 え、何故に敬語と海人が横を見ると、空は澄ました顔ですたすたと歩いて行ってしまう。慌てて、海人はその後を追う。口を利いて貰えないのではないかと、海人は思ったが空はすぐにいつもの調子を取り戻して言った。


「尾田君に会いにいこうか。彼の事、放りぱなしにしちゃったし。あれからマスコミ共はどうなったのかも気になるし」


 しかし、なんだか雰囲気が変わった。そんな気がしてならない。まさかとは思うがさっきのやり取りの事で怒っているのだろうか。


――鈍感、ね


 少年少女の間で使われる場合、それは十中八九恋愛の類の話だ。海人にとって、とてもそれは信じられる話ではないが、恵美が海人の事を好きになった?


 ――いやいやいや、勘違いでしょ。


 こういう勘違いが、バレると痛いんだよなぁと海人は、自分を戒めつつ。


「もしかして、空さんは恵美さんが、俺の事好きなんじゃないかと予想しているんですか?」


 空はくるっと振り向いた。むっと怒ったような表情で。


「どうかしらねー。だったら、どうだと言うの?」


 ――どうだって……そりゃあ嬉しいような。だけど、俺はその……。


 心の中だというのに、言葉が出てこない。思いつかない。空の問い詰めるような顔を見ていられない。


「ふん、だらしない。さっきのあの大胆さはどこへ飛んで行ったのかしら」


 先程の大胆さと今の状況と何が関係するのか海人には分からなかったが、心臓に突き刺さるような言葉だった。失望されている。


「あ……すみません」


 挙句の果てには謝るしかない。海人は情けない気持ちで頭を抱えた。


「ま、いいのよ。答えが分かったら、いつでもいいから、言ってよね」


 ――な、なに? その意味深な言葉は? 答え?


 しかし、それから空は一言も何も言わず、海人もそれ以上聞く機会を逸してしまった。

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