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青空に歌えば  作者: 瞬々
12/34

12番

「私は子どもの頃は、いつも放っておかれていた。姉が優秀過ぎたせいよ。親は姉にばかりかまって、私には見向きもしなかった。だから必要な事は全部、自分でやった。その結果、失敗した事も多かったわね。むしろ失敗しかなかったというべきか。……で、自分の娘にはそんな失敗して欲しくないと思って、面倒を見すぎたという事か」


「あ……そう、なの?」


 恵美が驚いたように呟く。多分初めて聞いた話なのだろう。いや、待て自分達にまで聞かせていい話だったのか?! 海人は心配になったが、恵美母が睨んできて言った。


「これ、今の口外したら、問答無用であなた達のバンドを、問答無用でぶっ潰すからね」


「はぃい!」


 2回も繰り返して言われて、思わず海人は即答したが、空はまるで動じて無かった。


「そんなこと口外しても、誰も面白がりませんよ。あ、勿論言いませんよ。絶対に」


 よろしいとばかりに、鷹揚に頷く恵美母。それから恵美に向き直る。


「正直言って、あなたの事をここまで気にかけて飛び込んでくるような友達がいるなんて、驚きだわ。警備会社呼ぶってはったり掛けても微動だにしない友達なんて、そうそういるもんじゃないわよ」


「え!?」


 恵美が驚いたように小さく叫ぶ。あ、つまり嘘だったんですね。警備会社がすっ飛んでくるって。


 大体来るのに10分も掛けるってちょっと長くないかとか、思っていたところだったと、海人は密かに胸を撫で下ろす。やっぱり、通報されるのは怖い。


「あなたが本当はどんな気持ちでいるのかっていつも考えていたのよ。そのせいで眠れなかった日もある。だからね、ここらで一度ちゃんと聞くわ。今すぐここで、あなたは何がしたいのか言ってみなさい。口ごもったり、『でも』とか曖昧な言葉は使わない事」


 あくまでも厳しく、しかしどう話せばいいのか指針まで示して見せる。恵美はその言葉に勇気を貰ったように、しかし迷うように、空と海人の方へと顔を向ける。


 空が笑い、海人が頷く。恵美は再び、母と父に顔を戻した。恵美母がふと、恵美父に問う。


「で、さっきは黙らせてしまったけど、何か言いたいならば言ってもいいのよ?」


「い、いや。私はそうだな。言いたい事ならある。だが、恵美が先だ」


 なんだか、一番情けないのは恵美父じゃなかろうかと、海人は思ったが決して何も考えていない筈はない。恵美が反抗する様子を見てのあの口ぶりといい、侵入してきた海人や空に対して見せた含みのある表情。そもそも海人達を試そうとしたのは、その作戦を考えたのはどちらなのだろう。


「うん、わかった。私がしたい事を話すよ」


 恵美が皆を見回して告げる。すっとまるで歌うように。


「私は空さんと一緒に歌を紡ぎたい。お母さんが習わせてくれたヴァイオリンで、空さんと一緒の音楽を奏でるのが中学に入った時からの夢だったから」


「……ヴァイオリンね。小学生の時に始めた。あの時は、あんまり好きじゃないみたいに思えたけど、違うの?」


「ヴァイオリンは好き。だけど、他の人と競争するのは……嫌いだった」


 恵美がすまなそうに付け加えると、恵美母はいいのよ、というように手を振る。恵美は俯き、それから空を見た。


「空さん、私のヴァイオリンで歌ってくれる?」


 空は心の底から喜んで、それを受け取った。


「私の歌でヴァイオリン弾きたい。そんな事言ってくれる人の頼みを断れると思う?」


 恵美は嬉しさの余り、空の首に飛びついた。空は、彼女にしては珍しく不意を突かれたようで、よろめいたが、しっかりと抱きとめ、泣き出しそうになる恵美の頭をよしよしと撫でる。


「まったく、泣かないで話せと……は言ってないか。泣くんじゃないの。あなたの気持ちは分かったから」


 恵美母はそう言って、肩の力を抜いた。自然、表情も幾分か和らぐ。先程は気付かなかったが、なんだかとても疲れているようにも見える。


「本音を聞けて良かったわ。それにひとつ。ヴァイオリンを習わせたのは決して間違いではなかった事も分かったしね。……あれは一番の失敗だったんじゃないかって思ってたのよ。親の勝手な押し付けなんじゃないかって」


「そ、そうだったの?」


 空の胸から顔を上げ、再び驚いた顔になる恵美。その表情には後悔も混じっているように海人には見えた。こちらに不安そうな視線を向けて来たので、苦笑で答えておく。


 ――さっき聞いた事は話さないよ


 誰だって親の悪口くらい言うさ。それが的を射ているか、外れているかなんて考えもせずに言ってしまうものだ。


「やると決めたからにはしっかりとプライドを持ってやりなさい。じゃないと許さないわよ。……それと、これからも色々口出しはするわよ。なんていったて、まだあなたは子どもだしね」


 恵美母はあくまでも厳しい態度を崩さないままに言う。


「だけど、口を出されようが、何を言われようが、最終的にはあなたが判断なさい……まぁ、余程人の道を外れない限りは応援するわよ」


 最後にボソっと付け加えた言葉も含めて恵美は、しっかりと聞いていた。そして、今度は母の方に抱き着く。恵美母は困ったような嬉しいような、見ていてこちらが面映ゆくなる顔でその抱擁を受け入れていた。


「はいはい、泣かない。もうすぐ高校生でしょうが」


「う、うん」


 なんとか、一件落着かなと、海人が空を見る。彼女は微笑んで……そのまま、海人の方へと崩れ落ちる。


「そ、空さん!?」


 反射的に抱き留めると、その体は思っていた以上に柔らかく、腕の力を少しでも強めたら消えてしまうのではないかと思う程に儚く感じられた。空は海人の腕の中で小刻みに震えながら何かを呟いた。


「……かと」


「な、なんですか?!」


 栗原一家も異常に気が付いてか、駆け寄る。


 ――どうしよう、何か病気持ちとかだったら!?


「逃げ出すんじゃないかと、心配だったよ~二人とも……」


「へ?」


 間抜けな声が思わず出る。海人を支えにして立ち上がると、空はぜはぜはと、深呼吸の早回しバージョンみたいに息を吸ったり吐いたりして、自分を落ち着かせて言う。


「いや、恵美ちゃんがあのまま、何も言わずに逃げ出したり、海人が怖気づいて、逃げたり、その両方が起きたら私はどうしたらいいんだろうと、不安で仕方なかったのよ。何か、悪い?」


 むしろどこか悪い所があるのかと思いました。えっと、じゃあ念のために聞いておこう。


「その、どこか体に悪い所があるわけじゃないんです、ね?」


「小学生一年の時の通信簿で、体を落ち着かせるのが苦手な子だって書かれた。」


 あぁ、そうなんだ……て、そうじゃない。


「なら、よかった……」


「良くないわよ! そのせいで次の学年では席を勝手に教卓の前に固定されるわ、やたらと優しげに担任に語りかけられるわで、小学校時代は地獄だったのよ!!」


「それはご愁傷様です……」


 へたへたと、脱力。そして、自分の想像力には笑わされる。一件落着したその瞬間、ヒロインが倒れる、そのヒロインは生まれつき持病持ちで……なんの昼ドラだよと。


「やれやれ、吃驚させないでよね……あぁ、そうだ。お昼はそちらさんはまだなんでしょう? うちで食べていきなさいよ」


「はいはい! 食べます!!」


 海人の隣で叫ぶ空。流石、歌手、鼓膜が破れるのではと思う程の声量。持病だのなんやかんやは持っていそうにない。恵美母は呆れ顔で何故か、海人の方へ向き直った。


「ホント、元気ね。あなたの彼女」


「……、ハ!? いや、違いますよ!」


 たっぷりと3秒考えてから、海人は驚きと否定を同時に示すという器用な事をしてみせる。全くもって、なんで、皆こちらの心臓の強度を試すような事ばかり言ったりやったりするんだよと、海人は思うのであった。


「あら、違う? あぁ、もしかして本命は恵美の方?」


「何ぃ!?」


 叫んだのは海人ではなく、恵美父。海人はというと、脳の処理能力が限界を超えて、考えるのを止めてしまっていた。


――ホン……メイ?


 駄目だ、こりゃ。空は目を細めてその成り行きを生温かく見守る。さっきまで娘を巡って(変な意味ではない)争っていたというに、仲のいいことだと。


 恵美はというと、そのやり取りがくだらない冗談だと思っているようで、相手にはしなかった。


「空さん、今ヴァイオリン持ってきます。その、私、空さんの歌を弾きます。歌ってくれます?」


「お、うんうん。お手並み拝見といこうかしら」


 恵美父が海人に詰め寄ってなにやら問いただす横を、恵美が素通りしていく。何か強い決意を秘めているような顔に海人は気が付いたのだが……何故、恵美父は気付かないのか。


「君は恵美とはどういう関係なんだね!?」


「いえ、何もありませんよ……てか、中学時代は殆ど接点も」


「いいや、だったら、何故一緒のバンドに――」


 助けてよ――と、


 海人は空を見るのだが、彼女はただ笑っていた。その顔が語っている。


「面白そうだから、もう少し見てるわ」

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