11番
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指示された住所の近くを海人と空が探してみると、あった。栗原家。目の前に聳える門は、二人の背丈の二倍近くあり、家自体も一般的な二階建てではあるものの、かなり広い。二階にはベランダ……というよりもバルコニーがあった。門から道路が続いており、駐車場に続いている。その駐車場もまた車が2、3台入るのではないかと思う位にでかい。これを一家族だけで所有しているのかと思うと驚かされる。
「なんか、相当でかいですね」
「そうこなくっちゃ。これで、ボロボロのあばら家とかだったら、興醒めじゃない」
魔王が棲みつく城か何かと見立てているのだろうか。ただ、海人も興醒めはしないものの安心はした。もしも、家が大変でバンドなど、とてもやっていけないとかだったら、引き返さざるを得なかっただろうから……いや、空だったら、それでも食い下がるような気もするが。少なくともこれで、その心配は無くなった。
「裏口から回りましょう。どっち道、こっちからじゃ開けられない」
門はロックが掛けられているのか、開きそうにない。そこで二人は家の周りをぐるっと回る。本当に屋敷か何かと思う位に広い。人工芝生の敷き詰められた庭、その庭にはブランコやウッドデッキが備えられている。
この家に住んでいたら不自由等何一つないようにも思える。最初から何もかもが揃えられているのだ。
そうこうするうちに、裏口へとたどり着いた。普通の家の門と同じ位の大きさ。こちらが正面玄関だと言われても違和感はなかっただろう。
そしてその門は内側に向かって開いていた。海人が空に目配せし、お互いに頷き合い、中へと突入する。大きな窓の奥を見てみると恵美も誰もいない。薄暗くてよく見えなかったが、そこはステージのようにも見える。
「ヴァイオリンの練習室ね。これまた広い」空がそう言って、どこか羨ましそうに奥を見つめている。
さて、これからと思ったその時、甲高い音が鳴り響いた。
「え?!」
「げ……」
海人は吃驚し、空はその音が何であるかを知っているかのように、呻いた。
「そこで何をしている?」
ぱっと窓の奥に電気がつき、歩いてきたのは、恵美父だ。誰かが侵入したのにも拘わらず、余裕の足取り。あぁ、つまりそうかと海人は気付く。
「俺達が来ることを知っていたんですね?」
海人が訊ねると、恵美父はフっと笑った。やっぱりそうだ。
「なんで、こんな所にいる? 君達、家宅侵入罪で訴えますぞ」
「普通に玄関から来たのではお話出来ないと思いまして。さっきの件についてもう一度お話しさせて頂けませんか?」
空では無く海人が進み出て言うと、恵美父は驚いたように海人をまじまじと見た。さっきと同一人物なのかと確認するように。
――あぁ、そうだ。覚悟なら決めたさ
一度覚悟が決まってしまうと、どんな勇気でも湧いてくるものだ。これだけの覚悟を3年前も見せられていればと海人は思う。そんな海人の思う所を何かしら察したのか、恵美父は先程とは打って変わって真面目な口調で告げる。
「いいだろう。警備会社の者が到着するまで10分。5分で話をしよう。君達を訴えるかどうかはその後だ。入りたまえ」
警備会社! つまり、あれは単なるサイレンじゃなかったというわけだ。
改めて、しでかした事の大きさに海人は頭がくらくらとしそうになるが、空に肩を叩かれてどうにかそれを隠す。
「大した度胸じゃない」
「あなたを見習う事にしたからですよ」
そんな冗談を飛ばすが、やっぱり内心ではびくびくである。恵美父に促されて中へとお邪魔すると、やはり広い。軽いコンサートが開けそうなくらいには。そんな事を考えていると、どこからか言い争うような声が聞こえてきた。
「恵美か。全く、こんなに強情になったのは初めてだ」
恵美父は呟いた。1人が恵美ならば、もう1人の争い相手は恵美母か。その争いは段々と近づいてき、まず部屋の奥のドアが開いた。まず、入って来たのは恵美。その後から恵美母も髪を振り乱して追ってくる。
「二人とも無事だった?!」
囚われの姫こと恵美は入るなりそんな事を言った。
「まぁ、何もされてないわよ。今の所」
「大丈夫でしたよ。住所教えてくれてありがとうございます」
2人のそんな言葉を聞き、笑顔になる恵美。反対にぐぎぎと怒るのは恵美母だった。
「何よ、それ。私をそこまでして、悪者にしたいのかしら? 娘を自由にさせてあげない悪者の継母かなにか?」
恵美母が乱暴にそんな事を言う。構図としてはそんな感じに見えてしまうのだろうが……。
「違いますよ。ただ、私は彼女と一緒にバンドを作りたいってだけです」
空は笑顔で言った。恵美が驚いて、空を見る。それが恵美の両親を説得する為の詭弁ではない事は、空の表情を見ればわかった。
それに今までの彼女の行動を見てくれば、空が正直な少女である事は、海人にも分かった。むしろ正直過ぎるが為に、芸能界で揉めたのではないかと、思う程だ。
「だけど、私重要な事に気が付いてしまいました」
「え?」
海人含めその場の全員が声を上げた。その反応に満足したように笑みを深めて、彼女は告げる。
「私、まだ彼女から聞いてないんですよ。ちゃーんと、『入りたい』って言葉を。だから、彼女はまだバンド候補。もしも、彼女が入りたくないというなら、今すぐにでもここから消えて、2度と現れません。ただし、入りたいというなら、その理由もちゃんと話してくれないと入れない事に決めました」
思い返してみれば確かにそうだ。彼女はヴァイオリンが出来るということしか話していない。それに最初は無理だと拒否したくらいだし……いや、あれはそもそも拒否だったのだろうか。もしかしたら「無理だけどやってみたい」とか後に続く言葉があったのかもしれない。いや、待てよ。
「そうだ、恵美さん。俺に話してくれたじゃないですか。なんでバンドをやってみたいのか。それをなんで、空さんやご両親には話せないんです?」
流石にあれを全部ぶちまけたら、親子の絆がズタボロになりそうだが、一度自分の気持ちをぶつけてみるべきだろうと、海人は思う。恵美父の話が本当ならば、彼女は今まで一度も、親に反抗した事がないのだから。
「それは……」ぽつりと恵美が呟き、視線を床に落とす。
「それは何なの? 早く言いなさい」
恵美母の声にびくりと肩を震わせ、恵美は続きを言う。
「それは怖いから」
「怖い? 空さんやお母さんが?」
海人の問いに、恵美はかぶりを振った。
「違う、怖いのは自分で自分の道を決める事。自分の意志で何かをやってみたいと思ったけど、いざそれを言い出そうと思うと怖くなる。それでもしも『じゃあ、好きにしなさい』って放り出されたら? その後はどうやって自分の事を決めたらいいの? どうしようもない不安に駆られる。何をどうすればいいのかとか、どんなことをやっていけばいいのかとか、それを自分で決めて、正しい道を行けなかったらって、それが怖いの」
一気に言いだして、恵美はハァハァと荒く息をし、自分の胸を撫で下ろした。皆黙ったまま、何も言わない。彼女にとって、今の告白は、どれだけの勇気を必要としていたのだろう。海人は己の拳を握り、視線を落とす。
――あぁ、そうか。そういうことか
自分も怖いのだ。それがやりたい事をやれない原因だったのだ。一度失敗したらそこで終わりになるのではないか。道を外してしまうのではないか。そんな事を意識し始めたからだ。今までの自分達は、大人達が定めたレールに乗ってさえすれば良かった。その事に不満だの文句だの言いつつ、それが安心となって甘えていた事も事実なのだ。
海人が3年前にフルートを諦めたのも結局の所はそうなのではないか。彼が諦めた最終的な理由は、親が付いて来てくれなかったから……それが怖かったから。本当にやりたいなら、親がついて来ずともやろうと思うだろうに。
「だから、ごめんなさい。私甘えてた。良い子にしていれば、後はお父さんお母さんが決めてくれるって、無意識のうちにそんな事を考えていた」
そして、恵美は黙った。ややあって、その沈黙を破ったのは恵美母だった。
「……ふん、何よ、それ。やっぱり、私が厳しくしつけ過ぎたからいけなかったという結論になりそうじゃないの」
「母さん」恵美父が諌めるように言ったが、睨まれて竦む。
「あなたはいつも、そうね。面倒だから私の意見には賛同して、優しい振りをする、あぁ、反論する必要はないからね。私が勝手に思ってるだけだから」
恵美父が何か言いかけるのを、先手を打って止める。なんとも、すごく達者な口だ。
「怖いというなら、私だって怖かったわよ」
「え?」
恵美母の突然の告白に、恵美はポカンと口を開けた。気にせずに恵美母は話す。未熟な娘と違い、はっきりと戸惑うことなく。




