第8話 僕と村長
たくさんの虫が、辺り一面に転がっている。
先程の叫び声で、他の兵士が何人か集まってきたが、事態が収拾した事を確認して、不思議そうにしながらも帰っていった。
しかし、本当に死んでるかな。虫によっては、たまに息を吹き返すヤツが居るから油断できないぞ。
『竹脇延年。心配は要らない。そいつらの命は尽きている』
驚いた。死神って、虫の寿命も見えるの?
「寿命の長さは見えないが〝命〟が有るか無いかはわかる。ただ不思議なのは、これら虫は完全に死んでいるにも関わらず、魂が死骸に留まっている。こちらの生物は全てこうなのだろうか」
不思議な現象らしい。いわゆる〝あの世〟に行くはずの魂が、死体に残っているそうだ。
「……そうですか。これは〝サッチュウザイ〟というのですか」
バドさんが、殺虫剤の缶を見つめている。
はい。僕の故郷では、どの家庭にも置いてある、一般的なモノです。
「あの数の〝目切り虫〟の大群が、こんなにあっさり全滅してしまうとは。すさまじい威力の武器ですよ!」
は、はい。僕も、まさかこんなに効果があるとは思いませんでした。
「あと、先ほどの戦闘中に、あなたに近付いた虫が、真っ二つに切り裂かれていましたね」
強い加護か、魔法ですね? と聞かれたので〝呪いに近いです〟と答えておいた。
『ふふふ。面白い冗談だな、竹脇延年』
右の口元だけ上げて笑う死神。あわわわ……冗談じゃないよ。死の呪いじゃないか! うわわ~ん!
「あ、申し遅れました。私はこの村の守備隊、隊長補佐の〝バド・クルーウェル〟です。失礼ですが……」
ああ。僕の名前は〝ノブトシ・タケワキ〟です。
神様がそうしていたので、なんとなく姓名を逆にした上、ちょっとアクセントがおかしな感じになった。
「ノブトシ・サキワレさんですか」
給食についてくるスプーンのようだ。あの先にスパゲティを一本だけ絡め取って食べたなぁ。
ちょっと違うけど、まあいいか。名前だけ覚えてもらおう。なぜか〝ノブトシ〟は、こっちの世界でも発音しやすいみたいだし。
……ノブトシと呼んで下さい、バドさん。
「よろしく、ノブトシさん! ……さて、先にこの戦利品を回収しましょうか」
え? えっと。
「虫の死体ですよ。交易所に持っていけば、なかなかの値段で買い取ってくれます」
おっと、それはラッキー! 無一文だったんですよね。
「なんと! 山賊にでも遭われましたか。大変でしたね」
あ、いえ……まあそんなところです。
逢ったのは神様たちだ。そのお陰で無一文なんだけど、そこは3択で〝富〟を選ばなかった自業自得なんだろうな。
『竹脇延年、虫の死骸も、私が預かってやろうか?』
そんな事できるんすか? ぜひお願いします!
『……またひとつ、貸しだぞ?』
死神は、先程バスケットシューズを仕舞った、黒い大きな袋を取り出した。
『面倒なので、説明は適当にしておけ……〝目切り虫〟をこれに』
……説明?
死神がそう言った途端、広範囲にバラ撒かれていた虫の死骸が、死神の黒い袋にすごいスピードで吸い込まれていく。ギャグアニメに出てくる掃除機みたいだ。
『愚か者! そんな陳腐なものと一緒にするな。この無限袋は、ハデス様から賜った、世界にふたつと無い神器なのだぞ。生物以外なら際限なく収蔵できて、取り出すまでは1000年間、劣化しない』
すごい……便利すぎる……!
『……なぜ今、青くて丸い2頭身の機械人形を連想した?』
き……気のせいです。それ以上、特徴を言うと叱られますからね!
『まあいい。先程お前が取り戻した、殺虫剤や薫煙剤なども、預かろう』
そう言って、殺虫剤と薫煙剤、蚊取り線香を、袋にポイポイと放り込む死神。
「一体どうなってるんですか?! 空中に現れた穴に、全部吸い込まれましたよ!」
あ、そうか。バドさんには死神が見えないんだった。〝説明を適当に〟って、そういう事か。
えっと……さっき言った〝呪いの様な物〟が、よく気がつくヤツでして……収納してくれたんです。
『……竹脇延年?』
うわ。怒らせたかな?
『褒めても何も出んと言ったぞ』
赤くなっている。〝気がつくヤツ〟と言われて喜んでいるみたいだ。やっぱり可愛い。
「はは! それは便利な呪いですなあ! ……さて、それではついて来て頂けますかな?」
了解です。で、どちらへ?
「まずは、この村の村長にお会い頂きたい。そして、そのあと守備隊の詰所に……」
僕はバドさんの案内で、家々の間を抜けて、村の中心にある広場までやってきた。
「その建物が、我らが守備隊の詰所になっています」
他の家が木造なのに対して、詰所はレンガ造りで、頑丈そうだ。さすがは守備の要だな。
「あと少しです。ほら、見えてきました」
村長の家。他の家々と、さして変わらない作りだ。それもそのはず、この村の村長は、一定の期間で順番に交代していく仕組みらしい。一定の年齢を超えれば、平等に村長の役目が回ってくる。
「ノブトシさん、さあ、こちらです。村長! 村長!!」
ドンドンと扉を叩く兵士。中からは、意外と小柄で若い男が出てきた。
「バドさん。どうしました? その方は?」
「村長、この方はノブトシさん。異国から参られた、旅の方です」
はじめまして。ノブトシ・タケワキと申します。
「実は先程、池に向かう道の途中で、数十匹の〝目切り虫〟の群れに襲われまして」
「数十の群れですか?! それで? 大丈夫なんですか!」
慌てはじめる村長。そりゃ、頭を割って目を抜き取るような虫の群れだもんな。
「はい。こちらのノブトシさんが、全て倒して下さいました」
「全て!? あなたはとてもお強いのですね! なんと御礼を申し上げたら良いか……有難うございました」
いえいえ。たまたま、虫に良く効く武器があったので……
「そうなんです、村長。この方のサッチュウザイという武器は、不思議な煙を放って、なんと虫たちを一瞬で絶命させました」
僕の国には、一家に1~2本は必ず置いてあるんですけどね。
……ちなみにウチには20本ほど置いてある。というか、僕の部屋に20本だ。家族は〝黒いアレ〟が出たら僕を呼びに来る。キライだって言ってるのに。
「ノブトシ氏の故郷では、さぞ、強力な虫の魔物が出るのでしょうな!」
そうなんです、村長さん。その虫、一匹見たら100匹は居ると思え。というコトワザもあるぐらいです。
『それは諺ではないぞ?』
死神が笑っている。
……字づらは怖いが、普通に可愛らしく。
「なんと恐ろしい」
バドさんと村長さんは、震え上がっている。そうですか? 死神スマイルというより、プリティエンジェルって感じだと思うんですけど……
あ、何だ、虫のことか。死神のことかと思った。
「……そんな恐ろしい魔物が跋扈する国からお持ち頂いた武器、さぞや凄まじい威力なのでしょうね」
あーでも、できれば最新式の物が欲しいんですけどね。
この殺虫剤、中学生の時のだから、故郷の黒い魔物には、もう効かないかもしれないなあ。
「村長、そこで、このノブトシさんに、目切り虫の討伐をお願い出来ないかと思いまして」
「おお! それは是非ともお願いしたい!」
……
……え?