第7話 僕と異世界の村
道ばたに座り込んで、バッシュに紐を通していく。
よし、出来た。えっと……空箱はどうしようかな。
『私が預かろう。そこかしこに、異界の物をバラ撒いてはならない』
いや、別にポイ捨てする気は無かったぞ?
僕は死神に言われた通り、バスケットシューズの空箱を渡した。どこから取り出したのか、黒い大きな袋に箱をしまう死神。
それにしても〝遺物〟……過去に失った物を手に入れる力。すごく便利だ。
『感謝するがいい。いま、お前が得られる祝福の中では最上の能力だ』
死神は腰に手をあてて、ふんぞり返っている。
なんか女の子だとわかってから、やること成すことがイチイチ可愛い。
『……これ以上は何もやらんぞ?』
また、顔を赤らめる死神。そんなに嬉しいのか。僕は本当の事を思ってるだけなのにな。
『じゅ、準備が出来たなら、とっとと行かんか!』
わかったよ。僕は新しい靴で歩き始めた。おお! やっぱ最高の履き心地だな~!
「旅の方、旅の方?」
少し歩いた所で、武装した人に呼び止められた。兵士さんかな?
話し掛けられた言葉は、もちろん日本語じゃない。けど僕は祝福のおかげで、この世界の言葉を理解できる。とても不思議な感覚だ。
「あなた、この辺りではあまり見ない身なりをされていますね。どこか異国からおいでですか?」
はい、それはもう、すごく遠くから。
僕の服装は、ネイビーカラーのジャンパーとセーターに、ジーンズ。ちなみに上下と下着まで全部合わせても、バスケットシューズの値段より安い。まさかこんなに遠出すると思ってなかったし。あ、そっか。それ以前に、日曜の朝、着替えた直後に動けなくなったんだった。むしろパジャマじゃなくて良かったな。
「そうですか。それはそれは、遠路はるばるようこそ。私はこの村の守備隊員です。ご存知かもしれませんが、この村は先日、魔物に襲われた影響で〝防壁〟がうまく作動しておりません」
防壁ですか?
「はい。お恥ずかしながら、術者不足でして。魔物が入り込みやすくなっておりますので、十分にご注意下さい」
『ふむ。どうやら、この世界の人間は、魔物が入って来ないように、日頃から、何かしらの方法で壁を作って、その中で生活しているのだな』
なるほどね……
ご親切に有難うございます。
「いえいえ。もし魔物や怪獣などを見掛けたら、大きな声で衛兵を呼んで下さい。特にこの辺りは〝目切り虫〟が多く出ますから」
……怖い名前の〝虫〟が出ると言われたぞ?
あのー、それってどんなヤツ?
「おや、ご存知ありませんか。この村においでになる道中でも出会わないとは。とても幸運なお方だ」
その虫は、動物の〝目〟をくり抜いて巣に持ち帰り、それに卵を産み付けるそうだ。特に人間の〝目〟を好んで狙うらしい。
見た目は、スズメバチをふた回りほど大きくしたような感じ。そう、ちょうど目の前に居るこんな……
『延年! 危ない!』
死神が肩を押してくれたおかげで〝目切り虫〟は、僕の顔を掠めて通り過ぎた。頬がパックリ割れて、血が吹き出す。
「旅の方! 大丈夫ですか?!」
な……なんとか……
「おい! 虫が出たぞ、こっちだ!!」
剣と盾をかまえて、虫の方を警戒する兵士。
危ない所だった。ありがとう死神、助かったよ。
「気を付けて下さい! あいつら目を奪うために、頭を割ります」
怖い怖い怖い! 殺す気満々じゃないか!
『油断しすぎだ、竹脇延年。私はお前に死なれては困るのだぞ』
そうだ。元の世界へ戻ってから、お前が僕を殺すんだった。こんな所で死ぬわけにはいかない。
『殊勝だな。いい心掛けだ。しかし、あの数では、私でもお前を守り切れるかどうか』
そう。目の前に現れたのは、アニメや漫画で蜂の巣を突付いた時に出てくるような、虫の大群だった。
「そんな……」
兵士は絶望の表情を浮かべている。これって、かなりマズくないか?
虫は少し距離を開けて、こちらを威嚇している。いつ襲ってきてもおかしくない状態だ。
「駄目だ……村が全滅するぞ……」
そうだよな。ひとり2個ずつあるけど、どう考えても目の数が足りないだろう。
『冗談を言っている場合ではないぞ』
大体、虫キライなんだよな。こんな死に方はマジで嫌だ。
……あ。そうだ! あれ、戻ってこないかな。
「これは駄目だ……逃げるぞ、旅の人! どこかの建物に逃げ込まねば!」
ちょっと待って、確かあれは、中2の時で……
『何をしている、延年!』
戻ってこい! 殺虫グッズ!
ドサドサと目の前に現れたのは、殺虫剤のスプレー5缶と、燻煙剤5個、蚊取り線香の缶入りが2缶。昔キャンプに行った時に、虫嫌いの僕が担任の先生に呆れられながら持って行ったものだ。当日、突然の大雨で増水し、テントごと流されてしまった。生徒は全員無事だったけど、キャンプは中止になり、同級生の雨男を恨んだものだ。
「旅の人、何だそれは? どこから取り出した!?」
僕が日頃愛用している最終兵器です。
……効かなかったらゴメンナサイ!
両手に殺虫剤を持ち、斜に構える。家で〝黒いヤツ〟が出た時のスタイルだ。
さあ、食らうがいい! ファイヤー!
「おお! 煙が?!」
虫の群れに、殺虫剤を振りまく。蜘蛛の子を散らしたようにパニック状態に陥る虫たち。
すごい数の〝目切り虫〟が、ボトボトと落ちまくる。凄いな! こんなに効くとは思わなかった。
『耐性が全く無いのだろう』
不意を付いて、僕を目掛けて飛んで来た虫を、鎌で両断しつつ、死神は笑う。なるほど。日本の殺虫剤は進化を続けてるもんな。黒いヤツの耐性と共に。
「す……凄いですね、旅の人!」
しばらくすると〝目切り虫〟は一匹残らず地面に落ちて、動かなくなった。大勝利だ。
ただ呆然と、僕の秘技〝殺虫剤の舞い〟を見ていた兵士は、剣を鞘に収めてこう言った。
「長老の所に、一緒に行って頂けませんか……どうかお願いします! その最終兵器で、村を救って頂けないでしょうか」
『どうする? 竹脇延年』
ついて行こうか。
……村っていうか、僕はこの世界を救うんだからな。
各話、つじつま合わせや少しずつの修正をしておりますが、物語自体に大きな変更はありません。何卒、ご容赦下さい。