第6話 僕と無くした物
「それじゃ、僕は一旦消えるよ。まずはこの村を、好きに散策してもいいね」
神様はそう言うと、フッといなくなった。
風景に色が戻り、全てが動き始める。
『竹脇延年、さっさと始めるがいい』
とか言われても、何をすれば良いのやら。
……神さまの言うとおり、とりあえずブラブラと観光でもしてみるか。
『そうだな。我々には、この世界の情報が必要だ』
足元の鎌を手に取り、肩に担ぐ死神。
目の前には、見たことがあるような無いような野菜の畑。振り返ると、そこそこ広い道。家が立ち並んでいる方と、大きな池のある方に伸びている。そしてその道を、僕の姿を見て訝しげに通る人達。
意外と人が多く住んでいる村なのかもしれないな。
『忘れていた。念のために言っておくが、私の姿はお前にしか見えていない』
ここ数日、ずっと付きまとわれていたから、それは知ってる。死神は僕にしか見えないようだ。
『ふむ。〝付きまとう〟という言われ方は、些か心外だな。死神が見える人間など滅多に居ない。ちなみに私を認識した人間はお前が初めてだ』
あれ? さっき〝そういう者も居る〟って言ってたじゃんか。
『居る可能性があると言っただけだ。やはりお前は変わっている』
僕の方こそ〝変わっている〟なんて言われるのは心外だよ。ごく普通の高校生だったんだぞ。
……っていうか、死にそうな人間は全員、死神が見えるんだと思っていた。僕だけなのか。
『もし死に逝く人間が全員、死神の姿を見れたなら、世界中がパニックになるだろう。それに、死神が魂を刈り取る対象は、ハデス様が選び欲する、お前のような特殊な魂を持つ者だけだ』
〝一般的な死者〟の魂は、自然と天界に還るらしい。
なんなの? ハデス様って僕の魂をどうするつもりなの?
『ハデス様にお届けした魂の末路は様々だ。そして、それをお前が詮索するのは不敬かつ無意味だ。身の程を知れ』
ひどい言われようだな……神のみぞ知るってヤツか。
まあ、色々考えていても仕方ない。とりあえず人が多そうな場所に行ってみよう。
僕は建物がある方に向けて、歩き始める。と、ここで自分が靴を履いていない事に気づいた。
まあ、部屋に居たから当然だな。
『そうか。靴は大事だぞ。足に怪我でもすれば、この世界の病原体などを体内に取り込んでしまう恐れがある』
うーん。そうなると、やっぱりお金を貰っておけば良かったかな。言葉が通じなくても、身振り手振りで、買い物ぐらい出来ただろうし。
『しかし、言葉は力だ。必ず必要になるだろう。仕方がない。ここはやはり、アレしかないな』
アレ…… ですか?
『そうだ。私からも、特別に祝福を授けてやろう』
マジで?! やったー!
『ふん……しかし、そうだな。お前がした、私に対する働きが思いつかんな』
そっか。それがルールだった。
『……ん。そうか。まあ、いけそうだ。では3択を言うぞ?』
え? いけるの? 僕、何かしたっけ。
『こ、細かい事は気にするな。とにかく祝福は受け取れるのだ』
む~、気にするなと言われると、すごく気になる……! それに、ご褒美として貰うんだから、その働きは、僕に言わなきゃならないんじゃないの?
『……そうだな。それをお前に伝えなければ、祝福が消失するかもしれないな』
ほら、危ない所だった。で、僕、死神に何をしたの?
『お……お前は……その……』
え? 何?
『お前は、私を……か……かわ……』
……? 何だろう、そんなに言いづらい事?
『お前は私を可愛いと言ってくれた! そんな事を言われたのは、お前が初めてだ!!』
真っ赤になって言い放つ死神。それって祝福を授けるほど嬉しかったの?!
『……これでいいか?』
赤い顔のまま下を向いている死神。可愛すぎる。
『それでは竹脇延年。3択だ。ゆくぞ』
死神は、顔がまだ少し赤いまま、鎌を振り上げて空を仰ぎ、何も無かったように儀式を始める。
『お前に祝福を与えよう! これは大いなる選択。後戻りは出来ぬ!』
『ひとつは刃。お前の右手は全てを切り裂く剣となる』
『ふたつは酒。お前はいかなる時も、溢れんばかりの美酒を手にするだろう』
『みっつは遺物。お前が過去に失った物を望むままに取り戻すことが出来よう』
3択を言い終わると、死神はこちらに視線を移した。
『助言を聞くか?』
僕は首を横に振り、答えた。
みっつめの〝遺物〟がほしい!
『竹脇延年に祝福を! 汝、遺物と共にあれ!』
さっきのように、何かが僕の中にするりと入って来た。
『お前が過去に失い、2度と戻って来ないと思っている〝生物以外〟の物を、いつでも取り戻すことができる……おめでとう、正解だ』
やったね! 思った通りだった。
1は、さっきのパターンでいくと右手が使えなくなっちゃいそうだし、2は……まあ、未成年だしね、僕。
さて、それでは早速取り戻そう。先月、電車の網棚に忘れて、結局戻ってこなかったアレを。
僕は精神を集中した。すると目の前の草むらに、見覚えのある小さな箱が現れた。
『ほう。新品とは。お前はあきれた粗忽者だな』
……放っといてくれ。
ああ、まさかまた会えるとは。小遣いを貯めてやっとの思いで買ったバスケットシューズちゃん!