第30話 死神と狂った世界
虎っぽい魔物は、ジリジリと間合いを詰めはじめる。
……なんで無駄に左右に動くのよ! 気持ち悪いからやめて!
「ひいぃぃぃぃっ!!」
男は、防壁にペタッとくっついて、震え上がっている。
見えない壁越しに、男に顔を近づけるノブトシ。
『……おい! あんた! 名前は?』
名前を聞いてどうするのよ? ……やっぱりコイツの考えている事は、さっぱり分からないわ。
「うああ! たすっ! たすけて!」
『助けるから! 名前! 名前を教えて! 早く!』
「カッツ! カッツ・ガリアフルです!!」
と、男が答えた次の瞬間、魔物が、男めがけて飛び掛かって来た。終わった……
『〝委譲〟発動!』
え? ノブトシ、今なんて?
『カッツ・ガリアフルさんに、守備力を400!』
ガン! という大きな音とともに、男に噛み付いたはずの魔物は、弾き飛ばされて転がる。
「えっ?」
男……カッツは額に傷を負ったようで、血を流してはいるが、命に別状はない。相当に驚いた様子で、呆然と立ち尽くしている。
『ごめん、カッツさん! ちょっと遅れて怪我しちゃったみたい……今のうちに逃げて!』
「い、いまのは? いったい何が?!」
これは〝委譲〟……? 自分の能力を見ず知らずの他人に分け与えたの?!
っていうか、なんでコイツ、守備力が400もあるのよ?!
……カッツの守りの堅さに警戒したのか、左右に不規則に揺れながら、遠巻きに睨みつけてくる魔物。ああ、不気味すぎる!
「逃げてください! 早く! 何度も攻撃されたらヤバい!」
「そっ! そんな……!? ひぃっ! ま……また来る!」
魔物は、またしても飛びかかろうと、姿勢を低く取った。
カッツという男、軽い恐慌状態ね。状況がわかっていないし、このままじゃ逃げ切れないわ。
「いぎいいぃっ!! 痛い! いだああい!!!」
今度は、腕に食いつかれるカッツ。牙はまだ通っていないけど、時間の問題よ……生身に無理やり守備力を与えた状態なら、こんなもんよね。
『〝委譲〟発動!』
……ちょっと! ノブトシ?!
『カッツ・ガリアフルさんに、HPと攻撃力と敏捷性を300ずつ!』
待ってよ! 何でそこまでするの?!
いえ、それもそうだけど……
……ノブトシ、お前の能力値、どうなっているのだ?
『カッツさん! 振りほどいて! パンチで! 鼻をパンチ! ……え? ああ〝賢帝〟の効果だよ。すごいだろ? まあ今、ほとんどカッツさんに渡しちゃったけど』
ほとんどって……! 手加減しなさいよ! あのカッツって男、神話級の能力になっちゃったじゃないのよ!
やりすぎだ、ノブトシ! 普通の人間の数値ではないぞ!
『あはは。お前の444には敵わないけどな』
神に近い能力値ってだけで、大問題よ、まったく
……え、あれ? ちょっとまって?!
ノブトシ、お前、いま何と言った?
『すごいすごい! カッツさん、勝てますよ! いやあ、やっぱ攻撃力300ってすごいんだな! ……え? どうしたんだ? 怖い顔して』
……なぜお前が、私の能力値を知っている?
『んー? ……えっと、何のこと?』
とぼけるな! お前、はっきりと数値を言っただろう。
『いやいや、何を言っているのかわからないんだけど? ……あ、カッツさん、危ない! 避けて!』
明らかに〝マズイ〟って顔をしたわよね。どういう事?
……まさかコイツ、慧眼鏡で私を見た?! そうよ。そうとしか考えられない。
『やったあ、カッツさん! 素手で倒したぞ! すごいすごい!』
おい、ノブトシ。慧眼鏡を出せ。
『……はい? ケイガンキョウって?』
ふん。隠しても無駄だぞ。無限袋に命じれば、お前の隠し持っているであろう慧眼鏡は、すぐに出てくるのだ。
無限袋の口を、ノブトシの方に向ける。
『ちょっと、何するんだよ死神!』
焦ってるわね? やっぱりコイツが犯人! いくわよ?
……〝慧眼鏡〟をこれに。
『……?』
……あら? 何も起きない? なんで?
〝慧眼鏡〟をこれに!
『何をやってるんだよ、死神』
……おかしい。ノブトシが持ってるんじゃないの? だとしたら、私の能力値をどうやって知ったの??
『ほら、遊んでないで。カッツさんを村の入口まで誘導しよう!』
あ、こら、ちょっと待て! まったくお前は忙しないやつだな!
……私の覚えていない、何かがある。ノブトシは何も話してくれないし。私はどうしちゃったんだろう?
『カッツさん! もう少しで門です。頑張って!』
>>>
カッツが通った直後、ドーン! という大きな音とともに、門は閉じられた。
「本当に有難うございました! 改めて自己紹介を……俺はカッツ・ガリアフル。ここから遙か東の村からやって来ました」
『僕はノブトシ。えっと、旅人です。カッツさんは、なぜ魔物に追われていたのですか?』
「はい。実は4日前、村が魔物に襲われました。防壁は破られ、村の人達は次々と魔物の餌食に……生き残った者は、村の集会場に立てこもっています」
『そんな……!』
青ざめるノブトシ……なんだか嫌な予感がするわね。
「俺と、3人の仲間は、助けを呼ぶために魔物の囲みを突破し、必死で王都を目指しました。ですが、ろくな旅の用意もなく、武器や防具もない我々は、猛獣の檻に撒かれたエサのようなもの。俺だけでも、ここまで生きてたどり着けたのは、奇跡です」
本当に、この世界は狂っているわ。理不尽に人が死にすぎる。
『お気の毒に……でも、カッツさんが無事で良かった。』
「ノブトシさん、この村の村長さんが、どこに居られるか、ご存知ですか?」
『はい、あと、守備隊にも知り合いが居ます。一緒に行きましょう!』
うーん。この流れって、私の嫌な予感が的中しそうな感じじゃない?




