第23話 僕と一緒に
交易所。
様々な物品の売買が行われる施設だ。建物はレンガ造りで、警備隊の詰所と同じくらいの大きさだ。
……いや、よく見ると、奥行きは倍ほどあるな。
『竹脇延年。あれが受付のようだぞ?』
本当だ。可愛らしい女性が、重そうな鉄の鎧を着た戦士と、商談をしている。まだ少し、時間が掛かりそうだな。
『ふん! 今の内に、今日売却する物を、確認しておくぞ』
あれ? なんで急に機嫌が悪くなったんだ?
……どうしたんだよ死神?
『どうもせん……次に同じ事を聞いたら、即刻、刈り取るぞ』
こわっ! 絶対怒ってるよなあ。でも、刈られるのは嫌だから、そっとしておこう。
……あ、刈られるで思い出したぞ。死神さ、昨日、亡くなった兵士達の魂を、捕まえてただろ?
『それが、どうかしたのか?』
魂を捕まえられるなら、僕を今すぐここで殺して、魂を持って帰れば良いんじゃないのか?
……って、我ながら、怖い質問だな。
『肉体の無い、魂だけの状態では、世界の境界を跨ぐ事は、ほぼ不可能だ』
へぇ! そうなんだ。跨ごうとすると、どうなるの?
『霊子の結合が溶け切り、塵になる。肉体が無ければ、それを防ぐ事は出来ぬ』
なるほどね。僕を魂だけにしてしまったら、帰る途中で溶けちゃうんだ。アイスクリームみたいだな。
『更に、もうひとつ。私だけでは、元の世界に戻ることが出来ない。お前がここに来たから、私も来たのだ。お前が帰らねば、私も帰れん』
そうか。僕が死んだら、死神は、この世界から出られないんだな。それじゃ、何としてでも帰らなくちゃ。
『……どうして、そう思うのだ?』
え? いや、だってお前、帰りたいだろ?
『延年。お前は、元の世界に帰れば、私に殺されるのだぞ?』
え? いやいや。 わかってるよ。何を今さら。
『それでも、帰るのか?』
もちろん帰るよ? 僕のせいで、お前が帰れなくなるのは、申し訳ないしな。
『ふふ。そういう所だ。私はお前の……』
ん? 何?
『いや。何でも無い……見ろ、受付が空いたぞ』
おっと、危うく後ろに並んでいる人に、順番を抜かされる所だった。
……すみません、買い取って貰いたい物があるんですけど。
「ようこそ、おいで下さいました。初めてのご利用でしょうか」
うわぁ……優くて可愛い声だなぁ……!
あ、えっと、はい! 初めてですので、や、優しくして下さいっ!
「クスッ。はい、初回の場合、こちらにご記入頂かなければなりません」
ちょっと笑われてしまった。すごく可愛いな。まさに天使の笑顔だ。
〝同意書〟と大きく書かれ、動物の革で出来た書類を手渡される。小さい字で、様々な注意事項が書かれている。もちろん、こちらの世界の文字だ。
『全く……やはりお前は……! ……年……、そん……女……、鼻の下を……』
なんか、死神がブツブツと呟きながら、プンスカ怒っている。何だよ、さっきからお前、おかしいぞ?
えっと、ここに名前を書けばいいんだな?
「お客様、こちらをお使い下さい」
爽やかな笑顔で、羽根で出来たペンと、小さなインクポットを手渡された。よく気が付く人だなぁ!
名前名前っと。〝言葉〟の祝福のおかげで、文字もスラスラと書ける。でも、確かに〝ノブトシ〟は簡単だけど〝タケワキ〟を書くのは、超・回りくどく書かなきゃ、発音できなさそうだ。下手に書くと〝サカムケ〟か〝ヘケメケ〟になるな。
これで大丈夫かな? どうでしょう、お姉さん。僕〝タケワキ・ノブトシ〟なんですが……。
「失礼します……はい、大丈夫ですよ。それでは、ここに、血判をお願いしますね」
僕が書いた名前の最後の〝印〟と書かれた所を指差して、お姉さんがニッコリ微笑む。可愛すぎる! それとやっぱりすごく優しい良い声だ!
……えっと〝血判〟? 血判ってアレか? 指先を少し切って、出た血で押すヤツ? うわあ、痛そうだよな、アレ。えっと、どうやれば……。
そう思って、親指を立てた瞬間、いきなり死神が、大きな鎌を、僕めがけて振り下ろした。うわぁっ?! 何するんだよ!
『早く押せ。お前は本当に愚鈍だな。それに……の女……なぞに…………』
よく見ると、親指の先が少しだけ切れて、ぷっくりと血が出ている。おお! 有難う死神。全然痛くなかったよ……語尾が聞き取れなかったんだけど、お前やっぱり、なんか怒ってる?
『は・や・く・お・せ!』
はいはいはいはい! わかりましたよ! 鎌で脅さなくても押しますよ!
……どうしたんだよ死神。なんでそんなに膨れッ面してるんだ?
えっと、これでいいでしょうか。
「はい。有難うございます! それでは、お取引を始めさせて頂きますね」
……ふう。住所とか身分証明書とかナッシングだからな。聞かれなくて良かった。
はい、えっと、そうです。今日は売却で。あ、かなりの量ですけど、大丈夫ですか?
「そうですね、では、直接、倉庫の方へご案内します。買い取らせて頂くお荷物はどこに……?」
特殊な方法で、収納してあるんですよ。出し入れ自由で……
あ、サンキュー、死神。
こんな感じで、今すぐにでも出せます。
「すごいですね! かしこまりました。こちらへどうぞ」
お姉さんは、少し首を傾げて不思議そうにしたが、死神が目切り虫の死骸を、ひとつ出してくれたので、すぐに理解してくれたようだ。
ファンタジー世界は、説明が雑でも分かって貰えるから便利だよな。
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「この中が、倉庫になっております。いかがでしょう……」
すごく広い! ここなら、目切り虫を全部出しても大丈夫そうだな。お姉さん、ちょっと下がっていてもらえます?
『お前も下がれ……まずは虫だな』
瞬時に、目切り虫の死骸が、山のように積み上げられた。
『そして、その他の魔物だ』
スライムや三首等の死骸が現れる。
『あとは、お前の粗忽コレクションだ』
他に言い方があるだろう?!
……って、あれ? やっぱりなんか怒ってるな。
今、死神が出したのは、僕が過去に失って、昨日取り戻した物たちだ。
神様に聞いた所〝売っちゃえばいいんじゃない?〟と、お許しを頂いたので、役に立ちそうなもの以外は、ここで売却することにしたんだ。
「こ……、こんなに?!」
お姉さんが、売却品を見て驚いている。
どう? 買い取ってもらえそう?
「お客様! 素晴らしいお取引をさせて頂けそうです。有難うございます! ……ですが、この量を検品、査定させて頂くには、少々お時間が掛かります。2日……いえ、3日後には、完了致しますが、いかがでしょうか……」
すごい量だもんな。予想はしていたよ。
はい、大丈夫です。それでは3日後に、また来ますね。
「かしこまりました! それでは、こちらが、お預かりの証明となりますので、3日後、必ずお持ち下さいね」
ピンポン玉サイズの、ツルツルした石を手渡された。クルッと回すと〝2〟と、書かれている。こっちの文字で。
お手数をお掛けします。あ、時間が掛るようでしたら無理しないで下さいね。ゆっくりで良いですよ?
「はい! 有難うございます!」
いい笑顔だなあ。お姉さん可愛いなあ。いたたたた! 何するんだ死神! なんで鎌の先で突っつくんだよ?!
それじゃ、また来ます!! いたた! やめろって!
『|竹脇延年。お前は女なら誰にでもああなのか? 全く、信じがたい程の……だな! それに……だし…………の……からと……!』
なんか、またブツブツ言ってるな。何だよもう。
……それにしても、可愛いお姉さんだったな。声まで可愛かったぞ?
『まだ言うか、この……』
お前の次ぐらいに可愛いんじゃないか? 声とかしゃべり方も、死神ほどじゃないけど、澄んだ優しい感じだったな。あの交易所、絶対にあの人目当てのお客さんとか居るぞ?
『た……? けわ?』
ん? なんか言ったか?
あ、それにさ、あの人が羽ペンを出してくれた時、やるなあ! って思ったよ。気が利く女性って良いよな。
お前、普段から、なんだかんだで気が利くし、今日だって、血判の時とか、目切り虫出してくれた時とか、ほんとに、嬉しいタイミングで助けてくれるよな。死神にしとくのが惜しいよ。
『ちょ、ちょっと、やめ……』
あの人は、きっといい奥さんになるなあ。可愛くて優しくて、気が利いて。まあ、僕にはお前が居てくれるから、ある意味幸せだな、うん。
『え? と? それは……』
だから、僕が死ぬまで、よろしく頼むよ、死神。
『…………もう、だめ』
鎌が死神の手を離れ、カランと地面に転がる。
僕は後ろから、死神に抱きつかれた。
……え? ちょっと?! なになに?
『延年。私が今から言うことは、聞かなかった事にしてほしい。お願いだ』
どうしたんだよ?
『……お願いだ』
……分かった。何?
『私が死神で無かったら。私がお前の魂を刈る使命を帯びていなければと、心の底から思うぞ……いいえ。忘れてくれるなら……忘れて。お願い!』
……僕は、今から聞くお前の言葉、忘れるよ。すぐに。
『延年、貴方を殺したくない! 貴方のやさしさが! 私を怖がらずにいてくれるところが! 私を女の子として見てくれるところが! 私の声を褒めてくれる貴方が! 優しい言葉を掛けてくれる貴方が! いつも気にかけてくれる貴方が! 好き! 大好き!!』
僕の背中に額を押し当てて、泣き始める死神。そうか。お前、僕の事をそんなに想っていてくれたんだな。使命との板挟みで、辛かっただろうなあ。
『延年。生きて欲しい。ううん。私と一緒に居て欲しい。一緒に生きて欲しい! けど、私には使命がある』
帰らなければいい。ずっとこの世界に居よう。そうだ。神様にお願いして、ここで暮らそう!
『たぶん、それは無理。私と貴方はこの世界では異物。きっとそう遠くない将来、無理やり、元の世界に弾き返される』
そうなのか?! それじゃ……
『もし、元の世界に戻って、私が貴方を殺さなくても、別の死神がやって来る。必ず貴方を殺すわ。もちろん、私も一緒に……私はいいの。でも、貴方は生きて欲しい!』
……いや、そういう事なら、僕は死神を守る。
『え? 延年?』
僕は、お前に刈られるなら、それもいいかなって思ってたんだ。好きな人に殺されるっていうのも、それはそれで、いいんじゃないかって。
『ごめんなさい! ごめんなさい! 殺さない! 死なないで! いやあああっ!』
号泣する死神。
泣かないで。大丈夫。一緒に生きようって言ってくれたんだ。
僕は死なないし、死神……。いや。〝ユファ〟。お前も、絶対に殺させない。
お読み頂き、本当に有難うございます。
ここから、事態はちょっと急展開チックにザワメキますが、
きちんと元のテイストに戻ってきますのでどうかご安心を。
更新頑張ります!
少しゆっくりなのは、何卒、お許しください。その分、面白くなるように頑張りますね!




