第21話 僕とお賽銭
村の入口にある門は、安全のために、開いてから3秒後に閉まる。僕は、背後にドーンという音を聞きながら、ホッと一息ついた。
『竹脇延年。急いで交易所に向かうぞ』
交易所? ああ。そういえば、魔物の死骸は、お金に変えられるとか言っていたな。でも、何で急に……?
『お前の運はゼロだ。金を使えば、それを……』
「ご無事で何よりです。お疲れかと思いますが、詰所へ出頭願います」
門兵のひとりは、そう言うと、駆け足で村の方へと消えて行った。守備隊の詰所に、僕達の帰還を知らせに行ってくれたようだ
えっと、死神、今なにか言いかけた?
『交易所で得た金を使い、お前の……』
「ノブトシさん、お疲れ様でした。これで、この村は、なんとかやって行けます」
お役に立てて、良かったです。まだまだ危険な魔物が多く居るみたいですが、頑張ってくださいね!
「はい、本当に有難うございました。さあ、詰所に参りましょう!」
『いや、先ずは交易所だ。急ぐぞ』
ちょっと待てよ、死神。まずは詰所に行かなきゃ。
あ、バドさん、待ってください。
『おい、待つのだ、この愚か者が!』
村の脅威だった〝目切り虫〟の巣を壊滅させ、無事に帰って来ることが出来た。しかし、同行した兵士5名は、名誉の戦死を遂げた。
「どうかしましたか? ノブトシさん」
いえ、僕の呪いが〝先に交易所に行け〟と、うるさくって。
「ほほう? それはまた不思議な事を言いますね」
ここまで帰ってくる道のりで、魔物を14体倒した。魔物の持つ偽造魂を集めて、次に神様に会った時に、ゼロになった僕の〝運〟を増やさないと、命に関わる。
『竹脇延年、話を聞け! その事なのだが……』
あ、ちょっと待って、死神。隊長さんたちが、出迎えに来てくれたみたいだ。
道の向こうから、ジェッケン隊長と、数名の兵士が歩いてくる。
「隊長! 無事、帰還致しました」
バドさんが敬礼すると、出迎えの兵士達と、少し遅れて隊長も、敬礼で返す。
「ご苦労だった。詳しい話を聞かせてくれ。ノブトシさん。ご無事で何よりです」
詰所の会議室で、バドさんから、今回の作戦の報告が行われた。
それにしても、今回亡くなった兵士達には、本当に申し訳無い事をした。彼らの魂も、恐らく何らかの方法で、負の感情によって薄められた、偽造魂にされてしまうだろう。
『……お前を守って死んだ兵士たちの魂は、全て、この世界の神に預けたぞ? 魔物の偽造魂と一緒にな』
なんだって? 死神、いつの間に?
『世界は違えど、人間の魂だからな。私の得意分野だ。遺体から出た所を、捕らえておいたのだ』
偽造魂の材料になど、させるものか。と、死神はニヤリと笑いながら言う。
良かった。神様に任せれば、魔物にされてしまわずに済むだろう。
『それよりも、先程言いかけたのだが、お前の……』
「ノブトシさん。お食事の用意が整いました。今宵は、ささやかながら、祝勝の宴をご用意致しました」
有難うございます、隊長さん。え? 死神、なんか言った?
『いや、竹脇延年、お前がこのまま神と……』
「何をしているんですか、ノブトシさん。早く食堂へ行きましょう!」
あ、バドさん、そんなに手を引かなくても。あ、いえ、元々こうですよ、僕の体型。
え? 何だって? 死神。
『止まれ延年。今すぐ、何かしらの方法で、無理にでも運を底上げしておかねば……』
底上げ? 何で? もうすぐ神様が現れて負の力が手に入れば、それで大丈夫だろう?
『お前がこのまま神に会って、偽造魂を力に変換しても、運がゼロのままだと……』
「そうだね。ちょっとマズイかもしれない」
急に、周囲の色が失われ、僕と死神以外の動きが止まった。
神様! 良かった。これで僕の運を上げられる……え? 神様、いま、何て?
『竹脇延年。お前の運は、ゼロだ』
わかってるよ。だから、今から〝賢帝〟で、運を上げて……
「そうなんだけどねノブトシ。〝賢帝〟がキミの能力を上げる時に、いつも言っている言葉、覚えてる?」
賢帝の言葉? そう言えば何か言っているような……なんだっけ?
『憎悪と殺意は力に。恐怖と苦痛は生命力に。絶望は希望に。全ての感情は、余す所なくお前の力となる』
そうそう。それだ。よく覚えているな、死神。
『お前の能力だ。お前が覚えていなくてどうする。ゼロなのは運だけではないようだな』
相変わらず、ヒドい言われようだな。
でも神様? 賢帝の言葉がどうかしたんですか?
「たぶん、この言葉は、能力に変換される、負の感情の種類を指してると思うんだ。憎悪と殺意は、攻撃力や敏捷性に変換されるのだろう」
『恐怖と苦痛は、それを振り払うための、生命力に置き換えられる』
なるほど。えっと、じゃあ最後の〝絶望は希望に〟っていうのは……
『望み無き状況を覆すため、人は幸運を求める』
「うん。つまり、ノブトシの〝運〟に変換されるのは〝絶望〟という負の感情だ」
そういう仕組みだったんだ。それじゃ、さっそく運を取り戻さなきゃ。死神、魔物の死骸、14体だっけ、すぐに出して……
『その14のうち〝絶望〟の感情が、果たして、いくつあるかという事だ』
え? そうだな、さっきの話だと、5種類の感情が均等にあるとすれば、確率的に言っても、2、3個ぐらいは……
……あ!
『やっと気付いたか』
「ノブトシ、キミがこのまま、僕に偽造魂を渡しても、その中に〝絶望〟は、ひとつもないだろう。キミは今、運が〝悪い〟どころか、全く〝無い〟んだから」
なんて事だ! 死神、なんで教えてくれなかったんだよ!
『私は何度も、お前に言おうとしていたぞ。まあ、その度に邪魔が入ったのも、お前の運の無さなのだろうがな』
そうだったのか! でもさ、もしお前がそれを僕に言った所で、どうする事も出来なかったんじゃないのか?
「いや、彼女は、なかなかに良いアドバイスをしようとしていたよ?」
アドバイス? あ、そういえば、交易所へ行けとか言ってたな。でも、お金で運は手に入らないんじゃないのか?
『何を言っている。神を祀る場所か、神に仕える者に寄進すれば、加護により、運は上がるものだ』
ええ? そうなの?!
「お金はね、その人が費やした、時間を表しているんだ。正当な方法で手に入れたものならね。だから、それを神に捧げる、つまり、自分の時間を捧げる事によって、神の加護が得られるシステムになっているんだよ」
お前の世界の神社や寺にある賽銭箱は、そのための物だろう? と言う死神。マジか! 知らなかったぞ!?
……じゃあさ、今から急いで、教会とかに行こう!
『もう遅い』
はい? いや、夜でも、寄付は受け取ってもらえるだろ?
「違うんだ。僕がキミに、寄進の話をした時点で、僕からキミへ〝お願い〟した事になっちゃったんだよね」
え? それ、どういう事?
『神が〝差し出せ〟と言って、それにお前が答えても、それはもう〝寄進〟ではない』
あ、なんかわかる。それだと、微妙に違った意味になっている気がする。
『自発的な〝寄進〟でなければ、加護は受けられない。そういう仕組みなのだ』
そ……そんなぁ! どうしよう。なんとかならないんですか、神様!




