第20話 僕と乱暴者
なあ、死神? 僕、守備力も上がったから、そこそこ不運でも大丈夫なんじゃないか?
「ノブトシさん、大丈夫ですか? この鉱山は、岩盤が硬くて大きめですので、比較的、落石は少ないはずなのですが……」
ええ。例の呪いが、守ってくれていますので。
……もうすぐ、鉱山の出口だ。ここに来るまでに、落石に18回も遭った。
「罠でも、そこまで狙って仕掛けるのは無理ですよ。一体どういう事でしょう?」
他にも、縄梯子は切れるし、松明は弾けて火傷しそうになるし、躓きやすい絶妙のタイミングで足元に石が落ちてるし。今まで自分がどれだけ幸運だったか、思い知らされるよ。
『竹脇延年。お前の運が、僅かにでもあれば、その中身の少ない頭で落石を受けるのも、少しは安心して見物出来るのだがな』
いちいちヒドいな。
……でも、守備力400超えって、普通の人間では、ちょっと有り得ない強さじゃない? 岩ぐらい、平気だろう。
『お前はこの期に及んで、まだそんな呑気な事を言っているのか。人は、ほんの小さな石でも、当たりどころが悪ければ、簡単に命を落とす。どんなに鍛え上げられた、屈強な者でもな』
またまた、そんなオーバーな……
『本当にそう思うのか。おめでたいな……お前の運は、1でも2でもなく、"0"だ。それは、例えばお前が石を頭に受けた時、"死なない確率が0"という事だ』
ちょっと!? そんなにひどい状態なのか、僕!
『考えもなしに、すべての運を他人に与えたりするからだ。まともな者のする事とは思えん』
どうせ僕は、まともじゃないですよ。
『まあ、そういう所が、お前らしいといえば、お前らしいのだがな』
……え? なんか言った?
『いや……しかしなんとか、お前の運気を上げねばな。この調子では、私でも守り切れんぞ』
19個目の落石を弾きながら、死神は困った顔だ。
『この世界の神は、少し時間を置かねば、姿を見せられぬようだ。次に現れるのは、早くても今夜だろう。それまでに、可能な限りの魔物を狩って、蓄えておかねばならんな』
魔物を倒せば、悪意の混ぜ込まれた、偽造魂が手に入るが、それを、純粋な魂と悪意に分けられるのは、神様だけだ。
しかし死神。運がゼロの僕を連れて、魔物狩りは、危なくないか?
『魔物の前に居ようが、町の中に居ようが、お前の死ぬ確率は変わらん。現に、魔物の全く居なくなったこの場所でも、先程からお前は、数十回も、死にかけているではないか』
そう言えばそうだな。よし、パワーアップもした事だし、いっちょ盛大にやるか!
『とはいえ、お前はすぐ調子に乗るからな。私の後ろで、指を咥えて見ているがいい』
え~?
『先程も言ったが、人間は、すぐに致命的な状況に陥る。何よりも、運に生かされているのだ。岩を頭で受けて、打ちどころが悪くて死ぬのも、格下の魔物に挑んで、運悪く負けるのも、今のお前には、"あり得る事"ではなく、"確実に起きる事"なのだぞ』
わかったよ、死神……よろしく頼む。
『ふん。お前に死なれる事が、私にとっての"不運"で良かったな。幸い、私の"運"は、中々に良いのだ』
知ってる。444だろ?
あ、思い出した。そういえば、"不明要素"で、マイナスが付いてるのはどういう事?
『お前に憑いてから、あの表記になったのだ。他人事のように言うな』
迷惑そうに言う死神。ちょっと! 僕のせいなのか? あのマイナス表記。
『死神にマイナスを与える人間など、聞いたことがない。お前、貧乏神に親戚は居るか?』
居ないよ! 僕は純粋な人間の家系だからね?!
『ふん。まあいい……見ろ。出口だ』
僕とバドさんは、目切り虫の巣を後にした。亡くなった兵士達の遺体や遺品の回収には、後日、改めて来るそうだ。
「一緒に戻れなかったのは残念ですが、彼等は、立派に戦って、村の人達を救ってくれたのです。今はただ、冥福を祈りましょう」
そうですね。あの方々が守ってくれなければ、僕は死んでいたかもしれません。
『さて、目ぼしい獲物が居れば、道すがらに狩りつつ帰るとしよう』
おっと、そうだった。
……バドさん。ちょっと魔物を狩りたいのですが、良いですか?
「ノブトシさん、どうしたんですか? そうして頑張って頂けるのは有り難い事ですが、私は剣を失っておりますし、あなたも随分お疲れなのでは……」
いえ、狩るのは私の呪いがやってくれます。えっと、その……まだ暴れ足りないようで。
あ、そうだ、バドさん。僕の剣を使って下さい。
『私を乱暴者の様に言うな。あと……』
わかってるよ。呪いじゃない。でもさ、こうでも言わないと、怪しまれるじゃないか。
『ふん。まあ、狭い所を這いずり回った挙げ句に、妙な生き物は居るわ、水浸しになるわで、少々暴れまわって、発散したい気はするがな』
……乱暴者じゃないか。
「なるほど。そういう事でしたら、及ばずながら私もお手伝いしますよ……おや?」
バドさんは、僕から剣を受け取りながら、不思議そうな顔をした。
え? バドさん、どうしました?
「ノブトシさん。明るい所に出て気付いたのですが、何かこう、また随分と体つきが引き締まった感じになっていませんか?」
あらら、そうですか? えっと、ははは。前からこんなもんでしたよ?
……凄くパワーアップしたからな。でも、運がゼロになったせいで、今のところ、全てのパワーアップが無意味だ。魔物どころか、小石で死ねるんだから。やっぱり運って大事なんだな。
『竹脇延年、居たぞ。明らかにバケモノだ』
うわ、なんだあれ! ヘビのような姿だけど、頭が3つある。バドさんも気付いたようだ。盾を構えて、僕の前に立つ。
「三首ですね。おや? あれも初めてご覧になりますか。ここらではよく見かけるのですが」
あんなのをよく見かけるんですか……
あらためて、異世界って本当にヤバいな。
「あの魔物は、比較的動きも遅く、倒しやすい相手です……あ、こちらに気付いたようですよ」
三首は、ヌラヌラとした独特の動きで近づいてきた。気持ち悪いな!
『竹脇延年、お前たちは下がっていろ。背後や頭上にも注意してな』
バドさん〝下がっていろ〟だそうですよ。
「なんとも心強い呪いですね……あれ? そういえば、スライムとの戦いの時は、様子がおかしかったですね」
ああ。ああいう不定形の魔物は苦手みたいですよ? 何を考えているか解らないとかなんとか。
「ははは! ウチの妻も昔、同じような事を言ってましたよ。まるで可愛らしい、少女のような呪いですね」
よく分かりましたね! 実は可愛らしい女の子なんですよ!
「またまた、ご冗談を!」
笑いながら剣と盾を構えているバドさん。その様子からも、あの三首という魔物が、大したことのない相手だというのがよく分かる。
だが、油断してはいけない。僕の運はゼロだ。その上さっきから、死神が耳を真っ赤にしてモジモジしている。〝可愛らしい女の子〟って言ったのは失敗だったかもしれない。
『す……少しは緊張感を持て、愚か者。お前は今、致死的に運が悪いのだぞ?』
致死的に……ごめんなさい。その表現、怖いからやめて下さい。
『わかれば良い……どれ、お前が瞬きする間に、あのバケモノをいくつに切り刻めるか、試してやろう』
うーん。見た目は可愛らしい女の子なんだけどなあ。




