第19話 僕と運
「ひとつは遠視。お前は遥か遠くの物を見通す力を得る」
「ふたつは委譲。お前の持つ能力を他者に手渡せるようになる」
「みっつは医療。お前は人を癒やす、様々な技術を手に入れるだろう」
いつものように、神様は3つの祝福を提示した。
これは……どう考えても1択じゃないか?
『竹脇延年。私からの助言はひとつ。考えて選ぶのが3択だ』
うん? 何を当たり前の事を?
……いや、助言、か。
わざわざそれを僕に言うという事は、1択だと思い込んでいる僕に宛てての言葉だ。いけない。また失敗する所だった。
「ノブトシ、どれを選んでも、キミが危険に晒される事はない。ただ、今回ほど、キミが選択を後悔する3択は無いかもしれない。だからね、よく考えて?」
やっぱりそうだ。この3択、簡単じゃないんだな?
普通に考えれば〝医療〟だろう。バドさんの大怪我も、ギフトの力で癒すことが出来るはずだ。バドさんは助かる。だが、そうじゃないとすれば……僕は何かを見落としている。
よく考えろ。そもそも、バドさんはどうしてこんな大怪我を負ったんだ。目切り虫のせい? 僕の出した大量の水のせい? イレギュラーだった、スライムの襲撃による人員の減少も、原因の1つかもしれない。
けど、そうじゃない。もっと根本的な、そもそもの原因は。
……寿命だ。
『何かに気付いたのか、竹脇延年。では、それを元に、思い出せ。考えろ。お前は答えを知っているはずだ』
医者は寿命を延ばす仕事をしているんじゃない。そうだ。医療ではバドさんを救えない。
じゃあ、どうすればいい? 寿命に関係なく人の生死を操れるのは、神だ。神の力、神頼み、運を天に任せる? 運を……そうか、わかったぞ!
「ノブトシ、さあ、どれにするか言って?」
……委譲をください。
神様は静かに頷いた。姿勢を正して、天を仰ぐ。
「竹脇延年に祝福を! 汝、委譲と共にあれ!」
周囲が真っ白になり、自分の中に、未知の能力が入り込んでくる。
「……さあノブトシ、この後どうするか、わかる?」
はい。たぶん、間違っていないと思います。
僕の考えが正しければ、バドさんを救えるかもしれない。
……死神、頼む!
『いいだろう。この場所なら、全て出しても大丈夫だな』
死神は、無限袋から、今日退治した、目切り虫と、スライムの死骸を全て取り出した。女王と、子虫も合わせて、その数、2212体。神様は、そこから、偽造魂を抽出して、白い魂と青い負の感情に分けた。
「ノブトシ、2212の感情だよ」
ありがとう、神様。
僕は、すごい大きさの青い玉を自分の中に受け入れた。頼んだぞ〝賢帝〟。
『2212の感情を受け取った。憎悪と殺意は力に。恐怖と苦痛は生命力に。絶望は希望に。全ての感情は、余す所なくお前の力となる』
力がみなぎる! 昨日のパワーアップとは比べ物にならない!
『パンパカパーン! HPが545上がった! 攻撃力が388上がった! 守備力が406上がった! 敏捷性が462上がった! 運が411上がった!』
すごい数値が〝賢帝〟によってアナウンスされた。よし、うまくいってくれよ……〝委譲〟発動!
『かしこまりました。委譲先を指定してください』
バド・クルーウェルさんに!
『委譲先を、バド・クルーウェルに指定完了。項目と数値を指定してください』
〝運〟を〝全部〟!
『了解しました。バド・クルーウェルに、〝運〟を、425、委譲します。実行しますか?』
イエスだ! やってくれ!
『只今、委譲中。電源を切らないで下さい。只今、委譲中。電源を……』
なんでチョイチョイ、おかしな表現が混ざるんだ? 僕の祝福。
『ピンポン。完了しました。移譲の結果、バド・クルーウェルの〝運〟433、あなたの〝運〟0 になりました』
……確か、バドさんの〝運〟の数値は8だったはずだ。50倍以上、幸運になった事になる。
ちなみに死神の運は、444。神様なみの幸運の持ち主なら、自力で、寿命が尽きるのを何とか出来るかもしれない。
『お前にしては、なかなかに考えたな。直接的に命を救えば、お前の寿命と交換になってしまうが、この者の〝運〟で、勝手に助かるなら、それはお前とは関係のない事だ』
「よく気付いたね! ちなみにハズレは遠視だ。もし選んでいたら、慣れるまで、恐ろしいくらいの老眼に悩まされるところだったんだよ」
あ、地味に嫌だ。神様、危険に晒されることはないって言ってなかったですか?
「あはは。ごめんごめん。命に別状はない、って意味で言ったんだよね」
まあ、老眼で即死ってことはないけどさ。
「……さて、ノブトシ。出来る限りの事はやった。あとは、文字通り、彼の運次第だね」
……ですね。
本当に、運だけでなんとかなるのか? バドさん、どうか死なないで。
「じゃあ、僕は消えるよ。どんな結果になっても、気をしっかり持ってね、ノブトシ」
ありがとうございます。
神様がいなくなり、辺りに色と動きが戻る。地下だから、わかりづらいんだけど。
『竹脇延年。どうやら、なんとかなったかもしれないそ』
えっ? でもさ、バドさんの体にある、虫に開けられた穴は、そのままだぞ?
『今気づいたのだが、それだけ穴だらけにされながら、なぜ血が一滴も出ていないのだ?』
……あ、あれ? そういえばそうだ。
『先程からこの者の寿命の炎、お前の炎によく似た状態になっている。今すぐ死んでもおかしくないし、何百年でも生きるかもしれない』
神に近い寿命の炎?! それじゃ!
「う……うう……ノ……ノブトシさん?」
バドさん! 生きてた! よかった!! 大丈夫ですか?
「私は一体……?」
そうだ。こんなに穴だらけにされながら、なぜ無事なんだ?
いったいどうなっているんですか、バドさん?
「ちょっと待ってください。えっと……」
バドさんが鎧を外して、体を確認する。
小さい目切り虫に開けられた穴の数、なんと37箇所。
「これは、妻と子どもの写真が入ったペンダントです。これは私の愛用している呪文書、こっちは、剣術の指南書。どちらも水を吸って、固くなってますね。あ、これは酒の携行缶だ。あと、懐中時計に。ああ、使い切った、サッチュウザイの容器も……! それからこっちの穴は……」
驚いた事に、その37箇所全て、バドさんの携帯していた所持品によって守られ、1つも貫通せず、無傷だった。
「この穴に至っては、非常食のクルミを貫通できずに止まってますよ! ラッキーですね!」
すごいな〝運〟433の力って。
それにしても良かった。なんとかバドさんだけは、救うことが出来たぞ!
『だが、気をつけろ。寿命の炎は、何百年でも生き続けそうでもあるが、いつ死んでもおかしくない状態なのだ』
え? 大丈夫だよ。このバドさんのラッキーぶりなら、いきなり死んじゃうとか、絶対に無いだろ。
『お前はもう忘れているな。その幸運、どこから得たものか、思い出すがいい』
そう言うと、死神は鎌を振り上げて、僕の頭上を一閃した。ちょっ! なにする……
ガン! という大きな音と共に、大きな岩が真っ二つになって足元に落ちる。危なっ! 天井の岩が落ちてきていたのか?!
『竹脇延年。お前の運は、ゼロだ。いつ、不幸な最後を迎えてもおかしくない』




