第18話 僕と必然の死
『竹脇延年。しっかりしろ』
う……ん……?
死神?
何だ? 真っ暗で何も見えない。
『お前が出した水のせいで、松明が消えてしまったのだ』
そう言うと、死神は手から火を出した。周囲が、若干明るくなる。
……うわっ?!
隣に、バドさんが倒れている。バドさん! 大丈夫ですか?
「う……ゴホッ! ノブッ! ゴホッ! ノブトシさん……!」
良かった、生きてた!
すみません。まさかあんなに大量の水が出るとは思いませんでした。
『お前が出した水は、すべて回収した。凄まじい量だったな』
本当に! マジで死ぬかと思った。助かったよ、死神。本当に無限に入るんだな、その袋。
……しかし、今まで水を粗末にして来た罰が当たったな。
『いや、お前が無駄にした水のおかげで、見ろ。目切り虫の女王は、動けなくなっているぞ』
死神が指差した先には、ぐったりしている女王。やっぱり、バケモノみたいなヤツでも、虫は虫。水には弱いんだな。
「ノブトシさん、やりましたね! 今の内に止めを刺しましょう」
ですね! あ、ちょっと待って下さい。
……死神、バドさんの寿命って、ここまで来ても変わってないのか?
「……変わっていない。この者の寿命は、もうすぐ尽きる」
そうか……いったい、バドさんの身に、何が起きるんだろう。
死神、念のため、止めを刺すのは、僕達がやろう。
『ふん。まあ、そう言うと思ったがな。早く虫の近くに移動するがいい』
そう言って、死神は冷たく光る鎌を振りかざす。
死神は、僕から離れられない。その最大距離は〝鎌の刃〟が、僕に届く範囲。今の女王なら、そこまで近付いても、たぶん危険は無いだろう。
……バドさん。ここは、僕に任せてください!
「危険です! 私がやりましょう!」
いえ、大丈夫です。僕には、最強の呪いがついてますからね。
「……わかりました。でも、気をつけて下さい」
可愛い女の子の姿をした死神が、ズイズイと前に出て、僕は恐る恐る、その後に続く。傍目には、なんとも情けない感じだろうな。
……まあ、死神は誰にも見えないから、いいんだけどさ。
僕が近づくに連れ、女王は、チキチキと、奇怪な音を出して威嚇してくる。しかし、ほとんど動くことは出来ない。
『もう少しだ。私の真後ろに居ろ』
僕と死神の位置から考えると、あと、3歩近づけば、死神の鎌は女王に届くだろう。
あと2歩。チキチキと威嚇する女王。しかし奴は、思うように動けない。
あと1歩。足と羽根をバタバタと、もどかしそうに動かす。複眼なので、よくわからないが、こちらを睨んでいるようにも見える。
そして最後の一歩。死神は大きく振りかぶり、鎌を女王に突き立てた。勝った! そう思った瞬間。
「うわっ! わあああああっ?!」
後ろから、バドさんの叫び声が響いた。
どうしました?!
「ノブトシさん! 逃げて! 産まれて来ている!」
産まれて……?
しまった! さっき出した水のせいで、松明だけじゃなく、蚊取り線香の火も、消えてしまっていた!
バドさんの周りを、生まれたばかりの小さな目切り虫が、たくさん飛び回っているのがわかる。
よく見ると、周囲にある無数の目玉からも、続々と、虫が生まれようとしている。
死神、急いで新しい蚊取り線香を。……そうだ! 燻煙剤も!
『急げ、延年! 早く火をつけろ!』
死神から蚊取り線香を受け取りながら、バドさんの所に走る。死神の手から出ている火に蚊取り線香を突っ込むと、線香が煙を出し始めた。
よし、いいぞ! 部屋中を飛び回っていた虫達は、一斉にポロポロと地面に落ちた。
……ふう。なんとか間に合った。バドさん、大丈夫ですか?
『竹脇延年。残念だが、少し遅かった』
何を言ってるんだ、死神。遅かったって。
……えっ?!
『子虫なのに、この威力とは。この世界の生き物は、やはり狂っているな』
バドさんの体には、数え切れないほどの、小さな穴が空いていた。
『何匹もの虫が、その者の体を穿ったのだ。まだ絶命してはいないが、時間の問題だろう』
そんな……! バドさん!!
死神! 何とかならないのか!
『その者の寿命だ。静かに、送ってやれ』
嫌だ! バドさん! バドさん!! 畜生! なんでだよ! なんで、バドさんみたいな優しい人が、こんな酷い目に合わなくちゃならないんだよ……!
「ノブ、トシ……さん……」
バドさん! しっかりして! バドさん!
「ぐふっ! はぁ、はぁ、やりました、ね。大勝利、です」
バドさんのおかげです。死なないで!
「ははっ、ぐぅっ! ……はぁはぁ、そん、な顔しな、いで下さい。私の事は、どうか、お、お気になさらない、で。帰り道には、くれ、ぐれも、気をつけ、て」
そんな状態でも、まだ僕の心配をするんですか? 死神! なんとかしてくれ! 僕はどうなってもいいから!
『お前がどうにかなるのは、私が困る。それ以前に、この者を救う手立てが思い付かん』
残念だがな。と、俯く死神。
なんて事だ! 神様! 神様! 聞こえてたら返事をして! バドさんを助けて!
「すまないね、ノブトシ。見ている事しか出来ない僕を、許しておくれ」
周囲の景色が、灰色になる。時は止まり……光り輝く、神様が現れた。
神様! お願いします! バドさんを助けて!
「全てわかっているよ。僕がなんとか出来るなら、すぐにでも、彼を救ってあげたいところだけど、僕はまだ、力を取り戻せていないんだ」
そんな……! 神様なんでしょ? 神様は、全知全能じゃないんですか?! お願いします! お願いします!
『竹脇延年。神が全知全能か、と聞かれれば、違う。としか答えようが無い。神にも出来ない事があるのだ』
「本当にすまない。僕は、彼を救うことが出来ない」
いやだ! バドさんを助けるんだ! いっそこのまま、時間が止まってしまえば良いのに!
「ノブトシ、残念ながら、時間は動き出すよ。だから、その前に、やれる事はやってみようか」
……え?
「〝僕が〟救うことは出来ない。けど、キミなら、なんとかなるかもしれないよ?」
神様は、両手を広げて、空……じゃないな、洞窟の天井を見上げる。
「……えっと〝目切り虫の脅威から、多くの人々を救った事に対して〟」
神様は、チラッとこちらを見て、ウインクした。
「お前に祝福を与えよう! これは大いなる選択。後戻りは出来ぬ!」




