第17話 僕と虫の女王
嫌な顔をしながらも、しぶしぶ、無限袋に、燃えてグズグズになった、スライムの死骸を収納していく死神。
『こんな気味の悪い物を、何故、私が……』
だってお前、神様に、魂を集めるって言ってたじゃんか。
『むう。仕方がないな……』
コロコロと、目切り虫の死骸が落ちているのは蚊取り線香の効果だ。もちろん全部回収していく。死神が。
僕達は、スライムの襲撃に手こずりつつも、炎放射器(即席)のおかげで、なんとか、最下層まで辿り着くことが出来た。
「ノブトシさん。見て下さい!」
最下層の奥の奥。とても大きな部屋に、そいつは居た。
『……あれが女王だな』
でかい! とは言っても、小型犬ぐらいだろうか。だが、今まで見た目切り虫と比べると、明らかに異常な大きさだ。
周囲は、大小、様々な大きさと形の〝目玉〟で埋め尽くされていた。一体、どれだけの生き物が犠牲になったんだろう。
「やりましょう、ノブトシさん。あいつを倒さなければ、村に未来はありません」
兵士たちも、真剣な眼差しで僕を見て頷く。
……あなた達の、寿命の炎を消したくはない。けれどきっと、この一戦で、何かが起きるのだろう。
『だがな。あの魔物を仕留めなければ、もっと多くの犠牲者が出るぞ』
……そうだな。よし。やろう!
『竹脇延年、気をつけろ。ああ見えて、あの虫は、かなり素早いようだ』
いつの間にか、死神は慧眼鏡を出していた。女王を鑑定してくれたようだ。
バドさん。あいつ、かなり素早いようです。気をつけて下さい。
「ノブトシさん、どうしてわかるんですか?」
あ、いえ。例のアレですよ。本当によく気が付くヤツで。
「ああ。良妻のごとき、呪いですね?」
『何度も言うが、呪いではないし、妻でもない』
ああ、そうだね。あと、良妻って言われた事は、ちょっと嬉しいんだろ? 分かってる分かってる。若干、声が裏返っているぞ。
バドさん。この距離まで近付いても、女王は死んでいない。多分、蚊取り線香は効かないです。
「そのようですね……では、私達が、注意を引きますので、その隙に、サッチュウザイを直接浴びせて下さい」
わかりました。気をつけてくださいね。
「はい。ノブトシさんも、お気をつけて! ……よし、行くぞ!」
おう! という声と共に、バドさん達は、雄叫びを上げながら、女王に突進した。僕も、殺虫剤を構えつつ、それを追う。
『ノブトシ、冷静にな。何を見ても、取り乱したりせず、使命を完遂しろ』
わかってる! 全力で行くぞ!
……って、今、僕の顔をかすめて、何かが後ろにすっ飛んでいったぞ?
『振り向くな。答えは、目の前にもある』
目の前に、首から上が無くなった兵士がいた。そのまま、ひざをついて倒れる。
「ノブトシさん! 風の刃です! あいつ、羽根で風を飛ばして……」
ガン! という音と共に、バドさんの剣が折れ曲がって吹っ飛ぶ。すごい威力だ。本当に風なのか?
『もしかしたら、あの虫は、自在に空気を操れるのかもしれないな』
蚊取り線香が効かないのも、そのせいか? 殺虫剤とか、燻煙剤も、効かないかもしれない。マズいぞ……
っていうか、死神、慧眼鏡で見てくれたんじゃないのか?
『魔法や特殊能力なら、慧眼鏡に載るが、あの虫の場合は、ただの身体能力だ。お前の詳細に〝呼吸が可能〟とか〝めしを食らう〟などが、載っていないのと同じだ』
訓練したわけでもない、特記するまでもない、自然に身についている力か。さすが女王だな……
『感心している場合ではないぞ。どうする?』
「ノブトシさん! 私の後ろに!」
バドさんが、なにやら唱えると、目の前に見えない壁が現れた。
これが、風象の魔法?
「はい。でも、あまり長くは、持ちこたえられません」
もうひとりの兵士は、離れすぎていたため、ここまで来れずに、小さな岩の陰に隠れて動けずにいる。
駄目だ。あのままでは……
「ぐあっ!」
兵士は真空の刃を受け、仰け反った。
凄まじい速度で、女王が迫る。一瞬で、頭部に取り付かれる兵士。
「い、嫌だっ! やめて! 痛いヤメぎっ……」
次の瞬間、兵士の命は、女王によって絶たれた。
ちくしょう! やっぱり僕は、誰も救えないのか?
『まずいな。私の鎌が届くほどにヤツに近付けば、先にお前が死ぬだろう。遠隔で攻撃されては、私も、手の出しようが無い』
あいつは用心深い。さっきの兵士を殺したように、風で致命傷を与えてからでないと、近寄っては来ないだろう。
……虫は、水に弱いよな。
バドさん、水の魔法で、あいつを止めることは出来ませんか?
「あの風圧では、恐らく、私の魔法は届かないと思います。が、やってみましょう」
バドさんが呪文を唱えると、丸い水の玉が、女王向けて撃ち出された。
しかし、命中する寸前に、パン! と言う音と共に、霧になってしまった。
「駄目です。やはり、ここにある水では弱すぎる。もっと圧倒的な水量があれば……」
今のバドさんの魔法は、空気中から水分を集めて撃ち出したらしい。ここは乾いた廃鉱。当然、他に水は無い。
『水か。無限袋に、入れて来れば良かったな』
……今更だよな。それにしても、ここまで女王が手ごわいとは思ってなかった。
せめて、水があれば。たくさんの水……
あ、ひょっとして……!
「ノブトシさん! 何か思いつかれましたか?!」
はい。もしかしたら、かなりの量の水を、出せるかもしれません。
『竹脇延年、水など出せるのか?』
わからない。けど確か、日本人は1日に、ひとり当たり、平均で300リットル近くも使う。そして、その殆どを、蛇口から無駄に、流しっぱなしにしている。
……と、何かで聞いたことがある。きっと学校の授業だろうな。
僕の持つ祝福〝遺物〟は、僕が過去に失って、もう戻って来ない物を、取り返せる能力だ。
僕が蛇口を開けっ放しにして、無駄に流した水も、同じ扱いじゃないのか?
『……なるほど。筋は通っているな』
バドさん、どれくらいの量の水が出てくるかわかりませんが、よろしくお願いします!
「わかりました! やってください!」
よし、やるぞ。
戻って来い、水!
……ごぼごがぶがぶ、ぼごばぐぶぼがばぶぐば。
(……次の瞬間、僕は水の中に居た。)




