第16話 僕と誤算
……なんで、こんな事になってしまったんだろう。
「申し訳ない、ノブトシさん。我々の油断と力不足が原因です」
いえ、今回の作戦、僕も完全に甘く見ていました。
>>>
……数時間前。
会議は大詰めを迎えていた。
「目標は、巣の中心部、ここです」
バドさんが指差す地点は、鉱山の最下層だった。
「この〝カトリセンコウ〟があれば、目切り虫など恐るるに足りません!」
実験の結果、目切り虫は、蚊取り線香を持つ僕に、近づくことも出来ず、死んでいった。
直接、浴びせなければならない殺虫剤より、全方位に効果がある蚊取り線香のほうが、多数の虫を相手に出来るだろう。
「全員がこれを装備して、巣の中を進めば、簡単に女王の所まで辿り着けますよ」
こうして、僕を含めた、討伐隊7人は、松明と蚊取り線香を手に、意気揚々と、目切り虫の巣である鉱山に突入した。
>>>
……そして、今現在。
僕とバドさんと、兵士が2人、鉱山内で息を潜めている。
「完全に油断しておりました。まさか、他にも魔物が居るなんて」
ヒソヒソと、バドさんが呟く。
この鉱山には、目切り虫以外にも、魔物が生息していた。目切り虫は〝生き物の目〟を〝見境いなく〟狙う。故に、他の魔物は、この巣には近づかない。誰もがそう思い込んでいた。
「……スライムですよ、あれは」
何かに襲われたのは分かった。けど、暗い上に、狭い鉱山の通路内で、1人、また1人と、兵士が悲鳴を上げながら、グチャグチャになっていくのを見てしまったら、誰でもまず、何が起きたのか考えるより、逃げようとするだろう。
……スライムって、1番のザコモンスターじゃないの?
「とんでもない。あいつらは切っても叩いても、なかなか死なず、どこへでも入り込み、人を襲う、恐ろしい魔物です。ここで目切り虫を食べている間は、村を襲うことはないでしょうが……」
僕達が虫を殲滅したら、今度は、あのスライムが、村を襲うかもしれないのか。
「しかし、目切り虫に比べ、スライムは数が少なく、動きが鈍い分、対処しやすい魔物です。予定通り、目切り虫を根絶したいところですが……」
スライムは、完全に計算外で、対策が出来ていない。なんとか、最下層を目指したいが、このままでは全滅もあり得る。
……それにしても、さっきからヤケに大人しいな、死神。
『竹脇延年。お前は、あの者たちの死に様を見て、何も思わんのか?』
え? どういう事?
気のせいか。死神が震えている。お前、まさか怖かったのか?
『ここは、なんという世界だ。あんな訳の分からない生き物が、人を襲って食うなど、考えられん』
目切り虫は平気だっただろ? スライムは何でダメなんだよ?
『ああいった不定形でドロドロした、何を考えているのかわからない生き物はダメだ』
意外だ。僕も、不定形でドロドロになれば、殺されずに済むかもしれないな。
……しかし参った。この調子だと、死神は、対スライムに関しては戦力外だろう。
バドさん、スライムの弱点は何ですか?
「炎に弱いです。あとは、雷系の魔法もよく効くのですが……」
良かった。バドさんは、魔法が使えますよね。確かレベル11……」
「……レベル? 11とは何でしょう。ノブトシさん、私が魔法を使えること、よくご存知ですね。隊長に聞きました?」
あ、しまった。慧眼鏡で、勝手に見たんだった。それに〝レベル〟という概念は無いみたいだな。気をつけよう。
「しかし残念ながら、私が持っている魔法は、風象と水象で、スライムには、あまり効かないのです」
風魔法と、水魔法って事だろうな。
そうですか。なかなか都合よく行かないものですね。
そして、頼みの綱の死神は……
『私は、すこぶる気分が悪い。こういう時は、大きな火は出せん』
ですよねー。
あ、そうだ! この松明で……
「その程度の火では、消されて終わりです。さきほど食われた兵士たちも、松明を持っていました」
確かに。スライムは、松明の火などには怯みもせず、3人の兵士をペロッと平らげた。
駄目だ。このままでは脱出すら出来ないぞ。
「……いけない。囲まれました!」
ええっ?! いつの間に! ……あいつら足音もないから、いつの間にか近くに居るんだよな。
「これはさすがに、万事休すです」
バドさん達は、絶望の表情を浮かべている。
『粗忽と取り留めのない忘却が取り柄のお前は、何か、大量の炎や雷が出せる物を、電車の網棚に忘れたりしなかったのか?』
取り留めのない忘却って何だよ。
あと、火とか雷とか出せるって……そんな物騒な物は、電車に持ち込んだら捕まっちゃうんだからな!
「ノブトシさん。こうなったら、イチかバチかです。私達が囮になりますので、その隙に、逃げてください」
駄目です! 諦めないで! きっとまだ何か方法が……
「いえ、このままでは全滅します。ノブトシさんは、生きて村に戻ってください。あなただけが、最後の希望なんです!」
バドさん達は、互いに目配せすると、剣を抜き、松明を掲げて、今にもスライムの前に飛び出そうとしている。なんとかしなければ!
くそ! せめて、この殺虫剤がほんの少しでも、スライムに効いてくれれば……
僕は右手に握りしめた、殺虫剤を見つめた。
……あれ、待てよ?
「ノブトシさん、サヨナラです。なんとか生き延びて、村に巣の事を伝えて下さい!」
ちょっと待って、バドさん! もしかしたら、いけるかもしれない!
僕は殺虫剤を顔に近づけて、注意書きを読む。大きく〝火気と高温に注意〟の赤い文字。そしてその下には〝高圧ガス:LPガス〟と書かれている。
死神、殺虫剤を3本出してくれ! 急いで!
『……何か思いついたのか?』
ああ。良い子は絶対に、真似しちゃ駄目なヤツだけどな。
僕は、目の前に迫るスライムに、松明を掲げた。すかさず殺虫剤を吹きかける。凄まじい炎が、勢い良くほとばしり、スライムは一瞬にして、火だるまになった。
「うわっ、なんと! すごい!!」
兵士たちから驚嘆の声があがる。
可燃性ガスを使ったスプレーを、火に近付けると危ない。缶にデカデカと書かれているのに、当たり前の事過ぎて、すっかり忘れていたな。
「これなら、スライムを殲滅できる! ノブトシさん。あなたは本当にすごい!」
いえいえ。僕の力じゃないですよ。
スライムは、グズグズになって息絶えた。よし! 勝てそうだぞ!




