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第15話   僕と準備

「目切り虫の巣は、元々は鉱山だったんです」


 なるほど。それで、内部の地図があるんですね。


「目切り虫の突然の襲撃に、当時、鉱山内に居た者は、ひとり残らず惨殺され、帰りが遅いと様子を見に行った村人も、生き残って惨劇を伝えた1人を除いて、全員、巣に引きずり込まれました。」


 早朝。僕と、討伐隊のバドさんを含む6人の兵士は、会議室で最終的な打ち合わせをしている。

 地図によると、目切り虫の巣は、かなりの広さのようだ。


「巣の中に、女王が居るはずです。そいつを逃がしてしまえば、奴らはまた、別の場所に巣を作るでしょう」


 この広さだと、燻煙剤を10個や20個焚いた所で、巣全体を攻撃することは出来ないだろう。

 ここは、アレを試すしかないな。


「アレ、ですか?」


 はい。えっと、バドさん。目切り虫に〝蚊取り線香〟が効くかどうか、試したいのですが……


「カトリセンコウ……? それは一体……?」


 〝蚊〟という虫を倒す為の武器です。ちなみに〝蚊〟は、僕の故郷では、人の命を最も奪う生き物とされています。


「なんと恐ろしい! その虫は、どんな攻撃をしてくるのですか?」


 音もなく飛び、血を吸います。


「ひぃ!」


 兵士たちは驚き、身震いしている。


「そんな凶悪な虫を倒せる武器なら、目切り虫にも有効なのでは?」


 いえ。残念ながら、蚊取り線香は〝蚊〟にはよく効きますが、それ以外の虫への効果は、いまひとつです。


「なるほど。あまりに特化しすぎた武器なのですね」


 もし少しでも効いてくれれば、長時間、広範囲の目切り虫に、ダメージを与えられるのですが。


「わかりました。試してみましょう!」






 >>>






 討伐隊のメンバーと僕、そして念のためにと、一緒に来てくれた兵士が3人。大きな門がある、村の入り口にやって来た。


「準備が出来たらおっしゃって下さい。開門します」


 わかりました。ちょっとだけ待って下さい。

 死神、蚊取り線香を出してほしいんだけど。


『受け取れ。あと、火も要るだろう』


 死神が何やら唱えると、指先から炎が出た。これってもしかして魔法?


『まあ、そのような物だな』


 僕は、蚊取り線香の丸い缶を、死神から受け取り、開封した。


「おもしろい形をしてますね。ところでその火は……?」


 そっと、ひと巻きだけ、折らないように取り出す。あ、この火は、例の"呪い"が気を利かせてくれてるんですよ。

 と言いつつ、蚊取り線香の端っこに火を付ける。よかった。湿気ってないな。


「昨日から思っていたのですが、それって本当に呪いなんですか? パッと見、よく気が利く奥さんみたいじゃないですか」


 ええ。多分、故郷に帰るまでは、僕を陰日向(かげひなた)無く支え続けてくれると思います。 


「……? 故郷に帰ったら、どうなるんです?」


 ああ。無事に帰れたら、大きな鎌で、刈り殺される約束なんです。

 ……さあ、これでよし! 行きますか!


「ちょ! ノブトシさん!?」


 え? どうかしました?


竹脇延年(たけわきのぶとし)。お前、本当に変わっているな』


 なになに? 急に何だよ。それより、魔物とかが出たら、よろしく頼むぜ?


『……まあ良い。お前は私が全力で守るよ』

 

 お、おう……?


「本当に恐ろしい呪いだったんですね……。あなたに、神のご加護がありますように」


『ふふ。この男の祈りは中々に滑稽(こっけい)だな』


 滑稽って酷いな……でも確かに僕は、呪いじゃなくて、神様に殺されるんだよね。バドさんの気持ちは有り難いんだけど、その祈りは少し違うな。


「ちょっと待ってて下さいね、開門しますので」


 大きな門が目の前にある。だが、あるのは門だけで、塀や壁はない。その右側からも左側からも、村の外を見ることが出来る。

 ただ、地面をよく見ると、門の左右から一直線に、ラインが引かれており、読むことの出来ない文字がビッシリと書かれている。

 文字が読めない。とすると、僕の〝言葉〟の祝福(ギフト)が発動していないという事だ。これは、言語じゃないんだな。


『ほう。お前にしては、なかなか頭が回ったな。この文字に力を注ぐ事によって、壁を作っているのだろう。目には見えないが』


 なるほど。見えない壁か。話によると、ところどころ壊れてるらしいけど……

 あ、バドさんが戻ってきた。


「お待たせしました。門が開きますので、こちらへ……え? 壁の破損ですか? 何と言いますか、ここが壊れているとか、そういうのではなくて、時々、薄くなったり消えたりする箇所があるんですよ」


 それは厄介ですね。修復する場所が特定し辛そうで。


「ええ。それなら、いっそ昔ながらの石壁の方が解りやすいという意見もありますが、やはり強度が違いますので」


 魔法で作った壁は、鉄より固く、腐食、侵食が無いため、ランニングコストが良いそうだ。ちなみに王都は、魔法の壁と石壁が、町と城を何重にも囲んでいるらしい。


「門が開いたら、すぐに外に出て下さい。ご存知とは思いますが、3つ数えたのち、すぐに閉門します」


 え、そんなにすぐ閉めちゃうの? まあ、外は魔物が一杯いるんだから当たり前か。

 あと、僕は村の外から入ってきた事になってるから、門の事を知らないのはおかしいな。気付かれないようにしよう。

 思ったより速いスピードで門が開いていく。僕と兵士たちは、急いで村の外に出た。


「1、2、3、閉まります」


 ドーン! という音と共に、背後で門が閉まった。

 間髪入れずに、僕の前に散開して剣を抜き放ち、盾を構え、警戒を始める兵士たち。門の上の見張り台からは、弓を構えた兵士が3人、見守ってくれている。


「さあ、実験を始めましょうか」


 はい。では、目切り虫を探しましょう。


「いえ、探すも何も、ほら、来ましたよ」


 うっわ、早速(さっそく)か。はるか向こうから、3匹の目切り虫が飛んで来る。やっぱり村の外は危ないな!

 すごいスピードで迫る虫。兵士達たちが僕をガードするように数メートル前に立ち塞がる。

 いよいよ、虫と兵士の戦闘が始ま……あれ?


「え?」


 あまりの状況に、その場に居る全員、弓を放とうとしていた門の上の兵士まで、絶句した。


「凄いですよ、ノブトシさん!」


 目切り虫は、10メートル先で絶命していた。蚊取り線香って、こんなに効くんだ……! 

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