第14話 僕と決意
『どうする事も、出来ぬのだ』
だって、みんな死んじゃうんだろ? ちゃんと説明して、対策を……
『それはダメだ。他者の寿命に直接関わろうとすれば、自分の寿命と相手の寿命を、入れ替える事になる』
……どういう事?
『仕方がない。知恵の少なきお前でもわかるように、教えてやろう』
はいはい、有難うございます。
『例えば、お前は今日、兵士や村人たちの命を救った。これは、お前の力を使って〝寿命がまだある者たちを救った〟というだけだ。無い寿命を無理に伸ばしてなどいないのだから、何ら問題はない。これが問題なら、医者などの救命職の者は皆、自分の命と引き換えに仕事をしなければならんからな』
そうだよな。まあ、自分の命を掛けて、救命の仕事をしてる人もいるけど。
『ほほう。お前ごときが、良い所に気付いたな。他者の命に関わるというのは、それほど危険な行為なのだ』
でもさ、バドさん達に危険が迫っているなら、ちゃんと伝えて、自分の身を守ってもらうか、作戦を変更しないと。
『それが1番いけない』
何がいけないのさ?!
『まずひとつ。運命や寿命を変えようとしても、普通は変えられない。お前が何らかの方法で、明日、虫の討伐に行かないようにしても、さきほどの兵士たちは全員、それぞれ違った形で命を落とすだろう。寿命なのだから』
死神は、冷酷に淡々と続ける。
『そして、もうひとつ。その定められた寿命を無理に伸ばそうとするなら、自分の命との挿げ替えをする仕組みになっている。つまりお前が明日死に、あの者達の誰かが、お前の寿命の分、生きる』
え? え? 無理に寿命を伸ばしちゃ駄目って……お医者さんと、どこが違うの?
『まったく違う。医者は患者の寿命を伸ばしているのではない。病や怪我で死ななかったのは、医者が治療して回復する事も、すべてひっくるめた〝患者の寿命〟だ。例えどんなに瀕死の重傷を負っていても、どれだけ病に侵されていても、死なぬ者の寿命の炎は、赤々と燃えたぎっているのだ』
怪我人や病気の人でも、寿命があれば、放っておいても大丈夫って事なのか?
『わからん奴だな。放っておかれるような者に、寿命があると思うか。寿命があるからこそ、治療を受ける運命だし、救命される事になるのだ』
……あ、なんかわかって来た。ひっくるめたって、そういう事か。
ん? という事は、たまに命を落とす救命職の人って、寿命のない人に直接関わって、寿命が挿げ替わってしまったかもしれないんだな?
『やっと理解したか愚か者め。さらにお前の場合は、その寿命の挿げ替えすら、どうなるか想像もつかんしな』
え? どうして?
『おまえの寿命の炎は、燃えてはいるが大きさや色が不明瞭でぼんやりしている。何百年でも燃えるかもしれないし、今死ぬと言われれば、そんな気もする』
ちょっと! なんでそんな風になってるのさ?!
『こちらの神が、お前を救ったタイミングと、私がお前の魂を刈り取ろうとしたタイミングが絶妙だったのだろう。お前の運命と寿命は、他の人間とは全く違った状態になっている。祝福が1000以上も蓄えられる、元々の特異な性質と相まって、どちらかと言うと、人より神に近いな』
マジ? それじゃ僕、もしかして死なないかもしれないって事?
『いや、お前は死ぬよ。私が殺す』
あ、そうでした。
『とにかくわかっただろう。お前が兵士たちを救うことは、残念ながら出来ん』
あ、でもさ、お前は寿命が尽きようが尽きまいが、僕を殺せるんだよな。それに、寿命が尽きて死にかけていた僕を、この世界の神様は救ってくれたし。
『ふん。気付いたか。確かに、神は人間の運命を自由に出来る』
なにせ、神だからな。と言ってクスリと笑う死神。
『だが、私は死神だ。死は自在に与えられるが、生は与えてやれん』
じゃあさ、こっちの神様にお願いして……
『出来るなら、とうの昔にやっているだろう。この世界の神はお人好しそうだからな。だが、出来ないのではないか? 理由があって』
もしかして、まだ完全に復活できていないせいで……?
そうだよな。それが可能なら、僕が頼まなくても、この世界の人間を理不尽に殺させはしないだろう。
『まあ普通は、余程の事がない限り、神は人の寿命に関わる事は無いのだがな』
お前は僕に関わってるじゃんか、死神。
『竹脇延年。お前の件は、その〝余程の事〟なのだ。何千年に1度、有るか無いかのな。少しは自覚しろ、たわけ者』
あ、たわけ者は、初めて言われたな。そっか、僕は余程の事か。
『とにかく、寿命の事は、明日逝く兵士たちには絶対に言うな。お前にはどうする事も出来ないのだからな』
うーん。釈然としないな……バドさん達が死ぬのを、ただ見ているだけなんて。
「ノブトシさん、まだ起きておられますか? お邪魔してもよろしいですか」
あれ? バドさんの声だ。
はい、起きてますよ。どうぞ。
「どうですか、明日の出陣のまえに、一杯!」
バドさんは、酒瓶とグラスを2つ持って現れた。
あ、すみません。えっと、僕の故郷では、20歳を超えるまでは、飲酒はダメなんですよ。
「おやおや、それは失礼しました。少し待って下さいね」
暫くして、バドさんは果汁の入った瓶と、豆を炒った物を持って来てくれた。
僕の前にグラスを置き、注ぐ。
「私は失礼してこちらを……」
バドさんはお酒を自分のグラスに注いで、にっこり笑う。
「明日の戦勝を祈願して。乾杯!」
カンパイ!
カチンとグラスが鳴る。
「……私はこの村の出身でしてね。随分昔になりますが、兵士になる夢を追って、王都に移り住んだんです」
王都……ですか?
「おや。まだ行かれた事はないですか。この国の中心都市ですよ。ここより遥か南にあります。沢山の人々が住み、華やかなところですよ。私はそこで、念願の兵士になったんです」
昔、自分を魔物から救ってくれた兵士に、強く憧れたのだそうだ。
バドさんは、グラスのお酒を見つめながら続ける。
「5年前、この村の警備隊に志願したんです。やっぱり、生まれ育った所ですし、困っているのは、王都のように十分な兵と術者が居る所ではなくて、小さな町や村ですからね」
なんとしても、この村を守りたい。そう言って、バドさんはグラスのお酒を飲み干した。
「この村は、もう長くは持たない。村人には言えませんが、兵士たちはみんなわかっていました。防壁を直すにも、術者は補充がきかず、兵士も消耗する一方で、ジリ貧だったんですよ」
そこへ現れたのが、僕だったのだという。
この村の一番の敵、目切り虫を、一瞬で殲滅できる、まさに救世主の登場だった。
「私ね、この村に帰ってきてすぐに、幼馴染と再会しまして……結婚して、子どもも出来たんですよ。だから、この村は、命にかえても守らなければならないんです」
どうかよろしく頼みます。と、改めて頭を下げられた。
『竹脇延年。お前は稀に見るお人好しだ。だが、自分の寿命を差し出すような真似は、しないで貰いたいものだ』
もちろん僕だって、死にたくない。
……けど、この人を死なせたくない。
僕が、1000年に1度の存在なのだとしたら、明日、僕に出来る精一杯の事をしよう。
死神が言うように、僕が神様に近いなら、奇跡は起きるかもしれない。




