第四幕〜彼は、誰?
『君、大丈夫っ!?』
―――あぁ、ロランと初めて出会ったときを思い出す。
「おい、大丈夫か?」
―――薬草とりに裏山へ行って、猪と遭遇して。襲われそうになって、襲いかえそうと構えをとったら、ロランが颯爽と剣を構えて猪を倒してくれて。かっこよかったぁ……。
「おい?!」
―――あら、あたし妄想に入ってた。何よ、いいとこだったのに。
あたしはうるさい焦り声に嫌々現実に戻り、素敵回想という名の思い出から目の前へ視線を戻した。
「あ…………?」
―――声の主を見て、あたしは固まってしまった。ねぇ………ちょっと、ねぇ。
あたしとトイランの間には、細身の体格の少年がいた。トイランは気を失っているのか、何にも反応が無い状態で、彼の斜め後ろで横たわってる。少年は彼を気絶させたみたい。少年の身に付けている動きやすい軽装から判断するに、たぶん研修参加者だろうけど………その事実より、彼の外見があたしの目を引いた。だから、思わずガン見しちゃったわよ……。
「何だよ」
「何も」
怪訝そうにじっと見つめてくる瞳は、明るい茶色。それも同じだった。あたしは、彼を見ていられなくて視線をそらした。
―――あたしを助けてくれた人は、ロランにそっくりだった………あたしよりちっちゃいけど。それに、よく見ると、どうも同年代かそれより上には見えなかった。学院は基礎学校を修了した13〜18歳であることが条件。あたしは13で入って、いまは15。学院は学習期間が3年間で終わる。あたしより上はいても下はいない。彼はどう見ても14以下だ。声変わりもしていない。こうして落ち着いて考えてみたら、学院関係者でないと思い至る。だとしたら、誰?
この宿舎は、学院がすべて借りきっている。掃除などの管理も、借りている間はすべて学院側がするから、宿舎側が用意した人員とも思えない。
そして、醸し出す雰囲気といい、まとう色彩といい、見た目といい………身長以外、あの日のロランがここにいた。
―――なら、まさか。まさかまさかまさか!!有り得ない………有り得る?
あたしは、心ん中でゆっくりと息をはいてどうにか頭を落ち着かせようとした。落ち着くために、まずなぜこうなった状況を振り返ってみることにした。
―――あたしはトイランに殴られそうになって、逃げ遅れたから、咄嗟に防御をとろうと両腕を胸の前で交差しかけた。間に合え!
思わず目をつむり、来るだろう衝撃を待った。しかし、来ない。
「待て!」
という声が聞こえた。
あたしは、あれ?と目をおそるおそる開けて、
「………………」
目の前で、金色をした短い頭髪を持つ背中が、トイランをあっという間にのした様子が視界で繰り広げられていた。あたしは思わず、昔のあの光景に重ねてしまった。
「………………」
―――その様子は、あたしにロランとの出会いを思い起こさせるには十分だったのよ。だから、あたしの素敵回想という名の妄想の扉が自然と開いた。
とまぁ、そこへ幸せな妄想に浸ってたところを邪魔され、なによ邪魔しないでとばかりに彼を見れば、ロランに(身長以外)そっくりな外見を見て固まって、今に至ると。
「なぁ、あんた、怪我ないか?」
と、見た目ロラン少年が様子を確認するように聞いてきた。その声を耳にして、ロランの声変わり前はこんな声だったのかなって、また素敵妄想の扉を開けかけてしまったじゃないの。
「えっ………と」
すぐにぼうっとしてしまいそうになる頭をどうにか動かして、体を確認する。怪我は、ない。当たり前よね、この子が助けてくれたんだから。
「…………っ、」
にやけてきそうになる顔を止めるために、舌を軽く噛んで、痛さに顔を少ししかめていると、本当に大丈夫かと少年が聞いてきてくれた。その優しさが、またロランとだぶって、胸がしめつけられた。こう、ぎゅうって。だから。
「え、痛いのか?大丈夫なのか?」
少年があたふたと戸惑いながら、あたしに近づいてきた。違う。違う、痛くはないの。痛くはないの。あなたにまた会えた嬉しさで―――…………。
神様、いるのなら。感謝、します。
ロランなのか、違うのか。わざと濁してます。