第三幕〜人と協力をすることも大切なんだけど?
『エリザ、僕は来世できっと必ず君を幸せにすると誓うよ』
『ロラン………!』
『必ず君をすぐに探しだすから、それまで待っていてほしい』
―――それは、心中直前、まさにいざ飛び込まんとする前にかわした最後の会話の一節。
あのときのあたしは涙ながらに頷いて、自分の恋人はなんて情が深いんだろうと感激して。
『すぐっていつよぉおおおおっ!!』
―――そのことに気付いたのは、エリザ+5年、テルザ5歳の時だったわよ。“すぐ”って“いつ”なの、だなんて。曖昧だったのに、気付いた。“いつ”まで待ちゃいいのよって。そうしたら、嫌でも冷めちゃってさ。何にって?恋よ、ロランとの身分違いの恋。なんであんな恋をしちゃったのかって。
―――結果的には約束は果たされていない、いまだに。まだ、ロランは、迎えには来ていない。
そしてあたしは“今度こそ楽しむテルザ人生計画”なるものを練り始めたわけ。ずるずると、頭の半分でロランの迎えを期待しながら。残りの半分で、ロランを諦めながら。
……まだ、あたしは振り回されてる。ロランに、昔の記憶に。振り回されたくないのに。あの石碑が、悪いのよ。あれを見るまではどうにか蓋をできていたのに。そして、とどめの原因はあれ。あたしを過去に嫌でも結びつける原因は―――あんただ、ばかトイラン。あたしを結びつけやがって。結びつけたうえに、あたしをここまで怒らせたあんたが悪い。
まぁ、とにかく。
「な、なんだよ!」
と、トイランは後ずさりしながら、あたしを睨んでるんだけどね。ふふふ、怖くないわよ?そんな顔しても無駄よ?
「まだわかんないー?」
あたしはにたぁりと鼻で笑ってやった。トイランがさらにしかめっ面になった。
ここは、宿舎の裏の庭。ちょうど、人の背丈くらいの木が何本か集まってる木立があってね?そこ、実は宿舎からは死角になっててね?
―――ちょうどいいのよ、他の人の目を気にせずに相手をするのにねぇえ!
何をするって?決まってるでしょう。
「俺に何するつもりだ!」
と、わめいてトイランはじりじり下がり、木と衝突した。態度はでかいけど、焦ってるのまるわかりよ〜?
「説教よ」
―――まず、その坊っちゃんな態度を。他にも、言わずもがな。
「なんで俺が!」
「なんで、って?」
―――あら、さっそく自分が何にもわかってないことを、自ら宣言したわね。言質、もーらい。
「あんた、あたしがこの間やさーしくいってあげたこと、もう忘れたのかしらね?」
―――さぁ、あんたはなんて返事をするか教えてちょうだい。
「お………おまえ、女の癖に、生意気だぞ!!」
と、トイランは顔を真っ赤にして叫んだ。……それを聞いたらふつふつと怒りがわいてきたわよ。逆に、思考は冷えていく。
「あんた」
男尊女卑、それはあたし……エリザとしてのあたしがいっっちばん大嫌いな言葉。ついでにそんな考えをするヤツは輪をかけてだいっっ嫌い。
「この時代にそんなこといってんの」
あたしは、無意識にトイランとの距離をつめた。トイランは、きっとあたしを睨み付ける。でも、あたしの方が大きいから、怖くないわよ、御愁傷様。
あたしは、トイランを見下ろした。どうしても、あたしの方がでかいから、こうなる。
「あんたそれでも、跡継ぎなの。男の方が優れてるって考えをするあんたが、お店を預かるの?店ってのは、男女関係なく働く奉公のおかげで成り立つのよ。経営ってのは、彼らと二人三脚よ、一人ではなにもできない。人に何をしてもらうも当たり前なあんたが、人と協力できるの?すすんで力をあわせられるの?」
―――少し古い言葉だけど、わかるわよね?
トイランは、今にも頭からもくもくと湯気を出して走り出しそう、蒸気機関車みたいにね。握りしめる手も赤いし、何より唇を噛み締めすぎて血が出てる。
……あぁ、手遅れだったのか。
「わからないなら、あんたはこのままお店を継げば必ず潰す。身代はあんたで終わる」
200年の時間は長かった。働かざる者、食うべからず。それもわからないやつが、人と協力をすることもできないやつが、跡継ぎなんて。
―――こんなヤツに怒ってるのが、バカらしくなってきた。
それでも、あたしは言葉を続ける。
「あたしのいってること、わからない?働かざる者、食うべからずっていったわよね」
―――社会に出て働く者が覚える基本中の基本。
「もし、お店がなくなったらって考えたことない?そしたら、誰があなたを食べさせてくれるの?答えは誰もしてくれない。頼りになるのは自分だけ」
―――なんて、甘ったれ。なんて、お馬鹿。
あたしは、だんだんバカらしくなってきた。さっきよりもさらに、バカらしくなってきた。あたし、こんなヤツに怒ってたの?
あたしは、すごく体がだるくなるのを感じてたから、反応が遅くなってた。
「この――っ!」
―――だから、言い過ぎたことに気付くのも遅かったし、トイランの拳があたしのみぞおちに向かっているのに、逃げれなかった。
「待て!」
―――だから、第三者にも気付いてなかった。