第二幕〜働かざる者、食うべからずよ!
主人公、耐えましょう。
『次、会えなかったらどうしよう?』
『会えるよ。僕は必ず君をは探すから』
『ロラン……!』
―――生前、何度もかわした会話。
不安だったあたしは、よくロランに心境を吐露した。そんなときはたいてい、ロランがあたしの両手をおっきな両手で包み込んで、励ますように、まっすぐな目で一言一言力を込めていってくれたものだった。
そんな約束をかわしたから、あたしがいまも死んだままなら、きっと未練たらたらで出てしまったかもだけど。何しろ、一緒に逝くつもりしてた相手が、生き残った挙げ句他の女に手ぇだしてピーしてピーして、子どもまでつくっちゃったからねぇ?
まぁとにかく、エリザであるあたしは、こうして新しい人生を生きてるわけだから、あたしの幽霊は出るわけないのよ、絶対に。だって本人がここにいるんだから!
―――トイラン、あとでツラ貸しなさいよね、ツラァ!!
と、心ん中で、ここにいないサム・トイランに向かって指を立ててやった。
……どんなヤツか知らないんだけど、実は。会ったことも聞いたこともないから。でも、まだ見ぬトイランは、あたしの怒りのツボってのを巧みについてきやがったのは、確かだ。
本人、いまどこにいるかわかんないけど、あとでツラ貸しなさいよね?名誉毀損で神誓裁判に引っ張り出してやろうかしら、うふふふふ。
「フランさん?」
あれー?と首をかしげるグレンベルグをとりあえず撫でておく。やべ、怒りのあまり妄想に花開いてた。「???」
すごい小柄なグレンベルグがあたしを見上げる。う、かわいい。その仕草はとても女の子らしくて、うらやましかった。あたしはいまも昔ものっぽでひょろんひょろんしてるし、いまも昔もかわいいというごくに無縁だったから。
「どしたの?」
なおも首をかしげるグレンベルグ。少し不安げだ。あたしは安心させるように再度頭を優しく撫でてあげた。あんたは、悪くないのよ。悪いのは、トイランなのよ。さぁ、あたしをトイランのとこへ案内してね?
「ねぇ、トイランはいまどこ?本当なら、レポートのネタになるわ。あたし、いま悲恋碑のふたりの話をレポートの題材にしてるの」
参考にさせてもらいたいから、と嘘でてっかてかに塗り固めた笑顔で、グレンベルグに笑いかけた。
ふふふ、さぁ、トイラン?どうやって、あんたにお仕置きをしてあげようかしらねぇ??
―――点呼もすんなりと終わり、晩御飯の時間になった。各自、事前に決められた班ごとにわかれて、簡単な調理を始める。湖畔沿いに建てられた宿泊施設には、食堂はあっても、今回は使用されない。かわりに、広い調理室が晩御飯の調理の場となる。本日の晩御飯はサラダとシチューだった。毎回調理の内容は決められていて、自分たちで好き勝手しないように引率の教諭が見てまわる仕組みだ。
「――いっちょあがり!」 班長であるあたしの合図で、班員たちがてきぱきと皿等を用意し、セッティングを素早く済ませた。さすがあたしとグレンベルグがこの3日の間、叩き込んだ甲斐があったってもんよ!グレンベルグも、ほわほわかわいらしい見た目とは裏腹に、結構動けるのは皆驚いてたけどね。絶対動けないと思ってたのに!と驚いてたのを絵におさめたいくらい、それはそれは滑稽な顔をしていたわよ。
そんな、あたしとグレンベルグ以外の班員は最初の頃、みーんなうろうろしたり、壁の花になったりで“指示まち”だった。社会で生きていくには、自ら動くことが大切なのよ。だから、指示まちなんてしてたらあっちゅーまに、く、び!なわけ。……でも、一人だけ、反発する男がいた。いまもそいつは、他の人が、別の班員のためにセッティング、用意した晩御飯を横からくすねている。
「しっかし」
――まさか、その班員が例の“トイラン”だとは思わなかった。あたしは、グレンベルグと違って人の顔と名前を一致させるのが得意じゃあないのよ。それが見事に自分に跳ね返ってきたわけね。反省。
……あたしたちの通うヒューリア学術学院は、平民に門戸を開いた“生きていく上で必要な”ことを学ぶことに重点を置いた学術学院なのね。生きていくに必要な学問――どんな仕事につくにしても、必要となってくる計算術のワンランク上の学問や、各分野の専門用語等の学習、そして必要最低限な社会のルール、マナーを学ぶのよ。7才から12才までの、誰でも入れる基礎学校を修了した生徒なら、18歳までなら誰でも、試験にさえ受かれば入学できるのね。
……こういってしまえば聞こえもいいんだけど、実際にはお金に余裕のある、商家の跡継ぎなボンボンや嫁ぎ先の決まったお嬢ちゃんたちが、箔付けや嫁入り修行のためにやってくるのが6割、残りが学院の奨学制度に合格した一般の子達、あたしみたいな一般の階級出身の騎士の子どもや、グレンベルグみたいな一般の官僚の子ども達。
トイランも、例に漏れず将来を約束された“跡継ぎのボンボン”だった。箔付け、なわけね。あたしやグレンベルグみたいな一般の階級出身の子達から見たら、なめてんの?な学習態度で、何をするにもぼさっとあっちへふらふら、こっちへふらふら。自分がしなくても、回りの人がやってくれると考える典型的な“甘やかされた坊っちゃん”だった。こんな子が同じ一般の階級出身だとは、恥ずかしくて申し訳なくなる態度だった。
まぁ、その時は腹が立ったから「働かざる者食うべからず!」と、教育的指導をさせていただきましとも。暴力じゃないわよ?反省してもらうのに、怖がらせては意味無いからね?
―――と、手抜きしたのがいけなかったようなの。やつは、なめてかかってきやがったわけよ。
学院では年に一回、最終学生の実地研修を行う。ここでは必ず毎食自分たちで作るという決まりがあり、食事後の片付けももちろん各自で行う。
――何事も、一度関わるなら、些細なことであれ大事であれ、最初から最後まで責任をもって全力を尽くす。
これが我が学院を創設した人の言葉であり、学院の生徒ならば常に“意識”していることだ。
だというのに。やつときたら、退学にならないのがおかしいくらいなのよ。まぁ、実際に教諭のいないところ、見ていない聞いていないところでやりたい放題やってる。だから、さっき横からとられた班員も怒りに震え、教諭でなくあたしの方を見て「あれなんとかして」と目で語りかけてくる。あたしはそれにうなずき返し、トイランを見た。
やつは、ふうふうと息を吹き掛けながら、木の匙にすくったシチューをいままさに口にしようとしていた。のんきに、人様が苦労して、汗水かいて調理した品々を、自分が食べるのが当たり前のように。何にも疑問に抱かずに。それが間違ってる行為だと気づかない。
「…………」
あたしは、こいつがトイランだとわかる前から、すでにこいつに腹が立っていた。また、こいつがトイランだとわかる前から、トイランに対してはらわたが煮えくり返っていた。
つまるところ、あたしはこいつに対して怒髪天をつくくらい、怒りの感情をおぼえていた。許されないことを、あいつはしたのよ。
―――働かずにのほほんと、人様のを横取りして食べることが当たり前なヤツに、お灸をすえても文句はでないわよね、ねぇ?
耐えきれなかった主人公、怒髪天。怒り爆発。