第二十一幕〜イマナンテイイマシタ。
「でも……ねぇ」
テッサの話は突拍子もなかった。王子サマが会いたいそうです、といわれてはい会いますなんてすぐ答えが出るなんて思う? 普通思わないわよねぇ。
だから、ひとまず保留ってことでテッサには帰ってもらったのよ。テッサね、お兄様からこのこと聞かされて、大変! となってすぐさまあたしに知らせてくれたんだって。だからあんな中途半端な時間になったそうよ。そりゃ、大変よ。
「テルザ、今帰った」
「お帰りなさい、父さん」
あたしの父さんは騎士だ。騎士団の一部隊の副隊長を任されてる。代々騎士ってわけでもなく、あたしが生まれる前に死んだ父方の爺サマは学者だったし、母方のまだ存命の爺サマは現役を退いたお医者サマだ。
「うむ」
父さんから荷物を受け取り、片付けて玄関の戸の戸締まりを確認、弟を部屋から引きずり出して(昼寝というか夕寝をしやがるのよ)晩御飯の席につかせる。滅多に父さんとは同席できない。たいてい、あたしたちが寝る前の時刻に帰宅するのよ。だから、いつもなら父さんの晩御飯は用意するだけ。でも、今晩は違う。前日から揃って晩御飯を食べるといわれてた。
だから、何かあるのかなーとか思ってたんだけど。
「テルザ」
「はい?」
父さんは、食事中は喋らない。答えはマナー違反だから。けど、必要と感じたときは話す。今がそうなんだろうとあたしは耳を傾けた。
「見合いをしなさい」
「ぐふぉっ」
「顔を拭きなさい」
父さん、今なんてイイマシタ。イマナンテイイマシタ?! 思わず吹き出したわよ、お口の中を!
「姉さん見合いするの? 姉さんまだ学生だよ」
オーリーは父さんの前では姉ちゃんではなく姉さんと呼ぶ。そしてまともな発言だった。きちんと事実をいってた。そうよオーリー、姉さん学生よ。
「もう最終学年だ、いい話がある」
父さんの続く爆弾発言に、またもやあたしは吹き出しかけた。寸前で止めたからむせたわよ。
父さん。最終学年だからってイコール見合いにならないと思うんだけど。
「父さん」
ごほごほいいながらあたしが声をかければ、父さんは相変わらずな無表情でこちらを見た。母さんと大恋愛した経歴を持つようには見えない。
「あたし、働きたいのよ」
そう、働きたい。エリザ(享年二十歳)ん時に出来なかったことをしたいのよ。エリザん時は農家だったから、農家以外の仕事がしたいのよ。
「結婚は何年間か働いたあとでもいい。まず見合いをしなさい」
父さん、今なんて?
「見合いときたら即結婚とかじゃないの?」
「違う」
え、ようするに……、
「婚約のため、結婚前提の清いお付き合いだ」
結局ゴールは結婚かい!
「見合いは決まっている」
「…………」
オーリーがフリーズした。おい、弟よ。それは姉ちゃんの行動だ。姉ちゃんがフリーズしたい。
「娘の許可なしに勝手に決めんなぁああああああ!!!」
――だから、おもいっきり叫んだわよ。声に出して。
散々な晩御飯のあと、あたしは片付けをオーリーに押し付けて自室にこもった。
「テルザ」
ノックと呼び掛け。父さんだ。
「……」
返事しないわよ。大人げなくともね。
「返事をしなさい」
「……」
だから返事しないわよ。
「返事をしなければ、戸を蹴破る」
――どごぉん!!
「待った待ったちょっと待った!!」
父さん、宣言してすぐに蹴破ったわよ?! 返事待ちなさいよ(しないけど)! 戸の修理いくらかかると思ってんの?! この家賃貸よ!!
「とうさ」
「お前が嫌がるから話は先に通した」
「ダメでしょ!!」
「先方が乗り気だ」
「あたしは乗り気じゃないし!?」
「でも身分の都合上、断れん」
「断ってよ?!」
「先方は貴族だ」
「はぁっっ!?」
「父さんは娘をやりたくない。しかし相手は貴族だ、断れん。すまん」
と、父さんはあたしを抱き締めて背中をさすった。父さんは横にも縦にもでかいから、あたしはすっぽりはまる。
「けして、父さんが乗り気ですすめたわけではない」
あたし、誤解してたの?
「だから、嫌がってもいい。会うだけ会って断ればいい。当人同士が気が合わなければいい」
父さんいわく、見合いが乗り気でなかった。しかし先方が乗り気らしい。どこかであたしを見初めて、あたしに会いたいと申し出てきて、学生だとうやむやにしたかった父さんの思惑とは裏腹に、先方はならばと、卒業したあとの婚前の清いお付き合いを申し出てきてた。父さんは無理に断れなくなった。そして口下手な父さんはうまくいえずあたしと喧嘩した。それが真相だった。
「で、どこの貴族サマよ」
「いまはまだ貴族ではない」
……はい?イマナンテイイマシタ、トウサン。
「貴族サマじゃなかったら何サマ」
「王族さまだ」
「……………………」
どこで見初めたのよ?!




