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第十六幕〜あたしと、神官長と―後編




「…………」

 床、壁、天井、テーブル、椅子。いずれもすべて木製。なら、暖かみがあって癒されるんじゃないの? そう思うわよね、普通。テーブルの中央に、可愛らしい野に咲く花も飾られてるし、本当に素朴な癒しの一室……なんだろうけど、こんな現状じゃなければねぇ。

 あたしは、逃げ出したくなる現状にもう一度目を向けてみた。

「うふふ、そう固くならないでね?」

と、にこやかに微笑みながら手ずからお茶を入れ始める神官長。すごく手慣れた手つきで、5人分のティーカップに暖かい紅茶を注いでいく。……神官長みずから、よ。このままずっと呆けていたかったわよ。でも、湧いて出てくる疑問が止まらないのよ。

 ………ねぇ、いいの? 神官長みずからお茶の用意をするって、いいの? 侍従とかはいないの、控えていないの??

(あ……、いない………?)

 あたしは室内を隅々まで見るけど、あたしたち四人と神官長以外に誰もいない。誰も、控えていないのよ。どこをみても、いないのよ。

(え……? 何で誰も控えていないの……)

 神官長って、国王に並ぶ権力者なのよ。唯一国王の命を跳ね返しても文句いわれない立場なのよ? 神官長みずからお茶を用意するって―――国王がみずからお茶を入れることに等しいんだけど! それに、そんなお偉方の側に誰も控えていないなんて……プライベートなわけ、ここ? 非公式? いやいや、それでもいるでしょ、一人くらいは!

(まさか、あたしが死んでた二百年の間にそんな風に変わったとか? 位高い人でもみずからお茶入れて、客人をもてなして? しかも誰も控えずに? そんなまさかねぇ)

 あたしは他の現代に生きる三人を見た。

「…………」

 我が弟は固まってて、

「…………?」

 信仰熱心なテッサは、あたしと同じように戸惑ってて、

「……………」

 職業柄神官長と接することが多いであろうゲイルズ教諭は、諦めの境地に達したような表情を浮かべてて。

 ………えっと、ようするに………あたしの最初の考えであってるのね? で、ゲイルズ教諭は慣れちゃってて、そして悟りを開くぐらい諦めちゃってるわけ? まさか、いつものことなんていわないわよね?

「……………」

 まぁ、とにかくまずは頂こうかしら。にこにこ微笑みかけてくる神官長の為にも。………、神官長がみずから入れてくださったお茶なんて今しか飲めないでしょーから! もうやけよ、あたしも悟りを開くわよ!!

(心臓に悪いけど)

 ティーカップを持つ手なんか震えるんですけど。だって、国王に並ぶくらいの人がみずから入れてくださったお茶よ!

―――カタカタカタカタカタ

「………………」

 弟よ、落ち着け。決して割らないでよ。すっごく震えてるんだけど、落とさないでよ?!

「うふふ、若いのですねぇ」

 ほら、見られてるわよ、オーリー! 頑張んなさい!

 ……しばらくの間、神官長に暖かく見守られながら(?)あたしたちはお茶を飲み干した。神官長は「急がなくていいんですよ〜」とかのんびりいってたけど、国王と並ぶ地位の人に見つめられながらお茶を飲むって、本当に疲れるのよ……急ぎたくもなっても仕方ないと思わない?

(にしても)

 少しずつ冷静になりつつある頭で、あたしはひとつ気になることがあってね。

(確か、ゲイルズ教諭はあたしたちを迎えに来るつもりだったのよね)

 そして、神官長に引き合わせる予定だった、らしいのよね。(正確な時間がわかっていたかのようなお茶の温度、そして人数)

 実際、何人来るかなんてピッタリわかるものなのかしらね? そして、お茶の温度。あまりにも飲むのに適温だったわ―――不自然なくらいに、ね。

(あたしたちに会う理由は、確か………トイランの件)

 あたしは、その理由を“ゲイルズ教諭が、神官長に相談したという推測”に関係があるのかしらって考えてたのよ。じゃないと、国王に並ぶ神官長が直々に一般の国民の裁判に顔を出すなんてありえないことの説明がつかないのよね。そもそも神誓裁判は、主に経験豊富な中堅の神官が担当するから、神官長が直々に担当する仕事でもないし。

「………」

 あたしは、神官長を見た。気づいた神官長が微笑みながら見つめ返してきた。………緊張するけど、あたしはどうにか気を持ち直した。いくらエリザ+テルザだとしても、こんなに高位の人に会うのは初めてだから緊張しても仕方がないと割りきってみたのよ。女は度胸よ、度胸っ!! さぁ、腹を括ろうじゃないのよ!

「あら、どうしました?」

 ……覚悟する直前に先手とられたーっ?!

「わたくし、あなたにお伺いしたいことがありまして、ね?」

 うふふ、と柔らかに微笑みかけてくる表情は変わらないのに―――あたしは、今蛇ににらまれたカエルの気分を味わっていた。背中に汗が一筋垂れていくのがわかる。

「………」

 何なの、この威圧感。

「トイランくん、でしたっけ? 確か――サミュエル・ダレン・トイラン。トイラン商会の跡継ぎのお坊っちゃま。あなたに指摘された事実を認めることのできなかった彼は、その感情をあなたを貶めることで消化しようとしました」

 いつのまにか手元に現れていた、湯気をたてるホール型のチーズケーキを切り分けながら神官長はすらすらと話を進めていく――ほんっと、どこから出てきたの?! 側にはお皿まであるんだけど! しかも……枚数増えてるわよ、二人分も!?

「その無理ある訴え、しかし彼の父君はすんなりと受け入れました。彼に正しさは認められません、けれども父君は認めてしまいました。彼に非はあらず、と」

 ケーキを皿に切り分け、とぽとぽと二人分のティーカップにお茶を注ぎ始めた神官長。………ほんっと、どこから出てきたの?? この人、まさか神官長でなく手品師でしたーとかじゃないでしょうね?

「そんな無理ある訴え、ゲイルズくん一人で解決できたのですが」

 ケーキをのせた皿を配りながら、神官長はゲイルズ教諭を見た――視線を追ってあたしも見てみれば、ゲイルズ教諭は「仕方ありませんねぇ、また」みたいに苦笑してて………まさかこれもいつものことなの?

「本来なら、それで終わるはずだったのですがね?」

 神官長はあたしを見た……真っ向から。

「………」

 あたしがごくりと唾を飲み込むと――左右からドタン、バタンという音がした。反射的に左右を見れば、テッサとオーリーがテーブルに顔をつけて眠っていた。ゲイルズ教諭もだ。

「これより話すべきは、当事者以外の耳に入れたくありませんのでね」

と、いたずらを成功させた子供のような笑みを浮かべた。


「わたくしに、神より託宣が下りました。要約すれば、“探し人を見つけたくば、トイランの裁判に顔を挟め、さすれば道は開かれる”と」

「………」

――いったい、何が起きているのよ?

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