幕開け~かち割りたい。
ありとあらゆる生きるいのちは、限りのある生きざまを終わらせたあと、どこへ行き着くのだろうか。
―――と、昔のあたしは常々思ってた。
その問い、今では答えられるんだけど、ね。でもね?
「新しい生が待ってたってあり?」
はい、答えあわせ。
じゃじゃーんっ!おめでとうございます、あなたには別の生が待ってましたーっ!
なにそれ宝くじあたったの?な展開が待ってましたー、が答え。
んなわけあるかいと、なるわけで。でも、そんなわけがあったんだ、悲しいことに。
なんで悲しいかって?宝くじ当たりました的な展開のどこが悲しいかって?嬉しくないのかって?普段なら嬉しいわよ。てかひいた覚えないし、こんな宝くじ!!
じゃあ、何が悲しいのかって?
決まってるじゃない、そんなこと。
「…………」
今、あたしはメーレンランドという地方にある、メーリアという湖の湖畔にいるんだけど。もっというと、メーリア湖畔公園にあるメーリア湖名物“エリザとロランの悲恋碑”とかいう、3メートルは余裕で越えてるんじゃないのってくらいでかい縦長の石碑の前に立ってるんだけど!
「……かち割りたい」
と、思わず呟いちゃうくらいにショックを受けてるわけで。ほんと、この石碑をかち割りたい。真っ二つに!
「なんでこんなのがあるの……!」
それにさ、思わず出ちゃう声なんか、地獄から這ってきたような声でさ、聞いたら赤ちゃんショック死しない?ってなぐらいの凶暴ボイス。あたしまだうら若き十代の乙女なんだけどぉお!!
精神年齢は、プラス二十歳のおばはんだけど?何か文句ある?
あら、脱線したわね。ま、これが悲しい理由の原因なわけ。この、ふざけた石碑がね。あたしが悲しい理由を作ってる原因のひとつにして、最大の原因なのよ。石碑のくせに、あたしにひとつの悲しい事実を否応にも突きつけてきやがってるのよ。認めたくなかった現実を、事実って認めさせんの。
「こん、のぉ、せぇ、きぃ、ひぃ、がぁああっっ!!!」
―――って叫んでもいいわよね?いいわよね!!
あたしは、石碑(悪認定)に掘られた字に指を這わせた。ざらざらな、風化した岩の感触が、結構年数が経ってんだぜーと無駄な知識を教えてくる。ああ、あまりにも腹が立つから指にすごい力が入る。怒りから震えてきたじゃないの。今ならスプーンの柄を真っ二つにできるね!金属じゃなくて木ね。スプーンていうより匙ね。別にいいけどね。
それでさ。その内容がさぁ!掘られた内容があっ!
「サーマンサセット領の百姓トマスの娘エリザ、サーマンサセットの領主アルフォンスの息子ロランとここに眠る、だぁ……?!」
―――エリザは眠ってねぇよ!!
あたし、テルザ・フランには生まれる前の記憶がある。正確には、サーマンサセット領のトマスの娘エリザが、死んだつもりが気づけば薄暗いんなかにいて、蹴りまくってたら赤ん坊として産み落とされちゃって、今に至る。蹴りまくってたのはテルザママの腹で、薄暗いんなかはテルザママの腹のなか。確かに、ロランと手ぇつないで逝ったんだけど?この湖にぼちゃん、はいさようならエリザの人生しちゃったんだけど。そしたらなぜか、こんにちはテルザの人生しちゃったんだけどぉお!!
「誰か、説明しろやああああ!!」
あたしの心の底からの雄叫びが湖畔の森に響き渡った。そしたらカアカアとカラスが返事した。うるさいカラス。今も昔も変わらずうっさいわ!少しは進化しろーっ!
「ねーえ、おかあたん、あのおねえたん」
「しっ、指差しちゃ行けません!」
「……、ふっ」
―――これ、小さなガキ、母親、あたしの順番ね。
声がしたなーって振り向けば、いつの間にかハイキングな親子連れがいたのよ。気がつかなかったわよ。
小さなガキんちょなんか、すんごーく純真な真っ白しろな、まだ何色にも染まってないオメメでこっち見て、あたしを指差すの。あたしにはあんな子供時代はなかった。エリザのからだん時はあったけど、テルザのからだになってからはないねー。てか、ねーえ、母親。なに子供に仕込んでんのよ。
―――もうひと雄叫び、いいかしら。いいわよね!いいのよ!!
げふん、あーあー、声の調子よし。なら、さんはい!いっせーのーでぇぇ!!
―――あたしを変態扱いしてんじゃねぇわよぉぉおおおっっ!!
………まぁとにかくさ。もう一度生まれたことを神様なり何なり様に感謝した方がいいかもしんないけど。できないって、こんな気分になるならもう一度生まれたくなかった。もしくは、完全にまっさらな状態で生まれたかった。
ほんと、なんで記憶なんかあるんだろね?いらないよね?それとも、エリザん時に、まだまだあった寿命を自分でたっちゃったバツ?
記憶なかったら、この現実を受け入れなくてよかったのにさ。
エリザだった昔のあたしは、叶わない身分違いの恋に絶望した。相手とともに、この湖の崖(場所ははっきり覚えてない)から湖へ飛び込んで、いのちをたった。あたしたちは、身分違いの恋をして、その場のノリで若いいのちを無駄に散らせた。残された家族が、どうなるかなんて、考えずに。
今はエリザでありテルザでもあるあたしは、テルザとして生まれたとき、最初こそ感謝してた。今度こそは悲劇の恋愛の片棒を担がないって。家族に迷惑かけないって。エリザの頃の記憶なんて蓋をして、エリザであるあたしはテルザとして、今度こそ楽しんで人生を全うしようとした。ほんの、さっきまで。
通う学院の、実地研修とやらで遠出をして、この湖畔へくるまでは。むりやり蓋をしていた記憶は、その行き先の地名を見たとたん強制的に飛び出して、溢れかえった。
――愛しのロランと、来世での愛を誓っていのちを散らせた、今のあたしにとっては鬼門の土地。
「もう、やだ」
――なんで、こんなに詳細に記してやがるの、石碑は。
石碑には、心中のくだりがここまでする?ってくらい、再現されていたわけ。
それによると、あたしは、即死だったらしい。高いところから湖へ落ちたのに、うまく湖へ落ちれなかったから、岩場に頭を打ち付けて。
あたしたちは、互いの左手首と右手首を永久の愛の象徴の真っ赤なハンカチで結んでいた。右手首はあたし、左手首はロラン。左側のあたしが岩場に頭を打ち付けたから、右側のロランはあたしに引っ張られる形で落ちて、岩場に落ちたあたしの上へ被さるように落ちた。だから、ロランがあたしに止めをさしたようなものだったらしい。……あたしが重くて、引っ張られたんだろうって推測されてる。
そして、次のくだりが、あたしが石碑を壊したくなる原因なのよ。
「生き残ったロランは、終生エリザの冥福を祈りながら、子孫とともに暮らしたあと、希望によりこちらに埋葬された……ってぇぇえ!」
あれから200年くらい経ってるから、ほんとかわかんないけど。
―――おい、ロラン。あんた、あたしを裏切ったなあああ!!他の女とピーしてピーして子供までこしらえたんかぁああ!!