第十一幕〜夢よね
久々に主人公視点。
――――あたしは、あぁ、夢を見てたんだなって思ったのよ。これは夢なんだって。
だって、ねぇ?
『…………』
夢の中で、あたしはかつてのあたしの姿に戻っていた。
視界に映る肌は、日焼けするとすぐ赤くなる白い肌だったし、身に付けていたのは、最後の日にウェディングドレスのつもりで着た、真っ白なワンピースだった。髪だって、一房つまんで顔の前に持ってくれば、テルザの木の肌のような濃い茶色のストレートの髪ではなく、くるくると巻いた夕陽のような赤毛だった。
―――そして、極めつけにあたしの体は透けていて、腕を透かして地面が見えたから。
『…………』
夢の中のあたしは、完全に“エリザ”の思考だった。
今みたいに、多少は過去が吹っ切れた“エリザ+テルザ”ではなく、完全にエリザだった。
『どうして』
―――どうして、あたしを裏切ったの。どうして、迎えに来てくれないの。あぁ、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。あぁ、許さない、許せない。許せない許さない許せない許さない、許さない。
感情が、迸る。段々、溢れ、止まらない。
―――ユルサナイ。
だから、目の前にあの石碑があるのを見て、気持ちがもっともっと暗くなっていって、どうしようもなく怒りが湧いた。感情が、すべて怒りに染まる―――どろんどろんとした、粘りけのある感情。剥き出しの、生の感情。
その怒りの感情がねっとりとした動きで渦巻くまま、あたしは石碑に触れたんだけど。
―――パキン
すると、あっという間にあたしが触れたところからヒビが入って、石碑は一瞬にして崩れ落ちた。ものの見事に瓦礫と化したわよ。
『…………』
…………あたしは、“夢だから”石碑が壊れたと思うことにした。だって、あたしここまで怪力じゃないもの、えぇ。
しばらく呆然としていたら、ふとこちらを見る目線を感じた。すると、パキって小枝かなんかを踏む音がした。あたしは、音がした方―――後ろを振り返った。
『…………』
―――そこには、林に隠れているつもりらしいナタリー・シーリーがいた。
何故かこっちを見る顔は、蒼白を通り越して土気色で、あ……とかあぁとか変なうめき声を出していた。
『…………』
あれ、気づかれていないつもりなのかしらね?ゆっくり、まだ後退ってるけど。
『…………』
あたしは、ナタリー・シーリーに微笑みかけた。あ、これ本当に微笑みかけてんじゃあないのよ?
…………あまりに腹が立つ扮装をナタリー・シーリーがしてるから、笑えてきてアホらしくなったのよ。あぁ、こいつバカだぁって。何してんのって。
『…………』
だって、ねぇ。ナタリー・シーリーはね?あたしの格好をしているんだもの。今のあたしの格好を。赤い巻き毛のカツラに、真っ白な袖無しのワンピース。
…………何をするつもりなのかしらねぇ。
あたしに、あんなことやこんなことをしておいて。まだ、懲りないのかしらねぇ?
あたしは微笑みを顔に張り付けたまま、ナタリーに近寄った。すぐに近付けた。あら、体が軽いわね。以外と距離があると思ったんだけど。あたしは、ナタリー・シーリーに手を伸ばしたわ。
『あんた、あたしの骨。勝手にあんなことに使ったやつよね』
にっこりと笑ってやったわ。
『なんで、勝手に墓を暴いたの?』
優しく微笑んでやったわ。
『そんなことをしていいわけないわよね』
でも、目は笑えないわよ。
『あたしは許さないわ、決して』
もうすぐ、あたしの手が彼女に届く。
『許さないわ、私を裏切ったロランも。あたしを冒涜した、あんたたち子孫も』
あんたは知らないでしょうね。あたしは、ぱっとみ“怒ってる”とわかるときはまだまだ彼女の怒りが序の口なのよ、本当に心の底から怒ってるときは。
まだ、昼間はあんたたちの“仕事”で雇われたりして得たお金で食い繋いでいる人に迷惑かけたくないから、怒りはまだ抑えてたのよ、あたし。あたしのせいで職を失うなんて後味悪いもの。
でも、もう許してあげられないわ。どこまであたしを貶めたら気がすむの?
「…………っ」
ナタリー・シーリーの恐怖に染まりぐしゃぐしゃになった顔が、あたしの視界に目一杯に入った。目が、白目をむいていた。
―――あたしの手がもうすぐてナタリー・シーリーに届く、まさにその時だった。
「やめるんだ、エリザっっ!!」
聞き覚えのない声による呼び掛け、制止。…………誰、あたしの邪魔をするの?
第三者の声を聞いて安堵したらしく、ナタリー・シーリーが気を失い倒れた。いつの間にかそこにいた全身黒ずくめの若い男が、ナタリー・シーリーを引きずっていき、慣れた手つきで縛り上げていく。ちょっと、あたしがそいつに―――
「エリザ………」
―――何で、引っ掛かるの、この声。胸の奥がざわざわする。落ち着かない、あたしどうしたの………?
声の方を向いたあたしは絶句した。
さらさらの、月光に艶めいて輝く深紅の髪に、憂いを帯びた真っ青な澄みきった色の瞳―――空でもない、湖でもない青。まだ見たことのない海を思わせる深い色の瞳は、信じられないという感情に満ち満ちていた。
彼をみて、あたしから笑顔が消える。怒りが、少し落ち着き、平らに均され、再び隆起する。怒りは、彼に向く―――直感でわかった。彼は、ロラン。姿形は異なれど、ロランだ。
『…………何で。何であたしの名を呼ぶの、邪魔するの。こいつは』
あたしの声は怒りに満ちていた。自然とナタリー・シーリーに目がいく。ざわざわと、風があたしの怒りに呼応したかのようにざわざわと吹き始めた。
『こいつは! あたしを冒涜した!』
あたしを囲むように風が吹き荒れた。周辺の草や花、葉が舞い上がった。風が、味方しているみたいで気持ちよかった。あたしの怒りを認めているようで。
『あんたの子孫よ――ロラン!』
涙が浮かんできた。ロランをにらむけど、涙はつきない。
どうして、悲しいの?
どうして、胸が締め付けられるの?
『どうして! どうしてあたし以外の女と! 子までつくって、その子孫まであたしを冒涜して!』
あたしの周囲の風が、ロランへ方向を定め始めた。
「殿下っ!」
黒ずくめの若い男が取り乱し、焦るようにロランの前に出ようとしたけれど、ロランが止めた。
「エリザ、姿が変わってもわかるんだね、俺がロランだって――それとも、君が魂だからわかるのかい?」
何で、優しい、泣き出したいような顔をするの?
どうして、泣き出したいのをこらえて笑みを浮かべられるの?
どうして、あたしに微笑みかけるの?
どうして……、風の中に身を突っ込んでくるの。風が押し出そうとするのに、押し退けてあたしに近づいていくるの、どうして。
『ど………して、よ』
あたしは戸惑った。
思わず頭を押さえて首を横に振ってしまう。認めたくない、ロランが―――裏切ったロランが、こんなに優しいなんて。ありえない、ありえない!
『あんたは、あたしを』
―――裏切って。
「裏切ってない。俺は――僕は、すぐに処刑されたんだ。あの石碑を見たのかい?あれは、百年ほど前のシーリーが作った偽りの碑だ。確かにあそこに君と僕の体は眠るけれど、あとから据えられた碑の文章はデタラメにもいいところだよ。僕は、君を裏切っていない、一度たりとも」
――――だから、だから。泣かないで、どうか。
ロランがそんなことをいいたいような顔をして、あたしの頬を流れる涙を指でぬぐおうとして………すり抜けた。ロランはその手を呆然とみやって、
「エリザ」
狂おしい、胸を締め付けられる表情であたしを見つめた。
―――ロラン………あたし、誰を信じたらいいの?
風が、あたしの戸惑いを反映したかのように終息していく。
『あ…………』
ロランは、諦めずあたしに触れようと―――あたしを抱き締めようとするが、腕はやはり空を泳ぐだけ。
「エリザ」
見つめてくる瞳を、あたしは見つめ返す。何故か流れる涙を頬につたわせながら、首を横に振った。
そして――――
「エリザぁあああっっ!!!」
慟哭する彼を置き去りにして、あたしはその場から消えた。
「いった……………」
―――あたしは目が覚めて、すぐに頭痛に苛まれた。「フランさん?!」
グレンベルグの悲鳴に、あたしは顔をあげて―――
「フランさん!!」
そして高熱に昏倒した。
―――あたしは、夢だと思いたかった。頬をつたう涙を感じながら、夢だと自分に言い聞かせた。
「ロ……ラ、ン」
あれは、あたしが心のどこかで願う望みが夢という形で現れただけって。
「ロラン」
―――でも、苦しい夢よね。自虐的な、苦しい夢。
だからあたしは、夢だと思いこんだ。
だって、ロランがいたから………生まれ変わったロランが裏切ってないと……あたしが望んだ答えをいってくれて、あたしをまた求めてくれたから。
主人公、体調不良によりテンションダウン。次回は主人公視点か、ロランファリウス視点のどちらかを予定。
6/11、脱字訂正




