第九幕〜彼女と彼と“子孫”と―前編
エリザ、ロラン、ナタリーが揃います。
なので、途中から視点が変わりますがそういう仕様です。
『ロラン、ロラン』
―――あなたは、どこ。どこにいるの。約束したのに、やくそくしたのに、ヤクソクシタノニ。
『迎えに来てくれるって』
―――待ってたのに、まってたのに、マッテタノニ!
『他の女と』
―――コノセキヒノトオリナラ。
『コドモまでつくっテ』
―――アタシヲ、
『うラ切っテ!』
パシッ、ピキピキ………
『ユルサナインダカラ!』
バキィッ!ガラガラ…………
「あ、ああ…………」
ナタリーは、目の前で起こる現象が信じられなかった。無意識に手のひらで口を覆い隠し、後ずさってしまう。こめかみあたりの血管が、サーっと音をたてているのもわかってしまう。手のひらだって不自然なくらい汗ばんできはじめているし、背中や額なんて手のひらより早く汗ばんでいた。そのうち体にうまく力が入らなくなって、手のひらを始め体のあちこちに震えが走り、膝も笑いはじめるであろうことは、ナタリーも薄々感づいてはいる。
けれど、動けなかった。皮膚の毛穴がすべて開いて汗が流れ、心臓が激しく波打っていても、体が動かなかった。逃げたいのに、それが叶わなかった。
―――怖い、のだ。恐ろしい、のだ。
「あぁ………」
『―――そのうち化けてでるんじゃないの?』
「……ぁあ」
ナタリーは、昼間に出会った生意気な小娘のことを思い出していた。ナタリーに対して、徐々に批判的かつ好戦的な態度をとっていた、“本当のこと”を知っているように話していたあの学生。シーリーの一族が長い間をかけて偽り、その偽りを長い間をかけて人々の間に根付かせたことを“知った上で”批判していたような、あの小娘。あの小娘が最後にいったことが、耳から離れない。
「……っ、あ……」
ナタリーの前には、森の木々越しに“彼女”がいた。ふわふわと広がる赤い巻き毛、青白い肌、右手首に結ばれた髪より赤い深紅のハンカチ。ナタリーたちシーリーの一族が“食い物”として利用している“彼女”の姿がそこにあった。風もないのに不自然に煽られてなびく、背を覆うくらいに多くて長い髪。ひょろっと身の丈が縦長のシルエット、遺体が見つかったときに着ていたという白の袖無しワンピース、そして透き通り向こう側が見える半透明な姿。
「ばっ………ばかな!」
―――ナタリーはその姿を決して見間違わない。しかし、今は否定したくてたまらなかった。それはそうだろう、自分たちが冒涜したかつての生者が、そこにいるのだから。墓も暴き、勝手に物語を隠蔽し脚色し、食い物にした生者が、化けてでて、そこにいるのだから!……しかも、ナタリーが“彼女”役を引き受ける日に限って。
「……あ、あ……」
―――一歩、後ずさる。
「……あぁあ………」
―――二歩、後ずさる。
ぽきんと、高い音をたてて枝が割れる。
「あ……あぁああ!」
―――彼女が、こちらを向いた。ナタリーを見た。確かに、見ている。それは目があっているということ。あちらが、こちらを認識しているということ。ナタリーが、“彼女”の役のために、“彼女”の扮装をしているのを見たということ。“彼女”の怒りを買うであろう格好をしているのを見られている、ということ。
「ああああああああああああああああああ!!!」
―――ナタリーは、始めて感じた“恐怖”に負けた。
“彼女”が、首をかしげて―――笑った。
「シーリーの一族が、彼女の扮装をしてあえて目撃させ、煽っていると?」 教会の奥、普段なら使われない“王と王に連なる人のための部屋”。どこの教会にもある、王族が年に一回お忍びで行う神を詣でるための―――“巡礼”の時にしか使われない部屋に、今夜は客人がいた。客人は、第2王子とその配下。王子は巡礼ではなく、とある目的でこちらに着ていた―――お忍びで。
「是。今夜も、行われると」
配下――ノイゼスが淡々と報告をする。現地にて調べていた調査員より報告された、“確かな”情報を。
「……誠に、たちの悪いヤツらだ」
王子――ファリウスは眉間に寄せたシワを消すことなく、その端正な顔をしかめつづけた。
「“僕”の直系を騙るだけではなく、“商売”のためだけにそんなことをするのか、ヤツらは」
ファリウスが先ほどうけた報告、それは彼を怒らせてしまうには十分だった。
「エリザの姿を真似て、エリザの魂はまだ昇天していないようにみせるだと!?眠る彼女の遺骨をあのようにするだけでは飽きたらずに……!」
激昂、という言葉が今の彼には似合いだった。それだけ、シーリーの一族はかつての彼らを冒頭し、自分たちのいいように脚色して利用していた。
ファリウスは、神より“運命”を今生こそ全うしろ、と命ぜられている。それこそが、彼の転生のからくりであり、彼の目的だ。虫も殺せず、あのような結末しか招けなかった優しい性格の“僕”であったロランが、後悔を重ねて、愛しいエリザを今生こそ幸せにするために、強さを求め“俺”であるファリウスになったように。
―――たとえ神より命ぜられなくとも、ロランたるファリウスは目的を見失うことはない。次こそ、今こそ………必ずや、エリザを幸せにする。
それが、彼の運命。神より導かれた、“腕にアザをもって”彼のように生まれてきた彼女を。
……ただ、その前に。彼女との幸せのために。必ずや迎える、明るい未来のために。
「不届きモノには、罰を」
―――彼は、彼女のためなら手を汚すこともいとわない。
「向かうぞ、ノイゼス」
彼は腰をあげた。今宵も、彼女の汚名を作っているであろう“子孫”を見るために。彼は、供を連れて歩き出した………彼も知らぬ、神のみぞ知る再会に向けて。
―――時の歯車は、動き出す。決して止まることはない。動かすのは、神なのだから。
「さーぁ、お立ち会い、お立ち会い……くすくす」
―――すべては、神の手のひらのうえのこと。結果も、転びだした先に待ち受ける出来事を知るも、神のみなのだから。
次回へ乞うご期待!
これ、一度でいいから言いたかった。
次回も視点が変わります。




