第七幕〜あたし、きれました。
主人公、耐えれなかった模様。
「運営者?」
「うん、ほらあたしのテーマの情報収集に、お話伺いたいなって」
―――半分嘘だけどね。別の意味でお話伺いたいんだけどね?
あたしは、心ん中の煮えたぎってる怒りを微塵も出さずにグレンベルグに笑いかけた。だって、このほとばしる黒い感情を向けるのは決まってるもの……運営者、あんたよあんた。
「確か………」
グレンベルグは、パンフレットの最後を開き、
「村長さん、だったかな……?シーリー……ウィルクス・シーリーさん。ロランさんの直系で、農場主たる分家と違って村の経営とか公園の運営とかにあたってるんだって。年のほとんどを国のあちこちに商談とかで出歩いてるって書いてあるよ」
―――ちっ、会えないのかよ!
「あ、でも」
―――でも?
「孫のナタリーって人がここにいるみたい……だよ?そう書いてあるよ」
「なら」
―――そいつに“聞き”ましょうかねぇ?
待ってなさい、孫とやら。
「で、あたくしに何の用ですか」
―――斜めにつり上がった分厚いメガネに、ひっつめた金髪、眉間によったシワ、きっちりと着込んだ露出のないドレス。ナタリーは、エリザだった頃昔風にいえば、“職業婦人”とか呼ばれた家庭教師等を生業にしていた働く女性を彷彿とさせる格好の三十路過ぎの女性だった。
「あ、あの」
グレンベルグがナタリーの威圧に屈し、びびってしまってる。
―――あれからあれよあれよと“事務室”に押し掛けて、アポなしに話を伺いたいといえば事務員に冷たくされ、どうにか学院の生徒が持つ学生証を見せて、ああだこうだいってたら「何か」と本人が出てきて、今に至るというわけ。
「あたしは、ヒューリア学術学院の三年に所属するテルザ・フランといいます。この度お忙しい中、アポイントメントもなしにお伺いしたことを謝罪します」
あたしはさりげなくあたふためくグレンベルグを後ろへかばい、抗議で習った“営業スマイル”(収入価値はゼロ)をフルに使って一礼をした。この一礼も抗議仕込みだ。クライアント等を起こらせないための云々何ヶ条とやらに載ってたのよ。あたしはこれの筆記試験と実技試験はトップでパスしたわよ、これでも。
そんなあたしを見てるナタリー女史の片方の眉が少しはねあがり、面白そうにわら…ったの?これ笑顔?
「あたくしもヒューリア学術学院の卒業生です」
……なんか“なってない”とかいわれそうなんだけど、この笑み。
「あなた、もう少し角度を浅くした方がいいですね?」
―――ほら来たぁあ!
「まぁ、そんなことをあたくしに指摘されるためにきたんじゃないでしょうし?」
ナタリー女史は口の回りを舌でペロリとなめる笑いが似合いそうないやーな笑みを返してきた。なんか嫌だこいつ。背筋が泡立つんだけど!
「あたしは、課題との主題にし“悲恋”を選びました」
あたしはひきつりそうになりながら言葉を紡いだ。こいつ、なんか性格悪そう!鞭もって痛め付けるの好きそうなんだけど?!あたしを痛め付けないでよ!
「あたしの知ってる話の本筋とだいぶ違うように思います」
とにかく、あたしは――認めたくないけど!――気圧されつつも、怒りを原動力にして立ち向かった。
「どんなふうに?」
ナタリー女史は、かしずく下僕にでっかい扇を振るわせるおとぎ話のどS女王みたいだ。ほんと嫌だよこいつ!あたしの方が人生経験長いのよ!……二百年足したらね。足したくないけどね。
「―――エリザは、介抱して出会ってません」
あたしは言葉を選びながら、発言する。実際の“本人”しか知り得ない情報を、さも“調べたように”いわなければいけないし、“情報源”は伏せないといけない。あたしは“前世の記憶あるんですー”とかいって、痛い目で見られたくはない。世間というものは、そういうのを歓迎しないみたいだしね。
―――でも、そんな危険をおかしてでも、あんたらは間違ってると、間違ってることを知ってるやつもいるって思い知らせたい。こいつらのもう既に成立してる商売は邪魔しないけど――実際にそれで食べてるなら、邪魔したくないのよ。あたしのせいで路頭に迷わせたくないもの。悪いのはあいつらだけど。
「エリザは、こことは違う場所でロランと出会ったそうです。けして介抱して云々ではない出会い方で」
―――知っていることを濁しながら小出しするのって難しいわ。でも、ひけない。
「それに、この場所はロランがエリザの供養のために建てたって聞きました」
―――あたしを見つめるナタリー女史の目はすわっている。何をいわれても、それは嘘だと撥ね付けてきそうな態度。……腹が立つ。
「本当にロランがエリザのために建てるのなら、こんな思い出にまったく関係ない場所にたてないんじゃないですか。それに、二人を結んだあの布も、こんな扱い方をしない―――金儲けのために勝手に創作したんでしょうけど」
「あなたは、あたくしに文句をいいに来たの?」
―――メガネの分厚いレンズが、天井からさげられた室内灯を反射して光り、どんな目をしているかはわからない。
「あたしは、解釈が違う“悲恋物語”を知りに来ただけです。それを伺いたいと来ただけです。でも」
―――あたしは、少しだけ怒りをのせていった。エリザ本人の怒りを。
「あんたらがしてることは、エリザ(あたし)に対する冒涜よ。死んでるひと(あたし)の骨まで使って商売して、エリザ(あたし)を本当に供養してるとはいえないわ。ロランが本当にしたいこととは違うでしょ?これはただのお話、エリザの悲恋をもとにしただけじゃないの―――そのうち化けてでるんじゃないの?エリザじゃなくて、ロランがね」
あたしは呆然とするグレンベルグを引きずって、動かないナタリー女史を後にした。
さぁ、きれたのが吉と出るか凶とでるか。主人公、途中から完全に理性のたがが外れてます、怒りのあまり、後先考えずにきれました。




