風潮
ターミナル駅と直接つながっている大型のショッピングモールを歩いていると、小学校一、二年くらいの女の子が「お母さーん、お母さーん」と、通路のはしっこを泣きながら歩いていた。
周りを見渡しても母親らしき人はおらず、他の大人は見て見ぬ振りで通り過ぎていく。
仕方なくオレが「どうした?」と尋ねたが、女の子は「お母さーん」を繰り返して泣くばかりで話にならない。
モールのインフォメーションに連れて行って、迷い子のアナウンス流してもらうしかないなと思い、手を引いて連れて行こうとすると、いきなりオバハンの金切り声が聞こえた。
「あんた! その子をどこに連れて行くつもり?」
「ああ、お母さんですか。良かった。この子、迷い子に……」
言いかけるオレに、オバハンはさらに大声で、「あんたがこの子を泣かせた」「危害を加えるつもりだったに違いない」「誘拐未遂だ」といった事を、かなり口汚い言葉でまくしたてた。
もう周囲にはたくさんの人が集まり、全員がオレを汚物でも見るような目つきで眺めている。
しかもオバハンは女の子を無理やり引き寄せて、「怖かったでしょう、もう大丈夫」などと言いながら、「あの男にひどい事をされたんでしょう? されたのよね? ね?」と、脅すような迫力で問いただした。
女の子は「違う」と言いたかったと信じたいが、一瞬オレに顔を向けた後、オバハンの勢いに負けたようにうなずいた。
その行動が余計にオレに対する不信感を高めたようだ。
警備員室でも警察でも事情を説明したが、誰も取り合ってくれず、結局オレは言われるがままに書類にサインさせられてしまった。
どこから漏れたのか翌日からオレは大学で羞恥の目で見られ、友人も恋人も失い、中途退学して実家へ帰っても親や親戚からも白い目で見られ、ニートにならざるを得なくなった。
ニート中にネットで同じ被害に遭った奴らとも知り合いになり、いくつものスレをたててオレたちの受けた理不尽を訴え続けたため、少しずつ社会的に理解されるようになったが、現実に認知されるのはまだまだ先の長い話になるだろう。
それでも数年後、遠い親戚の工場へ就職できて、なんとか生きて行けるようになっている。
今の工場にはオレの冤罪を知る者はなく、年相応の彼女との結婚の話も持ち上がって、少しは人並みの幸福は味わえるようになったのかも知れない。
今日は妻と娘と一緒にショッピングモールへと買い物へ来ている。
そこで小学校一、二年生くらいの女の子が「お母さ〜ん」と泣きながら歩いていた。
だがオレは、この女の子を助けない。
いや、助ける事が出来ないんだ。
もし助けようとして「またあの時のようなことが起こったとすれば」という感情にさいなまれ、過呼吸症を起こしてしまうため、見て見ぬ振りをするしかない。
最近の新聞記事には、「少子化の中、子どもを守る意識の低下が最大の問題」などと掲載されているが、守ろうとした結果、加害者扱いにされるのなら、最初から関わりたくないと思うのは当然だろう。
子どもを守ろうと必死になるオバハンは、結局、子どもを守らない社会をつくる事に懸命だったわけだ。
オレは自分の子どもだけしか守らない。他の子どもなんてどうでもいい。
それで充分だ。
その地固めをつくったのが、『子どもを守る会』なんだから。
確認した訳ではないが、翌週、例のショッピングモールで迷い子になっていた子が、何者かによって暴行を受けた事が判明し、ニュース映像に出ていた祖母の顔は、あのオバハンにそっくりだったのは、オレの勘違いなのだろう。




