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第八話『機は熟した?』


リンデン大陸からライマー島へ逃亡して来たローエンは、商人ギルドからの追跡を逃れ取引先だったケールの商人セバール・アトラの屋敷に身を潜めていた……。

 

「……アトラ殿、わしはもう終わりじゃ……」

顔面蒼白のローエンは、今にも泣きそうな表情で“杖”を抱きかかえた。

それは、リンデン大陸から持ち出した魔法の杖。

膨大な魔力を秘めたこの杖をローエンは護身用に肌身離さず常に持ち歩いていた。

「何を震えておる?護衛もいるし、その杖もあるではないか?」

ローエンとは対照的に、アトラは余裕の表情で酒を口にした。

「たった一人の女ごときに、そんなに怯えてどうする?」

アトラは異常とも思える程恐怖に震えているローエンを笑った。

「……アトラ殿はあいつの恐ろしさを知らぬからそう言えるのだ!」

杖を握り締め、ローエンはアトラにまくし立てた。

「……あいつは“統一戦争”で三つの国を攻め落としたのだぞ!しかも“剣匠”クラスの騎士を何人も討ち取っている!それにあいつは魔法すら斬ってしまう!そんな奴に対して……この“杖”など何の意味もないのだ!」

ローエンは絶望の叫びを上げる。

「……たとえ護衛を百人集めたところで無駄なんじゃ!」

街でその女を目撃して以来、ローエンは半ば反狂乱状態になっていた。

「……何故、リリトなんじゃ……わしは、それ程の罪を犯したというのか?」

アトラには、ローエンの異常な怯えようが理解できなかった。

たかが女一人にそこまで恐怖するものなのか?とアトラは思っていた。

「ローエン殿、この街から逃げてはどうだ?」

「無理じゃ!この狭いライマー島では逃げ切れん!わしはもうお終いなんじゃ……」

ローエンはついに泣き出した。

アトラは情けない、と思いつつも護衛を増やす様、部下に命令した……。

 

ケールの表通りにある酒場“リスラの店”で私はドムと合流した。

「マーガレット、後ろの女は誰だ?」

すでに酒場にいたドムは、酒を飲みながら食事していた。

「……彼女はリリト。さっき知り合った人よ」

私はリリトとドムの向かいの席に座った。

彼女は腰に差してある刀を外しテーブルに立てかける。

それを見たドムは、私の方を向いた。

「助っ人か?味方になる者を見つけた様だな……」

ドムはそう言ってリリトの方に視線を向けると、ふむふむと頷く。

まさか、彼女みたいなのが好みなのか?私はリリトの体に熱い視線を注ぐドムを見て思った。

「……どうじゃ?わらわは、お主の目にかなったかえ?」

ドムの視線を受けても平然と話すリリト。

「……マーガレット、お前もなかなか良い目をしているな。この女、かなりできるぞ」

どうやら違った意味でリリトを見ていた様だ。

私は、ドムが根っからの戦士だという事を改めて思い出した。

ドムは酒の追加を頼みリリトにグラスを渡す。

「俺はドム。大陸にいた時からのマーガレットの仲間だ」

ドムはそう言ってリリトに酌をした。

初対面でも同じ戦士、酒を酌み交わすとすっかり意気投合する。

「……ところでお主らは、どこの大陸から来たのじゃ?」

リリトは出身を言わない私達に疑問を抱いた様だ。

(……まずいわね……出身を言ったら、私がお尋ね者だって事がバレちゃう……)

戦時中の国家への反逆は、どこの大陸でも重罪である。

たとえ濡れ衣であっても、私は立派なお尋ね者なのだ。

大陸の名を言えば足がつく。

何故なら、エルフの魔術師でお尋ね者になっているのは私だけだったから。

できれば、最後まで聞いてほしくなかった。

「……ティア=レステア大陸だ」

私の思いもなんのその、考えなしにドムは答えた。

(……この酒樽!大陸の名前言ったらバレるでしょ!)

ドムも共謀者にされてるんだから、少しは考えてよ……。

彼女が賞金稼ぎとかだったら、私達また逃げなきゃならないのよ!

私は心の中で毒つく。

しかし、リリトの反応は違った。

「……やはりな。マーガレット殿の名前に聞き覚えがあったのでな、やはりそうであったか……」

まさか、知ってたの?名前までは公表されてなかったはず……。

「……安心するのじゃ。おそらくは無実の罪を着せられたのじゃろ?」

そう言ってリリトは酒を飲み干す。

彼女はリンデンの偉い人なのか?私は、安堵とともに不思議な気分になった……。

 

酒場でアトラの屋敷へ乗り込む計画を立て、私とドムは宿屋へ戻った。それから別の部屋にいるコンスタンス達に助っ人ができた事を説明し、部屋で着替えをしてベッドに入った。

部屋割りは前と同じでコンスタンスとミッシェル、私とドムだった。

「……ドム、助っ人が二人に増えてよかったね?」

リリトには、もう一人仲間がいるという。

これで前線が三人になりアトラの屋敷へ潜入するのも無謀ではなくなった。

リリト達はローエンの処刑をするためにリンデン大陸から追跡して来ており、その人も腕の立つ戦士だそうだ。

「うむ、確かに俺一人では無謀だったからな。リリト達が来たのは運が良かった……」

リリトのおかげで、冒険者ではないミッシェルを部屋に置いて行ける。

そして、宿屋でミッシェルの護衛にコンスタンスがつけるので二人の安全は確実だ。

ミッシェルを気に入っているドムとしても、助っ人の存在で戦いに集中できるだろう。

(……それにしても、私も無謀な事を考えていたわね……リリト達が来て助かったわ……)

私はベッドに入りテーブルの上に置いておいた魔術書を手にする。

(……できる事なら、魔法は使いたくないわね……)

魔法は、剣と違って手加減するのが難しい。

威力を抑えれば敵は倒せないし、逆に強過ぎれば周りに被害を出してしまう。

……仲間だけは絶対に巻き込んではならない。

一人前でない私は魔法の調整がまだうまくできないため、魔法を使用するのにも自ら制限をしなければならないのだ。

その威力調整の難しさゆえに、魔術師は戦闘において味方の援護に終始する。

それに魔力が持たないので攻撃魔法だけでは戦えないという理由もある。

それでも、魔法の使い方ひとつで戦闘そのものが決まってしまう事もあるので、私は魔法をみだりに使用しない事にしている。

(……甘い考えだけど、今の私ではたいした援護もできないしね……)

魔術書を読みながら考えを巡らす。

「……マーガレット、あまり考え込むな。戦闘になれば、する事は自ずとわかるものだ……早く寝てしまえ」

不安そうな顔をしていたのか?

ドムは、慰めとも取れる言葉を言うと毛布を引き寄せ眠りについた。

(……鈍いドムに心配されるなんて……相当不安そうにしてたみたいね)

私はドムの言葉を受け入れ、魔術書を閉じて眠る事にした。考え過ぎると、冷静な判断ができなくなるしね……。

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