第六話『異邦人、上陸!』
マギー達が中央都市ケールに潜入してから三日が過ぎた。
情報を集め対策を練るも、これといった決め手に欠き身動きが取れずにいた……。
時は戻る。
ライマー島唯一の港町ローカスに二人の旅人が上陸した。
一人は、異国情緒溢れる着物の様な服を身にまとった、燃える様な紅い瞳と髪が特徴的な長身の女剣士。
もう一人は対照的に、ローブを身にまといフードで顔を隠していた。外見からすると魔術師だろうか?
二人は船を降り、まっすぐ街唯一の酒場“アクアブレス”の中へ入っていった……。二人はカウンターに座る。
「……繁盛してるかえ?」
女剣士は、マスターに話しかけた。声をかけられたマスターは、ギロリと女剣士を見る。
「……懐カシイ顔ヲ見タ。何シニ来タ?」
どうやらマスターの知り合いの様だ。しかし、その表情は変わらない。
「相変わらずじゃのぉ、ガザン殿は。今回は急務で来たのじゃ」
女剣士は出された酒を口にした。
「……リリト様、早く情報の確認をしてケールへ向かいましょう……」
女剣士の隣に座っていた魔術師らしき人物は、そう言ってフードを取った。その中身は女性だった。
彼女は黒く長い髪を整え、女剣士−リリト−の方に体を向ける。
「お主は真面目じゃな、アリス。わかっておる、そんなに怖い顔をするでない……せっかくの美貌が台無しじゃぞ?」
リリトはアリスの肩に手を置き肩を揉んだ。
「……ガザン殿、ゆるりとしたかったがそうもいかぬのでな、さっそく本題に入るぞえ」
リリトは着物の袖から束になった書類を取り出した。マスターは差し出された書類に目を通すが、意味不明な文面に頭を傾げるだけだった。
「……ナンダ、コノ変ナ文書ハ?」
リリトはマスターから書類を受け取ると着物の袖の中へと戻す。
「今回の任務じゃ……ところでガザン殿、戦士を一人雇いたい」
その言葉を聞いてアリスが驚きの声をあげた。
「リリト様!ケールは街道をまっすぐ行けば辿り着けます!ですから案内などいりません!」
リリトはアリスの言葉を無視してマスターに話しかける。
「できれば、この文書の真の意味を理解できぬ者が良いぞ。誰かおらぬか?」
「……オマエ好ミノ馬鹿ガ一人、泊マッテイル……ソロソロ、飯ヲ食イニ来ルハズ……アイツダ……」
マスターはそう言って階段の方を指した。
その先には、一人の少年がいた。
寝起きなのか、大きなあくびをしてカウンターへやって来た。
「……おはよう、マスター」
少年はリリトの隣に座ると、出された水を一気に飲み干した。
「……お姉さん達もおはよう……あ、その腰の物、業物だね?」
少年は、リリトの腰に差された刀をまじまじと見つめた。その表情は好奇心でいっぱいだった。
「……お主、若いのに良い目をしておる……うむ、気に入ったぞ。ガザン殿、この少年がわらわ好みの戦士かえ?」
「……リリト様……」
感心するリリトの横でアリスは頭を押さえた……。
少年はリリトの刀をしばらく見ていたが、お腹の虫が鳴り出したためマスターの方に向き直った。それを見てリリトは細く微笑む。
「……少年よ、お主の名はなんと申す?もし良ければ、わらわに雇われてみる気はないかえ?」
リリトはこの少年に興味を覚えた。若いのに冒険に慣れている、彼女の直感がそう告げているのだ。
少年は笑顔で頷く。
「おいらはネロ、よろしくね。ちょうど迷宮に飽きたところだったから、お姉さん達に付き合うよ」
ネロはそう言って、リリトとアリスに軽く頭を下げた。ネロは屈託のない笑顔で二人を見る。
「……二人とも戦士なんだ?そっちのお姉さんは帯剣してないけど、まさか素手で戦う人?」
アリスはネロの言葉に絶句した。
素性を隠すため、ローブを身にまとい偽装していたのに、ネロが一目で戦士と見抜いた事に驚きを隠せなかったのだ。
「……お主、よくぞアリスの偽装を見抜いたのぉ?アリス、わらわはネロを連れて行くぞよ」
リリトは、完全にネロを気に入った様だった。
(……リリト様のお目にかなうなど、この少年……只者ではない)
もはや、反論の余地はなかった。
何故なら、アリスもこの少年を気に入り始めていたから……。
「……ネロや、わらわはリリト・スティグマイヤー。彼女はアリス・ペレット。リンデン大陸から所用で来ておる。」
リリトはそう言って着物の袖から束になった書類を取り出した。
そして、ネロに渡そうとする。しかし、ネロはそれを読まずにリリトに返した。
「……見てもわかんないからいいよ。それより、ご飯食べていい?さっきから腹の虫が鳴ってるんだよね……」
ネロは照れた様に笑うと、少し冷めた食事に手を付けた。その食べっぷりは若いだけあって、料理は見る見るうちに無くなった。
隣でその様子を見ていたリリトは書類をしまい酒を口にする。
(……書類は必要なかった様じゃな。
ま、それもまた一興……旅の楽しみも増えた事だし、今回は早めに仕事を片付けるかのぉ……)
任務を果たすために、わざわざ遠くから来た者とは思えないセリフを心の中で呟く。
彼女にとって、任務は旅の口実でしかないのだろうか?
そう思える程、リリトは緊張感のない表情でネロを見ていた……。
中央都市ケール。
ライマー島の真ん中に位置するだけあって、街は人通りが多く活気に満ち溢れていた。数日前に潜伏したマギー達は宿に身を潜め、酒場を中心に情報を集めていた。
ミッシェルは人目につくとまずいので宿にいる。
コンスタンスもミッシェルのそばを離れようとしないので、仕方無く宿に置いて来ている。
よって、酒場にはマーガレットとドムの二人しかいない。
「……ドム、人間って、どうしてあんなに変われるわけ?」
私は、コンスタンスとミッシェルの仲に疑問を持っていた。
おそらく、二人は出会ったその日に関係を持ったに違いない。
その後、二人は日に日に仲を深めていくのが目に見えてわかった。
何故?あまりの展開に、人間という生き物がわからなくなりそうだ。
「……マーガレット、嫉妬か?親友が取られて悔しいのか?」
ドムは平然と痛い事を言い、酒の入ったグラスを手にした。
「本人同士が幸せなら、別にいいんじゃないか?」
そう言ってドムは酒を飲む。
(……確かにそうだけど……)
ドムの言う通り、私は嫉妬している。
親友のコンスタンスがミッシェルにばかり構うのが悔しくてたまらなかった。
「……マーガレット、まさか私情を挟んでやめるとか言うんじゃないだろうな?」
ドムは私の顔をいつになく真剣に見ている。
「それなら大丈夫よ。ローエン達の行為を許せない気持ちは、あなたと同じよ……」
確かに複雑な思いは否定できない。
しかし、ローエン達の道を外れた行為は、とても許せるものじゃなかった。でなければ、わざわざ危険を覚悟でアトラの屋敷に侵入しようなんて思わない。
私とドムは、しばらく話をした後で別行動を取った。
私は商店街を、ドムは装備関連の店で情報を集める事にした。
(……気分が乗らないから、一息つけよう……)
まだ引きずっている。いい加減、気持ちを切り替えなきゃ。
私は気分転換にお茶を飲もうと一軒の店に入った……。それが、この先の私達の運命を大きく変える事も知らずに……。