第五話『前途多難!』
旅の途中、私達はミッシェルという少年と出会った。
悪徳商人に騙されてケールに売られたミッシェルは、その奴隷の様な仕打ちに耐えられず逃亡して来た。
……それは、この時代おいてはよくある出来事だった。
だからと言ってそれを黙って見過ごす事などできない。何せ、関わってしまったのだから。
私達はミッシェルの手当てをするため、予定を変更し近くの村でしばらく滞在する事となった。
「……ミッシェルは別の島から連れられて来たのか……マーガレット、この件が済んだらどうする?……連れて行くか?」
私とドムは、近くの酒場で今後の対策を話していた。
宿にはコンスタンスがミッシェルの面倒を見ている。
「ドム……あなた、何を考えてるの?危険過ぎるわ、そんなの……」
なんて単純なんだろう……私はドムの発想にあきれた。
いくらなんでも子供に長旅は危険過ぎる。
「……そうか?気弱そうだが、素質はありそうだぞ?」
そう言ってドムは空になったグラスを手にして酒の追加を頼んだ。
「どうせ行くあてもないんだ。しばらく連れて行った方が良くないか?」
それは、私も考えた。
この島の子供なら家まで送ってあげる事もできたが、危険な航海をミッシェルにさせるのも気が引けたから。
しかし、何が起きるかわからない冒険に連れて行くよりは、航海の方が安全な気もするのだ。
「……確かに、あの海を航海させたくないわね。でも冒険も危険よ?戦士はドム一人だし、私達は自分の身を守るので手一杯よ?とてもミッシェルまで守り切れないわ……」
「うむ……」
二人は考え込む。
しかし、ミッシェルはよくあの海流を乗り越えて来られたものだ。
そもそも、わざわざ危険を犯してまで人身売買などするのか?
そんな事を考えていると、ドムはおもむろに口を開いた。
「……マーガレット、やはり連れて行こう。ルターズで仲間を見つければミッシェルは守れる。たとえ航海させるにしても、少し鍛えた方がいい。でなければ、あの海流を越えて行くのは難しいからな……」
どうやら、ドムはミッシェルを連れて行きたい様だ。それほどに素質を感じたのだろうか?
中央都市ケールから夜の都ルターズまでは五日もあれば行けるはず。
無謀な航海をさせるよりは、三人で守る方が安全かもしれない。
「……わかったわ。ルターズまで一緒に行きましょう。でもドムはミッシェルだけに気を取られちゃ駄目よ。ミッシェルは私が守るから、ドムはしっかり盾になってよ?じゃないと、私達全滅しちゃうから」
(……でも、まずはケールの事が優先ね……)
商人とはいえ、護衛くらいはいるはず。
いくら大陸で戦い抜いたからって気を抜くわけにはいかない。
まだ、ライマー島の冒険者の実力を知らないのだから……。
結局、ドムに押し切られる形になったが、ミッシェルの安全を考えれば一緒にいた方がいいのかもしれない。
宿に戻り部屋をのぞくと、ミッシェルはコンスタンスと一緒に眠っていた。
この村の宿屋には大部屋がなかったので部屋を二つ借りている。ちなみに私はドムと同じ部屋だった。
ドワーフ族のドムにしてみれば、エルフである私は『まったく魅力を感じない』そうだ……とりあえず身の危険はなかったが、つくづくドワーフ族の美的感覚を疑ってしまう。
私は部屋に戻り、ローブを脱ぎ寝間着に着替えた。その間、ドムは見向きもしない。
(……ちょっと悔しいわね。眉ひとつ動かさないなんて……)
この輝く様な黄金の髪にも、澄んだ空の様な青い瞳にも、思わず触れたくなる様なみずみずしい白い肌にも、そして強く抱き締められたら壊れそうな華奢な体にもまったく反応しないなんて……女として、少しショックだった。
(……種族の違いね)
別に、ドムに襲われたいわけでもなかったので気にしない事にした。所詮、ドムにはこの美しさを理解できないのだから。
私は、心の中で負け惜しみっぽい言い訳をしてドムと同じベッドに入った。
「……ドム、襲ったら殺すからね」
私の言葉に、隣のドムは鼻で笑った。
「……そんな貧弱な体に欲情なんかするか。くだらない事言ってないで、さっさと寝てしまえ」
(酒樽のくせに!わかってても、やっぱり悔しいなぁ……)
しばらくの間悔しい気持ちでいっぱいだったが、種族間の異性の好みは違うのでおとなしく眠る事にした。
「……お、重い!ドム、何してんのよ!どきなさいよ!」
朝起きると、ドムは私の胸を枕代わりにして眠っていた。
(……私の胸は枕じゃないのよ!)
ドムの頭を叩いてどかせる。まだ早い時間だったのでドムは寝ぼけている様だ。
「……すまんな、ちょうどいい高さだったもんだから……」
「……胸無くて悪かったわね!」
私はベッドから起きて着替える事にした。また枕にされたら気分悪すぎる。
私は気持ちを切り替えるため、魔術書を読んで気分を落ち着かせた。
この宿は泊まるだけの設備しかなかったので、私達は近くの酒場で朝食をとった。
ドムは起きてから一応謝ってきたので、今朝の件は許す事にした。
「……ミッシェルさん、辛いでしょうけど相手の名前を教えて下さい」
コンスタンスは優しく質問する。ミッシェルを売った商人と酷い仕打ちをした商人の名前を私達は知らなかった。
これではケールに潜入しても身動きが取れない。
「……ローエン、と……アトラ……だよ……」
ミッシェルは顔を赤らめコンスタンスの問いに答えた。
(……ローエンとアトラね……)
後で調べておこう。
「……ありがとう、ミッシェルさん……」
コンスタンスもミッシェルの顔を見て顔を赤くしていた。
(……この二人、まさか……いやいや、それよりも情報を集めよう。
あの状態じゃコンスタンスは駄目ね……)
「それじゃあ、コンスタンスはミッシェルの面倒を見て。ドムは私と商店で情報収集よ」
それだけを言うとドムを引っ張り酒場から出た。
(……人間っておかしいわ……ミッシェルはひどい目に遭ったっていうのに、出会ったその日になんて……)
私は、人間という種族に対して認識が足りなかった事を痛感した。
若い男女を同じ部屋に泊めてはいけない。
私は知った。人間は欲望に忠実なのだ、と。
私とドムは村の商店で情報を集めた。ローエンとアトラの二人は中央都市ケールでも有名な商人だった。
ローエンは、遙か遠くにあるリンデン大陸から貿易をしているという。
魔法技術の進んだリンデン大陸なら、厳しい航海を乗り越えられるだけの船を出す事は可能である。
ローエンは、魔法のかかった船で様々な商品を運んでいるのだろう。
アトラはケール出身の商人で、その評判はかなり悪かった。
金さえ出せばなんでもする、と住民は皆嫌っていたのだ。
しかも人身売買にも手を出していて、アトラの屋敷には多くの奴隷がいるとも噂されている。さらにローエンとアトラはこの時期、ケールにあるアトラの屋敷で各種族の商人を招待し、毎日の様にパーティーを開いているという情報を入手できた。
(……パーティーをしている、って事は護衛の数はもちろん多いってわけよね……)
当たり前だが、正面からの潜入はまず無理だろう。やはり魔法を使って潜入するしかない。
(……でも、ローエンはリンデンの出身。魔法対策は、きっと怠らないだろうな……)
よりによって、魔法が一般的に認識されているリンデン大陸の出身とは……もし、ローエンが魔法国家ルーン=マナスの出身なら魔術師は役に立たなくなる。いや、それどころか足手まといになるだけだろう。
『魔法国家ルーン=マナスの人達は皆、魔術師と同じだけの魔力を持っている。
そのため、彼等は呪文を必要としない。
彼等と戦う時は、魔法以外の“力”が無くば決して勝てない』
魔術学院で習ったリンデン大陸の脅威についての言葉が浮かんでくる。魔法以外の“力”……筋力?信仰心?私には、さっぱり意味がわからない。
戦士はドム一人。魔術師である私達はおそらく戦力外。ミッシェルに至っては問題外だ。
この戦力では戦えない。つまり、前途多難としか言いようがないわけだ……。
「……情報も仕入れた事だし、そろそろ戻りましょう……」
ここで考えてもしょうがない。
私とドムは、二人がいる酒場へ戻る事にした……。
「……というわけよ。だから、あまり魔法はあてにならないと思うわ……」
私達は、酒場で食事しながら情報をまとめ、対策を話し合っていた。
「……ごめんなさい……成り行きで、こんな事に……巻き込んじゃって……」
ミッシェルは話を聞いてうつむく。それを見て隣に座っていたコンスタンスが慰める。
「……ミッシェル、くよくよしないの。私達は別に負けると言ってるわけじゃないのよ?」
私は自分で言ってて、むなしい気持ちになった。
魔法の使えない魔術師は、ただの足手まといだと知っているから。
それでも、何かできる事があるはず。
私は魔法戦における戦術を思い出そうと必死に考えた。
(……戦いはまず相手を知る事から始まる……情報戦で外から攻めるしかないわね……)
相手は悪名高い商人だ。外から切り崩して、手薄にしてから攻めるしかないだろう。
相手は私達を知らない。そこを上手く利用すれば、なんとかなるかもしれない。
「……マーガレット、ケールで情報を集めよう。もしかすると、奴等を失脚させようとする輩と接触できるかもしれんぞ……」
そう言ってドムは、酒を飲み干し追加を注文した。
……幸い、ミッシェルに対しての追っ手は来ていない様だった。
私達は詳しい情報を得るべく、ミッシェルの正体を隠し中央都市ケールへの潜入を決めた。この村からケールまでは一日で着く。
ミッシェルを宿に置いておけば、私達はケールを自由に歩き回る事ができる。
……まずは情報だ。
まだローエンが“ルーン・マナス”の出身であるかもわかっていないのだ。
(……不安になるのは、まだ早いわよ……)
私は冷静に考える事にした。
魔術師たる者、常に冷静に物事を分析し、的確な判断を下さなければならない。
魔術師の基本精神を繰り返し唱え、気持ちを落ち着ける。
(……やっぱり、私には精神力が足りないわね……)
そんな事を思いながら、私は宿に戻って眠る事にした。