第四話『旅は道連れ』
……頭が重い。昨夜は少し飲み過ぎたかもしれない。
あまりお酒が強くないのに、ドムに張り合った事を私は後悔した。
(……ドムは、平気みたいね……)
前を歩くドムの足取りは軽い。その姿を見て、ドワーフ族の酒豪っぷりはさすがだと思った。
隣のコンスタンスも意外にお酒が強く、かなりの量を飲んだのに元気だった。
(……それに比べて私って……)
確かに昨夜はいつも以上に飲んでいる。
エルフの深酒が珍しいのか、おかげで場は盛り上ったが、その代償が二日酔いなんて情けない。
陽が昇る前に出発した私達は、街道を北西へ進んでいる。街道には他に旅をしている者が一人もいなかった。
「マーガレット、まだ酒が残ってるのか?」
前を行くドムが振り返る。
「……あまり無茶はするなよ、どうせ急ぎの旅じゃないんだ。少し休んでも構わんぞ」
私の顔色が悪かったのか、ドムはそう言って歩くペースを下げた。
「……大丈夫、ちょっと頭が重いだけよ。少し歩けば治るわ……」
まだお昼にもなってないのに休むなんてできない。
それに情報によれば、もう少し歩けば小さな村があるはず。
そこで休む事ができるのだから、こんなところで弱音なんか吐いてられない。
「……そうか。なら村までこのまま行くか」
ドムは私の言葉に納得して再び前を向いた。それでも私に気を使ったのか、歩くペースは遅いままだった。
ライマー島は、争いがほとんどないため街道整備が整っている。
さらに大陸と違って荒らされる事もなかったので、二日酔いでも歩くのが楽だった。
少し気分が良くなったので周りを見渡すと、街道から離れたところに小さな林が点在していた。
そこから微かだが歌声が聞こえる。
だが、ドムとコンスタンスに反応がない。どうやら二人には聞こえない様だ。
(……これは、精霊の歌声ね……二人に聞こえるわけないわね……)
それなら私にだけ精霊の声が聞こえたのも当たり前だ。
エルフは妖精に近い種族。精霊と会話する事ができるのだ。この島は余程自然に恵まれているのだろう。
しばらく歩くと集落が見えた。村に着いたのだ。
そこは情報通り、小さな村だった。酒場もなければ武器屋も道具屋もなかった。
私達は村の唯一の娯楽場である食堂へ入った。
村人達は皆仕事に出ているのか、中には食事をしている者は一人もいない。
「いらっしゃい、旅の人かい?」
奥からマスターらしき人が現れた。
一瞬、ドムの兄弟かと見間違える程、マスターは小柄でドムも顔負けの立派な髭をたくわえていた。
「……おっ?ドワーフの兄弟じゃないか?この島の者じゃない様だが、何のために来たんだ?」
マスターは私達をテーブルに案内して水を用意する。よそ者が来るのが珍しいのか、マスターは少し嬉しそうに見える。
「……最近は種族同士の争いも無くなり、冒険に出る者も減った……だがな、“平和の島”と呼ばれるライマー島もまだまだ捨てたもんじゃないぞ?」
マスターは水の入ったコップを私達に手渡す。
「……君達も冒険に来たんなら、ゆっくり島を巡るといい。そうすれば、わしの言ってる意味がわかるぞ?」
随分と意味深な発言をする。
でもマスターの話が本当なら、ライマー島に来た事は決して無駄ではなかったという事になる。
「……そうか。それを聞いて安心した」
ドムはマスターの言葉に満足し、コップの水を飲んだ。戦う事が生業のドムとしては、安全過ぎるのも困りものなのだろう。
「……マスター、次の村には宿ってあるのかしら?」
ローブの裾を直しながらコンスタンスはマスターに質問する。
「私達、ルターズまで旅するのですけど、長旅になると思うので今日中に宿のある村まで行きたいの」
マスターは髭をいじりながらコンスタンスに答える。
「……宿かい?ここから先はすべての村に宿はあるぞ。それより、食事を出さないとな……」
そう言ってマスターはカウンターの奥へと消えていった。
ドワーフの割に気さくなマスターの料理を食べて私達はすぐに食堂を出た。
まだ陽は高い。
私の二日酔いも良くなったので歩くペースを上げて次の村まで行く事にした。
食堂のマスターの話によれば、ライマー島には地図にない小さな村や集落が数多く点在しているという。
そのため、街道を逸れて行けば何かしら泊まる場所は確保できるとも言っていた。それでも私達は当初の計画通り、街道をまっすぐ進むルートを取る事にした。
慣れない土地での旅。何かあっても対応するのが困難であるためだ。
「……このペースで行けば、夜までに着けそうね。思ったより進んでるんじゃない?」
私は手にした地図を見て、想像以上に進んでいる事に気付いた。
それはおそらく、情報をくれた薬屋の店主が私達の歩行速度を一般レベルで考えていたためだろう。
(……確かに、私達が戦士並に歩けるなんて誰も想像できないものね)
何故なら、私とコンスタンスは魔術師の割に体力があったからだ。
『魔法は生命力だ。魔術師たる者、体力も鍛えねばならない』
……この言葉を残した偉大なる伝説の魔術師の教えを実践していた私達にとって、強行軍は朝飯前だった。
(……もしかしたら、中央都市ケールまで三日もあれば着けるかもしれないわね……)
私は、地図を見ながらライマー島の狭さを感じていた……。大陸出身者の私から見れば当たり前かもしれないけど。
しばらく歩くと前を歩いていたドムが急に立ち止まった。
「……誰かいるぞ。座り込んでいる。何かあったか?」
そう言うとドムは、私達を置いて座り込んでいる誰かのもとへ走って行った。
「待ちなさいよ!」
仕方なく後をついて行く。
ドムは座り込んでいる人を介抱する。
「……あ、人間の子供だ……」
それは小さな男の子だった。服はボロボロ、所々傷付いていた。
男の子は恐怖に震えている。どうしようか?
「……マギー、この子を保護しましょう。可哀想だわ、こんなに傷付いて……」
コンスタンスは荷袋からフード付きのマントを取り出し、男の子に羽織らせた。
「……もう大丈夫よ。私達が守ってあげるわ……」
男の子はコンスタンスの言葉に黙って頷いた……。
「……僕は、ミッシェル。ケールから逃げて来ました……」
男の子はミッシェルと名乗り、ここに来るまでの経緯を話してくれた。
話によると悪徳商人に騙され人身売買にかけられたミッシェルは、ケールの商人に売られたという。
そして、そこでの生活に耐えられなくなり逃げ出したのだった。
「……むむっ、許せん!そんな奴、ぶった斬ってやる!」
ミッシェルの悲惨な境遇にドムは怒りを露わにする。
コンスタンスも唇を噛み、静かに怒りを堪えていた。
「……ミッシェル、ひとつ聞くわよ?あなた、このまま逃げる?それとも復讐したい?」
「……えっ?」
ミッシェルは私の顔をまじまじと見る。
「……私達は他の場所から来た冒険者なの。だから、あなたを安全な場所へ連れて行ってあげたくても土地なんてわからないの。でも、復讐の手伝いならできるわ……」
ミッシェルは私の言葉に戸惑っていた。私から目を逸らしうなだれる。
「……辛いよね?苦しいよね?……でも、ケリをつけなきゃ一生苦しいままよ?」
私にはミッシェルの気持ちはわからない。だけど彼の心を救う術は知っているつもりだ。
「戦うなら、私達は力を貸すわ……ミッシェル、男の子でしょ?男なら逃げないで戦いなさい!」
ミッシェルは自分の体を強く抱きしめ震えを抑える。
「……でも、僕は何も返せないよ?それでも……」
「構わん」
ミッシェルの言葉をドムは遮った。
「旅は道連れ、世は情けだ。それに、そんな外道は許せん!ミッシェル、お前のその勇気、この剣に宿し、必ずやそいつに天誅を食らわしてやろう」
「……ミッシェルさん、私達に任せて下さい。悪い様にはしませんから……」
ドムとコンスタンスはやる気になっていた。もちろん、私もそんな外道を許すつもりは毛頭なかった。
「……ミッシェル、辛いのは今のうちよ……」
私はミッシェルを抱きしめ頭を撫でた。
この世の中、同じ目にあってる子はたくさんいる。
いつの時代も泣きを見るのは弱者だ。
弱い者を食い物にする輩を、私達は許す事ができない。
冒険者として優し過ぎるかもしれないけど、私達はいつでも自分の信じる道を歩いてきた。
だから、悲惨な境遇から逃げ出したミッシェルを放っておく事などできなかった……。
私達は、とりあえず傷付いたミッシェルを休ませるべく次の村へ向かった。
中央都市ケール。
ここにミッシェルを売った悪徳商人と奴隷の様な仕打ちをした商人がいる。
当初の目的とは違ったケール来訪になるけど、私達の心は珍しくひとつになっていた。