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第二十九話『再会』


疲れを癒し体力を回復した私達は、フェミニンの街を出て一路“夜の都”ルターズを目指した。

違った意味で疲れ、虚脱感の残る私と精気を摂取し顔色が良くなったナリールの二人。

……ナリールは私の腕に手をまわして寄り添う様にして歩く。

かなり密着しているので、歩きにくい事この上ない。

フェミニンの街からルターズまでは、道がしっかり舗装されているので歩くのにさほど支障はなかったが、それでも彼女が密着しているので遅々として距離を詰める事ができないでいた。

「……あ、あの、あんまり、くっつかないでよ……」

くっつきすぎて歩きにくいので、私は彼女に離れる様に促した。

「……す、すいません……」

そう言ってナリールは少しだけ離れる。

それでも私の腕に手をまわしたままだったが……。

(……困ったわね……)

私は内心、彼女がこのままくっついて来そうな気がして少し困惑していた。

彼女、ナリールはゼクシスだ。

淫魔族という魔物―友好的な悪魔といった方がわかりやすいか?―の一種で、生き物―人型―の精気を糧として生きている。

その性格は極めて好色で気まぐれ、倫理感の欠片も無く、それでいて『人』の欲望を操る不思議な能力を持った強力な“人類堕落生物”といっても差し支えない淫猥な性質を持つ。

そんな彼女が妙になついている事に、私は背筋が凍る思いを抱いていた。

『ゼクシスは堕落への架け橋』

ある教会で聞いたゼクシスに対する見解。

実際、彼女といて私はその事を心から納得していた。

知を掲げ魔術を追求する者にとって、堕落は存在意義の否定に他ならないのだ。

故に私は彼女の好意的な態度を恐れていた。

(……同情は身を滅ぼす、か……)

私は思わずため息を漏らした。

すべては自ら招いた事。

これも試練だと思い、精神の鍛錬になるとでも思い込む事にしよう……。

 

“夜の都”ルターズ。

この街……いや、“夜の領域”内は明ける事を知らない。いつまでも……いや、永遠に夜の闇に包まれた暗黒の世界。

この街には様々な人種が観光に訪れていた。

人類では思いつかない、倫理感に邪魔され行う事のできない様々な娯楽があったからだ。

“夢幻の館”と書かれた看板が掲げられた豪華絢爛な建物にも、そんな倫理を越えた娯楽を求めてやって来た者達が、金銭と引き換えに人生における最大級の快楽を手にしていた。

その一室。

豪華な造りの部屋には、余裕で二人以上入れる様な大きなベッドがあり、ところどころに一目で高価だとわかる調度品が贅沢に並べられている。

その浮き世離れした部屋の一角に、ソファーに腰を降ろし、美女のお酌を受けて酒をたしなむ一人のドワーフがいた。

……ドムである。

「もっと飲んで下さいな」

美女は艶やかな微笑みとともにグラスにお酒を注いだ。

「……うむ、至福の味だ」

「旦那の飲みっぷり、素敵だわ……」

うっとりとした表情で美女はドムを見つめる。

「……ねぇ、旦那は冒険者でしょ?いつまでこの街にいるの?」

美女は媚びる様な仕草でドムの手を握ってきた。

どうやら、この美女―言うまでもなくゼクシスだが―はドムを気に入った様である。

ドムは美女の問いに頷くと、グラスを置いて少し遠い目をした。

「……所用があるので、もう少し休養したら街を出る……だが、帰ったら冒険はしばらくお休みだ……」

そう言ってドムは再び酒を口にした。

その身から滲み出る雰囲気が美女の顔色を暗くする。

「……そう。帰って来たら……また会いに来てほしいわ……」

おそらく、その願いは叶わないだろう。

だが、それでいい。それがゼクシスの宿命なのだから。

美女は、元の明るく扇情的な微笑みを浮かべた。

そして、残り少ないこの時間を楽しもうと無言で酒を煽るドワーフに抱きついた……。

 

……“ラナン・ディンの遊び場”の受付。その日もだらけきった格好で椅子の背もたれに寄りかかり、本を読むラナン・ディンの姿があった。

目の前に現れた二人を見ても、相変わらずだるそうな視線で一瞥すると再び本を読み始める。

ローブを着た二人の女性は、お互いに顔を見合わせると主人の読書を邪魔しない様に静かにサロンへ向かった。

「……何も言わない、って事はまだドムは出てってないわね」

サロンにある椅子に座って呟いた。

(……ドムはおそらく歓楽街、それも『昇天街』ね。つまり、帰りは遅いわね……)

ふぅ、とため息をひとつ。目の前で桃色の髪をいじるナリールを見て私は頭を抱えた。

(……ああ、ドムに彼女を任せようと思ったのに……)

ルターズに戻ったらまず歓楽街へ行くとは思ったが、まさかドムがこんなに早く行ってしまうとは計算外だった。

(……三日の時間差があるって事は、ドムにナリールの相手は無理ね……)

私の視線に気付いたナリールはその紅い目を向けてくる。その目は妖しい光を放っていた。

彼女は、ゼクシスの割にはあまり自己主張をしなていなかった。それだけでも、まだマシかもしれない。

(……ゼクシスは惚れっぽいから……なんとか手懐けて、我慢してもらうしかないわね……)

静かに微笑みを浮かべながら私を見つめるナリール。

部屋に戻るのを待っているのか、時折受付や階段の方を見ていた。

(……はぁ、彼女、精気がほしいのかしら……)

ふぅ、とため息をまたひとつ。

私はとりあえず魔術書を読もうと受付に行って部屋の鍵を借りる事にした。

 

「―――マーガレットさん!?」

サロンで魔術書を読んでいる私を見て彼女は驚きの声をあげた。

彼女―メイユール―は信じられない、と言いたげな目で私をまじまじと見つめる。

それからナリールに目を移すと顔をしかめる。

さすが、神官戦士。一目でナリールをゼクシスであると見抜いた様だ。

メイユールは私の目をジッと見つめ、本物かどうか確かめている様だった。どうやら、エルやプラナと同じ様に生き返った私を不信に思ったのだろう。

しばらくの間、目を離さずに射すくめる様に見つめるメイユール。

そして、やがて納得した表情になると笑顔で話しかけてきた。

「……おかえりなさい、マーガレットさん」

その笑顔には、すでに先程の不信感は感じられない。

「……ただいま、メイユール……」

私はそう言ってメイユールに手を差し出す。

その意味を悟った彼女は手を出して固い握手を交わした。

「―――マーガレット!お前、生きてたのか!?」

聞き慣れた声が響く。

振り返ると、そこには心底驚いた表情のドムが立ち尽くしていた……。

 

久しぶりというには、あまりにも早すぎる再会。

私は途中で知り合ったナリールを二人に紹介してから、再会を祝して四人で酒場に赴き祝杯をあげた。

そこで私は普段あまり口にしないお酒を飲みつつ、久しぶりに安らぎを感じながら心地よく酔いしれていた……。

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