第二十七話『旅の途中』
早朝、陽が昇る前から街道を歩く影がひとつ。
フード付きのローブを身に着けたその者は、まるで急いでるかの如く早足で街道を進んでいる。
その速さは隊商の歩く速度を凌ぎ、その事からこの者が『冒険者』と呼ばれる一種の自由人である事が推測できた。
彼等は街の住人達と違い、ひとつのところに定住せず危険な旅をしながら暮らしている。
よって、危険な旅路において気力・体力・精神力などの生きるうえで必要な要素が街の住人達に比べて高い水準を誇っていた。
この者の歩行速度の速さは、まさに『冒険者』のそれだった……。
いくら歩いても、景色は変わらない。
その変化の無い景色を見て、私は思わずため息をつきたくなった。
(……三日も同じ景色っていうのは、さすがに精神的に堪えるわね……)
三日前にライマー島北東にあるマイア神殿を旅立った私は、たった一人で北西に位置する“夜の都”ルターズを目指して、ひたすら街道を西へ進んだ。
変わらない景色に注意力は散漫になりがちだったが、変化を求めて街道の北(進路から見て右側)にある大きな森へ入ろうなどとは思わなかった。
何故なら、私は他の仲間と共にその森で生死を懸けた戦いをしたからだった。
その戦いで私は魔法力を使い果たし、この世との関わりを断ったのである。
だが死の世界……いや、それとは少し違う“虚無の空間”にて伝説の魔導士ルーン=マナスに出会い、私は現世に戻った。
(……でも何故、私の前にルーン=マナスが現れたのだろう?)
現世に戻った私は、半ば伝説となった魔導士との遭遇について考える様になった。
魔導士自体、遙か昔の“魔導大戦”によって、ほとんどの魔導士はその姿を消していたはず。
何故、今頃になって現れたのだろう?しかも、一介の魔術師である私の前に。
何故?
少なくとも、あれは幻ではない。
『魔導の力は、魔導を呼ぶ。その力、戒めよ。』
私は、魔術学院の卒業の際に師匠から特別に見せてもらった魔導士に関する記述を思い出した。
『……我々地上に生きる者は、魔導が無くとも生きていける。魔法が無くとも生きていける。
何故なら、我々には神が与えし最高の力、深遠なる“知恵”があるのだから。
その英知があれば力はいらぬ。
努々、力に溺れる事なかれ。力に溺れれば、力に滅ぶと心得よ……』
この言葉を残して、表舞台から姿を消したルーン=マナス。
そんな彼が、再び人前に姿を現した。魔導の力をもって私を救った。
(……考えるだけ無駄ね……)
偉大なる魔導士の考えなど、私に理解できるはずもない。
私は苦笑すると強くなった日差しを避けるため、木陰で少し休もうと森の方に向かった……。
木陰で腰を降ろした私は、フードをめくると手で顔を扇いだ。汗が珠の様に吹き出ている。
直接肌を日差しに照らすと火傷するので、いくら暑くてもフードをとる事ができなかったのだ。
おかげで、私の髪はくしゃくしゃになってしまった。
まぁ、冒険者が身だしなみを整えるとはおかしな話だが、私も女性なので腰袋から手鏡と櫛を取り出すと乱れた髪をとかし始めた。
……日差しは強さを増していく。
比較的気候が安定しているライマー島にしては、ここ数日の暑さは異常とも言えるくらいに厳しかった。
冒険者となってから寒暖に対する耐性は身についたが、ここ数日の暑さには正直参っていた。
一人旅の緊張と暑さの影響だろうか、私は森の中に水の気配を感じると、そのまま森の中へ入ってしまった。
……私は森の中に入って後悔した。水の気配どころか、人の気配も感じてしまったのだ。
(……盗賊じゃありません様に……)
だが、私はこの森とはとことん相性が悪いらしい。
視線の先に見えたのは、あきらかに盗賊の格好をした男達だった。しかも女性に乱暴を働いている。
私は思わず天を仰いだ。
(……見捨てられないわ……)
盗賊にバレない様に近くへ移動する。
さいわい、盗賊達は興奮状態なので私の気配にはまったく気付いてなかった。
見た限り盗賊は五人いる。そのうち、立っているのが三人だ。残る二人は女性を暴行しているのだろう。
(……人間だけよね、無理矢理女性に乱暴する人種って)
私は、人間は欲望を抑制する意志の強さが足りない、とつくづく思った。
生い茂る草が邪魔で女性の姿が見えない。
せめて位置だけでもわかれば、被害を与えずに助ける事ができるのだが。
盗賊達は下品な笑いをあげている。
女性の涙まじりの喘ぎ声が、彼等の劣情を燃え上がらせているのだろう。
(……ごめん。もう少しだけ、我慢してね……)
女性には申し訳ないが、盗賊達が隙を見せるまではこっちから手を出す事はできない。
下手をすれば命がないし、最悪の場合、私も彼等に犯されてしまう。
盗賊達が隙を見せるまで、私は精神を集中し魔法力を両手に集めた。
何をするかというと、気功使いと呼ばれる気をまとい戦う僧侶達の“気闘法”という技を真似て魔力を気の代わりにして肉弾戦に挑むつもりだった。
女性の位置がわからずに魔法を使えば、巻き込む可能性もあったからだ。
無謀かもしれないが、この方法なら女性を傷つけないで戦える。
そうこうしてるうちに、立っていた三人も服を脱ぎ始めた。
どうやら興奮が抑えられなくなった様だ。
森の中で裸になった盗賊達の姿が視界から消えた。女性を襲っているのだ。
私は盗賊達が無防備になった事を確認すると、一気に駆けだし彼等の前に踊り出た!
「えいっ!」
掛け声とともに、女性に覆い被さっていた盗賊を殴りつける。
不意を突かれた盗賊は、魔力がこもった私の一撃を受け、体を硬直させて倒れた。
「うりゃ!」
続けて女性を後ろから抱きすくめる盗賊の顔面を強打する。
完全なる不意打ちに丸腰の状態……機先を制した私の奇襲に盗賊達の反応は遅れた。
残る三人は私から距離を取る。
……勝機だ!
体勢を整え、飛びかかろうとする盗賊達に向かって魔法を発動した。
「―――斜陽の光よ、刹那の槍となりて、眼前の敵をなぎ払え!」
無数の光の槍が盗賊達の体を打ち抜く。見た目が派手な割には威力の小さいこの呪文、肉体ではなく精神にダメージを与える魔法である。
しかし、この《光槍》の呪文をまともに受けて、立ち上がれる者は滅多にいない。
肉体は鍛えられても、精神はなかなか鍛えられないのだ。
……盗賊達は魔法によって気絶していた。
それを確認して、私はすぐに女性に駆け寄ると彼女の体を抱き起こす。
「……大丈夫?」
女性は、こくりと頷くとそのまま気を失った。
緊張が解けたのだろう。
私は彼女の体をなんとか抱きかかえると、フラフラになりながらも水の気配を辿って歩き出した……。
小さな湖を見つけた私は、女性を水辺に降ろし荷袋から私の替えの下着とローブ、布きれを取り出す。
それを女性の前に置いて辺りを見渡す。
それから添え木を地面に挿して簡易結界を張ると、一息ついてから服を脱いだ。
……久しぶりの水浴びだ。
冒険者の常として、冒険中は入浴が限られているので、久しぶりに体を洗える喜びに私は思わず歌を口ずさんだ。
気を失った彼女を抱きかかえて一緒に湖に入る。
私は乱暴され、所々泥だらけになった体を布きれで丁寧に洗う。
(……あら?なかなか綺麗ね……)
顔についた汚れを取ると、そこには美しい顔が現れた。
短めの割には艶やかでボリュームのある髪。
その髪は泥まみれで、汚れを取ると鮮やかな桃色の髪である事がわかった。
まつげは長くて軽く跳ねており、少し高めの鼻に小さな唇。
……同姓から見ても美しい、と認めざる得ないほど顔立ちはすっきりしていて非の打ち所がなかった。
見る者が見れば、魅力的に感じるだろう。
(……うっ、胸が大きい……)
彼女の体を拭いてて、体型から見て大きすぎる胸が目に飛び込んできた。
(……あの盗賊達が欲情するのも、無理ないわね……)
彼女の体をよく見れば、扇情的ともいえるくらいに豊満な肢体である事が判明した。
(……悔しいけど、女としては完全に負けたわ……)
美貌なら決して負けてないが、この体は反則だ。男は顔だけでなく、体も見るから。
ちょっと悔しい思いをしたが、そのせいで彼女はひどい目に遭っている。
彼女に嫉妬するのはよそう。
私は彼女の体を隅々まで綺麗に拭いて彼女を湖から出す。
そして、長旅の汚れを落とすべく、自分の体を丹念に洗い始めた……。