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第二十六話『ささやかな休息!?』


“夜の都”ルターズ。

宿屋に着いたドムとメイユールは主人に軽く挨拶をすると部屋に戻り、ベッドに倒れ込む様にして疲れた体を休めた。

メイユールは部屋にある小さなテーブルの上にきちんと整理して置かれた何冊かの魔術書を見て寂しい気持ちになる。

何故ならマーガレットの大事にしていた魔術書はもの言わずその存在を誇示していたからだ。

(……ドムさんは、寂しさを克服したのかしら?)

ドムはベッドに横になるとすぐに寝息を立て、メイユールの感傷的な思いを知る事はなかった。

神殿勤めが長かったメイユールは戦士としての実力は充分にあったが、冒険者としての経験が少なかったため仲間を失った事に少なからず動揺していた。

仲間の屍を乗り越えて目的を達する―――。

それが、冒険者の強さにつながっている事は彼女も充分に理解している。

それでも簡単に割り切れる程、冒険者としての薄情とも言える考え方には納得できなかった。

ドムの精神的な強さは尊敬に値するが、もう少し悲しんでもいい様な気がする。

それは甘い考え方かもしれない。

だがメイユールは自分の考え方は間違っていないと思っている。

(……感情を表に出さないだけよ……悲しくないなんて事……あるわけないわ……)

ドムは冒険者にしては情が深い。

メイユールはドムに対してその様な印象を抱いている。

そうでなければ無報酬で悪魔退治なんて危険を侵したりはしない。

ただ不器用なだけだ、とメイユールは思っている。

(……いけないわね。もっと前向きに考えなくては……)

過去に囚われていては前へは進めない。生きてる限り、立ち止まる事は出来ないのだ。

冒険者、というよりも聖職者としてメイユールはそう思い、気持ちを切り替えようとベッドの中に潜り込んだ。

 

“夜の都”と呼ばれるだけあって、ルターズの街は一日中賑わいを見せていた。

『……体の疲れは宿屋でお取りよ、朝は来ないよ、休みなさい。旅の疲れは施設でお取りよ、あなた好みの娯楽をあげる。心の疲れは濡れ場でお取りよ、覚めない夢を与えてあげる……』

これは“夜の都”ルターズで詠われる名文句のひとつである。他の追随を許さぬこの街の娯楽施設の充実さを見事に表現していると言えよう。

睡眠により体力を回復した二人は、旅の疲れを癒すべく“夜の都”を満喫しようと街に出た。

メイユールは劇を観るために劇場へ、ドムは歓楽街へと向かう。

このルターズは“夜の領域”という特殊な結界により、常に夜の闇に包まれている。

そのため“朝”が来ないので、慣れない者はこの街での時間の感覚が狂ってしまい、文字通り『時を忘れて』欲望のままに享楽を貪るのだ。

時間感覚が麻痺するため、いつ何時も街から観光客が途切れる事はなかった。

……ドムが訪れたのは『昇天街』という歓楽街の中でも特に観光客が集まるルターズの一大スポットだった。平たく言えば風俗街である。

闇の生き物達が集うこの街の『昇天街』で働く者には、人間などのいわゆる“光の種族”は一人もいない。

そこにいるのはサッキュバスの一種で、精気を糧とする淫魔ゼクシスという闇の種族である。

ゼクシスは“霧の悪魔”、サッキュバスなどに代表される精気吸収型の悪魔の中でもその吸収力は極めて弱く、その性質にしても限りなく闇に近いが決して邪悪ではない。

良く言えば気まぐれな性格をしている。

特殊な遺伝構造をもっているゼクシスは、女性しか生まれない、光の下でも活動できる、光の種族との混血が可能(女性しかいないので当たり前?)という人間達からして見れば比較的安全な種族であると言える。

『ゼクシス無くしてルターズを語るなかれ』……この街へ来て彼女等を素通りする男は余程高潔な者か女に興味のない者だけだ。

よって長旅によりしばらく女を断っていたドムが『昇天街』に足を運んだとしても、それを責める事は誰にもできないだろう。

街行く人のほとんどがゼクシスを連れて歩いている。

ドムはふと目についた『昇天街』の中にある一番大きく豪華な建物に入っていった……。

 

「―――夢幻の館へようこそ!」

中に入った瞬間、ドムは美女達の手厚い歓迎を受けた。受付の部屋にしては広いフロアに、豪華な造りのテーブルやソファー、上質の生地で織られた絨毯が敷き詰められており、美女達はそれぞれの場所で明るい笑顔を振りまいていた。

その娼館とは思えない雰囲気に、ドムは一瞬にして固まった。

(……なんだ、この店は?)

……ドムの反応は初めて『昇天街』の店を利用する客と同じ反応だった。

何故なら通常の娼館だと薄暗い受付があり、部屋に通される時も言葉は極力口に出さず目的だけ達する、という淡々としたものなのだが、ここの対応はまったく違ったからだ。

そんな固まったドムに二人の美女が来ると、腕を絡ませフロアの中央へ案内していく。

慣れない雰囲気にドムは、なすがままに彼女等のペースに乗せられた。

ソファーに座ると酒が出される。平静を取り戻そうとドムはその酒をあおった。

「―――むむっ!これは旨い!」

その味は今まで飲んだ中でも格別なものだった。

生来酒豪の多いドワーフ族は、決して本物嗜好ではないが、それでも酒の味にはとことんうるさかった。

そのドムにして旨いと言わせたのだから大したものである。その旨さにドムの機嫌は良くなった。

満足気に酒を飲むドムに一際美しい女性が近付いて来る。

「……いらっしゃいませ。ようこそ、はるばる遠路よりお越しいただき、まことにありがとうございます。わたくしは“夢幻の館”の代表を務めさせておりますカディルナリスと申します。当店では、様々な嗜好のサービスでご奉仕し必ずやあなた様の満足いただける快楽を提供いたしますわ。どうぞ、ごゆるりと夢のひとときを堪能して下さいませ……」

挨拶をして丁寧に頭を下げる。どうやらこの店の女主人の様だ。

少々雰囲気に飲まれてはいたが、ドムは気を取り直して目的を果たそうと声をかけた……。

 

ルターズの中で比較的健全な歓楽街『過激な歌劇通り』に足を運んだメイユール。彼女には芸術観賞の趣味があり、マイア神殿で行われる奉納の舞いや聖者の演劇などの神殿の芸能行事にも積極的に参加するくらい、歌劇や舞台などに深く精通していた。

『過激な歌劇通り』には大小様々な劇場が並んでいる。

芸術をこよなく愛する者達で活気に満ちたこの通りを眩しそうに眺め、メイユールの心は浮き足立っていた。

「―――さぁ!寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!只今より、かの劇作家マダリティア・オベロン伯の最高傑作『湖畔の騎士』の上演が始まるよ!」

威勢の良い掛け声が通りに響く。

(湖畔の騎士……アルカディアの騎士の物語ね……)

その声にメイユールは足を止め、しばし思案にふける。

『湖畔の騎士』は、実在したアルカディアの騎士ラーカイム・コゼットの半生を描いた作品で、愛する妻に対する一途な想い、騎士の称号を剥奪されようとも誤った道へ進もうとする主を諫める高潔さ、放逐されるも危機に陥った主を命懸けで救った義侠心……観る者の心を熱くする壮大な物語である。

メイユールは台詞を言えるくらいこの劇が好きだった。

しかし、まだ『過激な歌劇通り』に入り口近くにいて奥の方を見ていなかったので、少しためらいがあった。

(……時間はあるし、ゆっくり見てまわってもいいわね……)

間もなく上演が始まる。悩んでいたら見逃してしまう……。

メイユールは片っ端からまわればいい、と滅多に見られない劇を楽しむべく劇場の中へ駆け込んで行った……。

 

……ルターズの夜は終わらない。

二人は旅の疲れを癒すべく、それぞれの休息を心ゆくまで堪能した。

淫魔ゼクシスについて…この闇の種族ゼクシス(Sexies)は、文字通りセクシーから発案されたオリジナル種族です。といっても良心的なサッキュバスやラミアなどを連想していただければ、ゼクシスのイメージはわかってもらえるかと思います。精気を欲するが故に淫らかつ献身的に男に奉仕する…ファンタジーだからこそできる病んだ男の理想の女性像、それがゼクシスです。ここ数年ファンタジー小説は読んでませんが、もし同じ設定の種族がいたなら謝罪いたしますm(__)m

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