第二十三話『次元の狭間で…』
……闇に包まれた意識は“何も無い空間”を漂っていた。
そこには苦痛も何も……いや、“感覚”が無かった。
(……これが、死の世界?)
肉体から抜け出た魂だけが漂い続ける。
このままの状態が続けば今ある生命力は枯渇し、私の魂は消滅してしまうだろう。
(……見る事も、感じる事もできない……)
意識だけは何故かはっきりしている。
しかし、それも消滅する―――もしくは生まれ変わるか、までの間だけだ。
考える事は無い。特にこの世に未練があるわけでもなかったから。
途中で意識は途絶えたが、私の魔法は“霧の悪魔”に致命的なダメージを与えたはず。
彼等ならきっと、詰めを誤る事なく“霧の悪魔”を倒したと思う。
だから、私は彼等の身を案じる必要がなかった。
最後に彼等の役に立てたので、このまま消えて無くなっても私は満足できた……。
《―――そなたはまだ死すべき時ではない―――》
途切れそうな意識に“声”が直接響いてきた。
《―――まだ安息の時を迎えるのは許されない―――》
“声”は私に呼びかけている。
私は“声”のする方向に意識を向ける。その場所には何も無い。
《……“視覚”ではなく、魂で“視る”のだ―――》
私は“声”に従い魂で視る……魔力感知の感覚で見直すと、そこに“人の様な者”がいた。
《―――寿命無き者よ、そなたは地上に帰らねばならぬ……》
“人の様な者”―その姿は年老いた魔術師の格好に類似していた―は私に語り続ける。
《―――高次元の存在の力を借り、そなたを地上へ帰す……》
(……誰なの?地上へ帰すって、どういう意味……?)
《―――魂が抜け出た事で、そなたの肉体は生命活動を停止している……そこで魂を肉体に戻し、蘇生させる―――》
私を生き返らせるって?“人の様な者”の言葉が信じられなかった。
蘇生……この地上に住む者の中にも、その大いなる力を行使する偉大な術者はいる。
だが、その業を行使できる術者は全大陸―七つある―でもほんの一握りしかいない高等な術である。
それを行使するというのだ。私は驚きを隠し切れなかった。
(……高次元の存在?それに蘇生?)
私には到底理解できる話ではない。
“人の様な者”は私の疑問を悟ったのか、簡潔に説明し始めた……。
高次元の存在―“人の様な者”いわく守護天使―の力を借りて現世の空間に転移し、“人の様な者”が術を使い私の魂を元の肉体に戻すという。
(……いったい、何者なの?……)
おそらく、かなり高位の魔術師、いや、魔術師の頂点にあたる魔導士であろう“人の様な者”の存在に私は興味を覚えた。
同じ魔術を志す者にとって“人の様な者”はまさに尊敬に値するからだ。
《―――時間がないので、早速“蘇生”に取りかかる……意識を無にして強く“生”を念じよ―――》
“人の様な者”は説明を終えるとすぐ様高次元の存在を喚んだ。
すると闇の空間に突如、全身から光を放ち、輝く翼を持った美しい高次元の存在が現れる。
「―――あなたは何者!?」
私は転移される前に“人の様な者”に問いかけた。
光に包まれる瞬間、“人の様な者”は自分の名を告げる。
(―――ええっ!!あなたは、あの―――)
「―――また会う事もあるだろう……命を無駄にするでないぞ―――」
光に包まれた私の意識は、そこで途切れた……。
そこには、光に包まれ、宙に浮いたマーガレットがいた。
(―――何が起きているの!)
プラナはその異様な光景に言葉を発する事ができなかった……。
そこに一人の魔術師風の者が現れた。
魔術師風の者―“人の様な者”―はマーガレットに向けて呪文を唱え始める。
呪文の唱える速度が早くてプラナには何の呪文が理解できなかった。
(……高速呪文詠唱……)
“人の様な者”は特殊魔法言語を用いた高速呪文詠唱で蘇生の術を発動したのだった。
……光がマーガレットに収束してゆく―――。
そして、完全に光がマーガレットの体に消えていくと、部屋の中は真っ暗になった。
蘇生の呪文が成功した事を確認した“人の様な者”は、短い呪文を唱えるといずこかへ転移していった……。
残されたプラナは呆然とその光景を見ていた。しかし、光を吸収したマーガレットが心配になりベッドに近づく。
状況が理解できずに戸惑いを隠し切れなかったが、マーガレットに危害が加えられてない事を確かめるとその場に座り込んだ……。
(……疲れてるのかしら?寝直そう……)
プラナは不意に立ち上がると、何事もなかったかの様に振り向きもせず部屋を出て行った。
……その心にはすでに先程の記憶はなかった。
知らぬうちに意識操作を受けたのだった―――。




